朝凪 (駆逐艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
Asanagi.jpg
艦歴
発注 大正12年度艦艇補充計画
起工 1923年3月5日
進水 1924年4月21日
就役 1924年12月29日
その後 1944年5月22日戦没
除籍 1944年7月10日
性能諸元
排水量 基準:1,270t 公試:1,400t
全長 102.57メートル
全幅 9.16メートル
吃水 2.92メートル
機関 ロ号艦本式缶4基
艦本式タービン2基2軸
38,500 SHP
速力 37.25ノット
航続距離 14ノット/3,600カイリ
燃料 重油:420トン
乗員 154名
兵装 45口径12cm単装砲4門
一〇年式53cm連装魚雷発射管3基
(魚雷10本)
留式7.7mm機銃2挺
爆雷18個

朝凪(あさなぎ)は、大日本帝国海軍駆逐艦[1][2]神風型(2代目)の8番艦である[3]

艦歴[編集]

太平洋戦争以前[編集]

1922年(大正11年)9月11日藤永田造船所で建造予定の駆逐艦1隻に第十五駆逐艦の艦名が与えられる[4]。第15駆逐艦は一等駆逐艦に類別された[5]。同日附で、第11駆逐艦(神風型6番艦「追風」)は浦賀船渠[1][6]、第13駆逐艦(神風型7番艦「疾風」)は石川島造船所で建造される事が決まる[1][6]

第15駆逐艦(朝凪)は藤永田造船所において1923年(大正12年)3月5日起工[4][7]1924年(大正13年)4月21日進水[7]。進水直後、第15駆逐艦は第十五号駆逐艦に改名された[8]12月29日に竣工した[7]。 その後1928年(昭和3年)8月1日附で第15号駆逐艦は「朝凪」と改名[1][9]

第29駆逐隊は神風型4隻(追風、疾風、朝凪、夕凪)として行動を続けたが[10]1935年(昭和10年)11月15日に行われた編制替で、日本海軍は第29駆逐隊を分割[11]。神風型2隻(朝凪、夕凪)により第28駆逐隊を新編、駆逐隊司令には大藤正直中佐を任命する(大藤は、駆逐艦深雪衝突沈没時の艦長)[12][11]。第29駆逐隊は2隻(追風、疾風)編制となる[11]

1936年(昭和11年)6月1日、第28駆逐隊(朝凪、夕凪)は水上機母艦「神威」と共に第三航空戦隊を編制[13][14]。神威以下第三航空戦隊は、南洋方面における航空機基地調査に赴いた[15]。12月1日附で連合艦隊附属の第十二戦隊に改編される[13][16]

1937年(昭和12年)8月27日、第28駆逐隊は第三航空戦隊(第三艦隊)に編入[17]。本艦は10月20日附で第3予備艦となり、佐世保警備戦隊に編入[18]

1940年(昭和15年)11月15日附で第28駆逐隊は解隊。第28駆逐隊司令柴田力大佐は第5防備隊司令へ転任[19]。神風型2隻(朝凪、夕凪)は再び第29駆逐隊に編入され、同隊は定数4隻(追風、疾風、朝凪、夕凪)を揃え、第四艦隊・第六水雷戦隊(旗艦「夕張」)に所属[20]。トラック泊地に進出し、同方面で行動する。

太平洋戦争[編集]

1941年(昭和16年)12月8日以降の太平洋戦争では、主に船団の護衛に従事した。緒戦時は南洋部隊指揮官井上成美第四艦隊司令長官(旗艦「鹿島」)の麾下にあり、第六水雷戦隊(司令官梶尾定道少将、旗艦「夕張」、第29駆逐隊《追風、疾風、朝凪、夕凪》、第30駆逐隊《睦月、如月、弥生、望月》)として中部太平洋諸島から南東方面の作戦に従事した。12月11日、第十八戦隊(天龍龍田)や第六水雷戦隊各艦と共にウェーク島攻略戦に参加した第29駆逐隊(追風、疾風)のうち「疾風」が撃沈され、第30駆逐隊も「如月」を喪失する[21][22]

