朝山利綱

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
朝山利綱
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 不明
主君 尼子経久
氏族 朝山氏
父母 養父:朝山重綱[1]

朝山 利綱(あさやま としつな)は、戦国時代武将尼子経久家臣[1]

経歴・人物[編集]

出雲八束郡佐太城[1]。もと白川伯王家白川富秀次男とする説もある[2]

大永3年(1523年)6月、出雲大社の会祭礼を尼子経久に報告した[1][3]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d 阿部猛西村圭子編『戦国人名事典』新人物往来社、p.35(1990)
  2. ^ 三浦周行著『日本史の研究 第1巻』岩波書店、p.624(1922)
  3. ^ 東京帝国大学文学部史料編纂所編『史料綜覧 巻9』内閣印刷局朝陽会、p.425(1936)