1942年(昭和17年)1月15日附で2隻(疾風、如月)は除籍され、第29駆逐隊は神風型3隻(朝凪、夕凪、追風)、第30駆逐隊は睦月型駆逐艦3隻(睦月、弥生、望月)となった[23]。その後も第六水雷戦隊として「夕張」と共に行動。 3月10日、弟六水雷戦隊は米軍機動部隊艦載機の空襲を受ける(ラエ・サラモアへの空襲)。夕張及び第29駆逐隊各艦は損傷し、一旦内地に帰投した[24][21][25]。 4月23日、修理中の「夕凪」を残して第29駆逐隊(追風、朝凪)は佐世保を出発>[21][24]。5月2日、ラバウル到着。ポートモレスビー攻略戦や珊瑚海海戦などに参加する。5月18日、「朝凪」は佐世保に入港して修理を実施[24]

5月25日、睦月型9番艦「菊月」の放棄・沈没(5月4日)により第23駆逐隊(夕月、卯月)は解隊[26]。それにともない、同隊の睦月型12番艦「夕月」が第29駆逐隊に編入され、定数4隻(夕月、追風、朝凪、夕凪)を回復した[26]

1942年(昭和17年)7月10日、第六水雷戦隊は解隊される[27]。同時に構成兵力(夕張、第29駆逐隊《夕月、追風、朝凪、夕凪》、第30駆逐隊《睦月、弥生、望月、卯月》)は第二海上護衛隊(能代丸、長運丸)へ編入された[28]。だが第30駆逐隊が第二海上護衛隊として護衛作戦に従事する機会は訪れず、わずか4日で第八艦隊(7月14日編制、司令長官三川軍一中将。旗艦「鳥海」)へ異動した[29][30]

佐世保で修理・整備に従事していた「朝凪」は[24]、第二海上護衛隊編入直後の7月11日ラバウルに向け出撃[31][32]7月18日ラバウルに到着して夕張以下僚艦と合流する[33][24]7月25日、「朝凪」は陸軍参謀辻政信中佐を乗せてラバウルを出撃[34]。辻によれば、「朝凪」の対空火器は応急的に取り付けた機銃四挺だけだったという[34]ブナ(パプアニューギニア)に向かう途中の7月26日夕刻、連合軍双発爆撃機の空襲を受け、回避行動中に触礁してスクリューを損傷、最大発揮速力16ノットに低下[35]。至近弾により辻陸軍参謀も負傷した[36][37]。7月28日、ラバウルに帰投[38][35]。その後「朝凪」は修理のため内地へ帰投(8月23日、横須賀着)[24]。このため「朝凪」は僚艦「夕凪」が活躍した第一次ソロモン海戦に参加できなかった。

10月10日、朝凪駆逐艦長は花見弘平少佐から尾辻秀一大尉に交代[39]。花見は10月20日附で吹雪型18番艦「」艦長に補職[40][41]。続いて吹雪型15番艦「天霧」艦長[42]等を歴任した。

1943年(昭和18年)4月1日、第29駆逐隊は解隊された[43]。4隻(朝凪、夕凪、追風、夕月)は引き続き海上護衛隊に所属して船団護衛任務に従事した。 10月20日、朝凪駆逐艦長は尾辻秀一少佐から大西快治大尉に交代[44]。尾辻少佐は10月25日附で吹雪型駆逐艦14番艦「夕霧」艦長に補職されるが[45]、11月25日にセント・ジョージ岬沖海戦における夕霧沈没時に戦死した。 また新艦長(大西大尉)着任当時の「朝凪」は、老朽化のため速力30ノットを発揮できない状態だった[46]

1944年(昭和19年)4月上旬、「朝凪」は白露型駆逐艦6番艦「五月雨」(第2護衛船団司令官清田孝彦少将座乗)や給糧艦「間宮」等と共に東松四号輸送船団に参加[47]。この船団は輸送船2隻(4月3日、東征丸。4月10日、美作丸)沈没のみで、おおむね成功した[47]。 5月4日、清田孝彦少将と参謀井上正夫中佐が「朝凪」に座乗し、船舶14隻を朝凪以下10隻が護衛して東京湾を出撃[48]。船団は5月14日にサイパンへ到着するが、このうち水無月以下3隻に護衛された輸送船4隻(5月16日サイパン発ヤップ行)は日吉丸・復興丸沈没等の被害を出した[48]5月17日、朝凪以下護衛艦7隻と船団10隻はサイパンを出港[24][49]。横須賀に向け航海中の5月22日午前3時頃[49]小笠原諸島父島北西沖北緯28度19分 東経138度54分 / 北緯28.317度 東経138.900度 / 28.317; 138.900地点において[50]アメリカ海軍の潜水艦ポラック(USS Pollack, SS-180)の雷撃を受ける[24]。魚雷1本が左舷後部に命中、老朽化のため浸水がとまらず大西(朝凪艦長)は総員退去を発令[49]。「朝凪」は艦尾から沈没した[49]。戦死者約30名[49]

朝凪沈没から生還した大西快治少佐は6月1日附で朝凪駆逐艦長の職務を解かれた[51]。続いて6月8日より松型駆逐艦3番艦「」艤装員長に補職[52][53]。梅竣工後は初代駆逐艦長となり[54]となり、同艦沈没(1945年1月31日)からも生還した[55]。 駆逐艦「朝凪」は7月10日附で神風型駆逐艦[56]、帝国駆逐艦籍[57]から除籍された。

歴代艦長[編集]

※『艦長たちの軍艦史』246-247頁による。

艤装員長[編集]

  1. 吉田健介 少佐:1924年4月10日 -

艦長[編集]

  1. 吉田健介 中佐:1924年12月29日[58] -
  2. 石橋三郎 少佐:1925年12月15日 - 1927年12月1日
  3. 横山茂 少佐:1927年12月1日 - 1928年12月10日[59]
  4. 木村昌福 少佐:1929年5月10日 - 9月5日
  5. 井原美岐雄 少佐:1929年9月5日[60] - 1930年12月1日[61]
  6. 伊崎俊二 少佐:1930年12月1日[62] -
  7. 小西要人 少佐:1932年9月15日 -
  8. (兼)佐藤寅治郎 少佐:1933年3月15日 - 4月1日
  9. 柳川正男 少佐:1935年7月18日 - 11月15日
  10. 山田鉄夫 少佐:1935年11月15日 -
  11. (兼)鈴木保厚 少佐:1938年6月1日 - 11月10日
  12. 岩上次一 少佐:1938年12月1日 -
  13. 西野繁 少佐:1939年12月1日 -
  14. 瀬尾昇 少佐:1940年10月15日 -
  15. 花見弘平 少佐:1941年9月1日 - 1942年10月10日[39]
  16. 尾辻秀一 少佐:1942年10月10日[39] - 1943年10月20日[44]
  17. 大西快治 大尉:1943年10月20日[44] - 1944年6月1日[51]

参考文献[編集]

  • 海人社『世界の艦船 増刊 日本駆逐艦史』1992年7月号増刊 No.453
  • 佐藤和正 『艦長たちの太平洋戦争 続編 17人の艦長が語った勝者の条件』 光人社NF文庫、1995年12月。ISBN 4-7698-2106-9
    • 「縁の下の役割」<駆逐艦「梅」艦長・大西快治少佐の証言>(子ノ日航海長《昭和13年11月~昭和15年11月》、水雷艇艇長、朝凪艦長、梅艦長、艦長等を歴任)
  • 高松宮宣仁親王著、嶋中鵬二発行人 『高松宮日記 第四巻 昭和十七年一月一日~昭和十七年九月三十日』 中央公論社、1996年7月。ISBN 4-12-403394-x
  • 辻政信THE PACIFIC WAR 太平洋戦記6 ガダルカナル』 河出書房親社、1975年8月(原著1951年)。
  • 外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年。 ISBN 4-7698-1246-9
  • 『写真 日本の軍艦 空母Ⅱ第4巻 隼鷹型・瑞補型・千歳型・大鷹型・信濃・伊吹・龍鳳・神鷹・海鷹 水上機母艦 特設水上機母艦 母艦搭載機の発達』 雑誌『』編集部/編、光人社、1989年10月。ISBN 4-7698-0454-7
  • ハンディ判日本海軍艦艇写真集18 駆逐艦秋月型・松型・橘型・睦月型・神風型・峯風型』 雑誌『』編集部/編、光人社、1997年11月。ISBN 4-7698-0819-4
  • 国立国会図書館デジタルコレクション - 国立国会図書館
    • 海軍研究社編輯部 編 『ポケット海軍年鑑 : 日英米仏伊軍艦集. 1935年版』 海軍研究社、1935年5月。
    • 海軍研究社編輯部 編 『ポケット海軍年鑑 : 日英米仏伊独軍艦集. 1937,1940年版』 海軍研究社、1937年2月。
    • 海軍有終会編 『幕末以降帝国軍艦写真と史実』 海軍有終会、1935年11月。
    • 海軍研究社編輯部 編 『日本軍艦集 2600年版』 海軍研究社、1940年7月。
    • 海軍大臣官房 『海軍制度沿革. 巻4(1939年印刷) info:ndljp/pid/1886711』 海軍大臣官房、1939年
    • 海軍大臣官房 『海軍制度沿革. 巻8(1940年印刷) info:ndljp/pid/1886716』 海軍大臣官房、1940年
    • 海軍大臣官房 『海軍制度沿革. 巻11(1940年印刷) info:ndljp/pid/1886713』 海軍大臣官房、1940年
  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • 『大正10年達完/10月』。Ref.C12070079300。
    • 『大正11年達完/8月』。Ref.C12070080800。
    • 『大正11年達完/9月』。Ref.C12070080900。
    • 『大正13年達完/4月』。Ref.C12070083400。
    • 『昭和3年達完/6月』。Ref.C12070089800。
    • 『昭和17年1月3月 内令1巻/昭和17年1月(2)』。Ref.C12070160500。
    • 『昭和17年4月~6月内令2巻/昭和17年5月(3)』。Ref.C12070162900。
    • 『昭和18年1月~4月 内令1巻/内令昭和18年4月(1)』。Ref.C12070176200。
    • 『自昭和19年1月至昭和19年7月内令/昭和19年7月』。Ref.C12070195500。
    • 『艦艇/駆逐艦(1) 恩給叙勲年加算調査 上巻 参考法例 在籍艦艇 昭和9年12月31日』。Ref.C14010003300。
    • 『艦艇/駆逐艦(4) 恩給叙勲年加算調査 上巻 参考法例 在籍艦艇 昭和9年12月31日』。Ref.C14010003600。
    • 『恩給叙勲年加算調査 下巻 除籍艦艇 船舶及特務艇 昭和9年12月31日/除籍艦艇/駆逐艦(3)』。Ref.C14010006100。
    • 『昭和16年~昭和20年 戦隊 水戦輸送戦隊 行動調書』。Ref.C08051772000。
    • 『昭和11年12月1日現在10版内令提要追録第1号原稿/ 巻1追録/第6類機密保護』。Ref.C13071968200。
    • 『昭和14年6月1日現在10版内令提要追録第5号原稿 巻3追録/第13類艦船(1)』。Ref.C13071983400。
    • 『第29駆機密第227号8.11.21小隊区分及艦船番号変更の件』。Ref.C05022890400。
    • 『駆逐艦朝凪 昭和11年6月1日~8月31日(1)』。Ref.C11084304400。
    • 『駆逐艦朝凪 昭和11年6月1日~8月31日(2)』。Ref.C11084304500。
    • 『駆逐艦朝凪 昭和11年11月1日~12月31日(1)』。Ref.C11084305400。
    • 『駆逐艦朝凪 昭和11年11月1日~12月31日(2)』。Ref.C11084305400。
    • 『駆逐艦朝凪 昭和12年8月1日~8月31日』。Ref.C11084306600。
    • 『駆逐艦朝凪 昭和12年10月1日~10月31日』。Ref.C11084307200。
    • 『支那事変 第8回功績概見表綴 駆逐隊 潜水隊 水雷隊 掃海隊 海軍武功調査/第28駆機密第19号の200 第28駆逐隊支那事変第8回功績概見表』。Ref.C14120971500。
    • 『支那事変 第8回功績概見表綴 駆逐隊 潜水隊 水雷隊 掃海隊 海軍武功調査/29駆隊機密第34号の101 第29駆逐隊支那事変第8回功績概見表』。Ref.C14120971600。
    • 『支那事変第9回功績概見表綴 海軍武功調査/支那事変第9回駆逐隊功績概見表/29駆隊機密第34号の129 第29駆逐隊支那事変第9回功績概見表』。Ref.C14120980600。
    • 『支那事変 第9回功績概見表綴 海軍武功調査/支那事変第9回駆逐隊功績概見表/第30駆機密第48号の36 第30駆逐隊支那事変第9回功績概見表』。Ref.C14120980700。
    • 『支那事変第10回功績概見表綴/支那事変駆逐隊第10回功績概見表/29駆隊機密第34号の285 第29駆逐隊支那事変第10回功績概見表』。Ref.C14120989400。
    • 『支那事変第10回功績概見表綴/支那事変駆逐隊第10回功績概見表/第30駆隊機密第40号 第30駆逐隊支那事変第10回功績概見表』。Ref.C14120989500。
    • 『昭和17年4月10日~昭和19年4月24日 第2海上護衛隊司令部戦時日誌(1)』。Ref.C08030142500。
    • 『昭和17年4月10日~昭和19年4月24日 第2海上護衛隊司令部戦時日誌(2)』。Ref.C08030142600。
    • 『昭和17年4月10日~昭和19年4月24日 第2海上護衛隊司令部戦時日誌(3)』。Ref.C08030142700。
    • 『昭和17年4月10日~昭和19年4月24日 第2海上護衛隊司令部戦時日誌(4)』。Ref.C08030142800。
    • 『昭和17年4月10日~昭和19年4月24日 第2海上護衛隊司令部戦時日誌(5)』。Ref.C08030142900。
    • 『昭和17年4月10日~昭和19年4月24日 第2海上護衛隊司令部戦時日誌(6)』。Ref.C08030143000。
    • 『昭和19年4月1日~昭和19年5月31日 父島方面特別根拠地隊戦時日誌(5)』。Ref.C08030274100。
    • 『昭和19年4月1日~昭和19年5月31日 父島方面特別根拠地隊戦時日誌(6)』。Ref.C08030274200。
    • 『昭和19年4月1日~昭和19年5月31日 父島方面特別根拠地隊戦時日誌(7)』。Ref.C08030274300。
    • 『昭和19年4月1日~昭和19年5月31日 父島方面特別根拠地隊戦時日誌(8)』。Ref.C08030274400。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d #達昭和3年6月pp.7-8『達第八十號 驅逐艦及掃海艇中左ノ通改名ス 本達ハ昭和三年八月一日ヨリ之ヲ施行ス|昭和三年六月二十日 海軍大臣 岡田啓介|第十五號驅逐艦 ヲ 驅逐艦 朝凪アサナギ トス』
  2. ^ #艦艇・駆逐艦(1)p.2『驅逐艦改稱新舊名稱對照表|(驅逐艦名)朝凪アサナギ|(昭和三年七月三十一日以前ノ名稱)第十五號驅逐艦』
  3. ^ #艦艇類別等級表(1939年6月1日)p.3『艦艇類別等級表|驅逐艦|一等|神風型|神風、朝風、春風、松風、旗風、追風、疾風、朝凪、夕凪』
  4. ^ a b #達大正11年9月p.10『達第百六十五號 軍備補充費ヲ以テ大正十一年度ニ於テ建造ニ着手スヘキ一等驅逐艦一隻ニ左ノ通命名ス 大正十一年九月十一日 海軍大臣 加藤友三郎 藤永田造船所ニ於テ建造 第十五驅逐艦』
  5. ^ #達大正11年9月p.10『達第百六十七號 艦艇類別等級別表中驅逐艦一等ノ欄「、第十三」ノ次ニ「、第十五」ヲ加フ 大正十一年九月十一日 海軍大臣 加藤友三郎』
  6. ^ a b #達大正11年9月p.10『達第百六十六號 大正十年度達第百九十號ヲ以テ命名セル一等驅逐艦中第十一、第十三驅逐艦ノ建造着手年度ヲ大正十一年度ニ變更シ左記造船所ニ於テ建造セシム 大正十一年九月十一日 海軍大臣 加藤友三郎 浦賀船渠株式會社ニ於テ建造 第十一驅逐艦|株式會社東京石川島造船所ニ於テ建造 第十三驅逐艦』
  7. ^ a b c #艦船要目公表範囲(1936年12月1日)p.4『朝凪|(艦性能略)|藤永田造船所|12-3-5|13-4-21|13-12-29|(武装略)』
  8. ^ #達大正13年4月p.17『達第四十九號 艦艇類別等級別表中左ノ通改正ス 驅逐艦及掃海艇ノ欄中「第一、第二」等トアルヲ「第一號、第二號」等ニ改ム/備考第二號中「第一驅逐艦」「第二驅逐艦」ヲ「第一號驅逐艦」「第二號驅逐艦」ニ改ム/同三號中「第一掃海艇」「第二掃海艇」ヲ「第一號掃海艇」「第二號掃海艇」ニ改ム 大正十三年四月二十四日 海軍大臣 村上格一』
  9. ^ #艦艇・駆逐艦(4)pp.11-12『朝凪|(記事)第十五號驅逐艦|昭和三、八、一 朝凪ト改稱』
  10. ^ #S0811第29駆艦番号p.1『昭和八年十一月二十二日 第二十九驅逐隊司令 海軍大臣殿 小隊區分及艦船番号変更ノ件報告 当隊小隊區分及艦舩番号ヲ左ノ通改ム|小隊區分|一小隊|一番艦(司令)疾風/二番艦/追風|二小隊|三番艦/夕凪/四番艦/朝凪|(終)』
  11. ^ a b c #海軍制度沿革(巻4、1939)p.71『昭和一〇年.一一.一五(内令四五九)|佐世保鎮守府|第二十八驅逐隊|朝凪、夕凪/第二十九驅逐隊|追風、疾風』
  12. ^ 昭和10年11月16日(土)官報第2663号。国立国会図書館デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2959142 p.10大藤補職
  13. ^ a b #写真第4巻空母Ⅱpp.150-151『水上機母艦行動年表◆神威◆』
  14. ^ #S1106朝凪日誌(1)p.1『摘要 六月一日付ヲ以テ司令駆逐艦ヲ朝凪ヨリ夕凪ニ変更(司令夕凪ニ乗艦ス)本日付ヲ以テ第三航空戦隊ニ編入セラル(以下略)』
  15. ^ #写真第4巻空母Ⅱp.187(神威写真)
  16. ^ #S11.11朝凪日誌(1)p.31『摘要 昭和十一年十二月一日付ヲ以テ昭和十一年度聯合艦隊編制ニ依リ第十二戰隊ニ編入セラル』
  17. ^ #S1208朝凪日誌p.29『摘要 本日附ヲ以テ第三艦隊第三航空戦隊ニ編入 水上基地調査ノ為メ「キローワン」ニ廻航即日帰投』
  18. ^ #S1210朝凪日誌p.24『摘要 本日ヨリ佐世保第三予備艦 佐世保警備戰隊ニ編入』
  19. ^ 昭和15年11月15日(発令11月15日付)海軍辞令公報(部内限)第555号 p.1』 アジア歴史資料センター Ref.C13072079500 
  20. ^ #支那事変第9回功績概見表(第29駆逐隊)p.1『記事 第四艦隊第六水雷戰隊』
  21. ^ a b c #ハンディ判艦艇写真集18p.113(駆逐艦『峯風型・神風型・睦月型』行動年表)◇追風◇
  22. ^ #ハンディ判艦艇写真集18p.113(駆逐艦『峯風型・神風型・睦月型』行動年表)◇疾風◇
  23. ^ #内令昭和17年1月(2)pp.15-19『内令第七十號 驅逐隊編制中左ノ通改定セラル 昭和十七年一月十五日 海軍大臣 嶋田繁太郎|第十二驅逐隊ノ項中「東雲、」ヲ削ル|第二十驅逐隊ノ項中「、狭霧」ヲ削ル|第二十九驅逐隊ノ項中「疾風、」ヲ削ル|第三十驅逐隊ノ項中「如月、」ヲ削ル』
  24. ^ a b c d e f g h #ハンディ判艦艇写真集18pp.113-114(駆逐艦『峯風型・神風型・睦月型』行動年表)◇朝凪◇
  25. ^ #ハンディ判艦艇写真集18p.114(駆逐艦『峯風型・神風型・睦月型』行動年表)◇夕凪◇
  26. ^ a b #内令昭和17年5月(3)p.39『内令第九百三十一號 驅逐隊編制中左ノ通改定セラル|昭和十七年五月二十五日 海軍大臣嶋田繁太郎|第二十三驅駆逐隊ノ項ヲ削ル|第二十九驅逐隊ノ項中「追風」ノ上ニ「夕月、」ヲ加フ|第三十驅逐隊ノ項中「望月」ノ下ニ「、卯月」ヲ加フ』
  27. ^ #戦隊行動調書p.45『七.一〇 6sd解隊』
  28. ^ #第2海護日誌(1)pp.51-52『(ロ)自7月10日至7月14日『区分/第2海上護衛隊|艦(隊)名/夕張、第29駆逐隊(夕月、追風、朝凪、夕凪)、第30駆逐隊(睦月、弥生、望月、卯月)、能代丸、長運丸』
  29. ^ #第2海護日誌(1)p.53『Ⅱ編制ノ経過概要 7月中旬以降當隊ノ編制右ノ如ク改メラレ稍兵力ノ充実ヲ見ルモ第三十駆逐隊ハ當隊ノ任務ニ従事スルニ至ラズシテ當隊ヨリ除カレ、夕張、第二十九駆逐隊又「ソロモン」「ニューギニヤ」方面作戦ニ従事中ニシテ本月ハ當隊固有ノ護衛任務ニ服スル機会ナク、専ラ能代丸、長運丸ノ2艦ニ依リ當隊任務ヲ遂行セリ』
  30. ^ #第2海護日誌(1)p.60『十四(天候略)夕張第二十九駆逐隊(欠朝凪)ハR方面作戰従事中/朝凪ハRRニ向ケ航行中|同右|當隊艦隊区分中ヨリ第三十駆逐隊ヲ除カル』
  31. ^ #第2海護日誌(1)p.56『四.参考(一)麾下艦船部隊ノ行動』
  32. ^ #第2海護日誌(1)p.60『十一(天候略)夕張第二十九駆逐隊(朝凪欠)及三十駆逐隊ハR方面作戰従事中/三.朝凪ハRRニ向ケ一二〇〇佐世保発』
  33. ^ #第2海護日誌(1)p.61『十八(天候略)一.夕張第二十九駆逐隊(欠朝凪)ハR方面作戰從事中/二.朝凪ハ一一〇〇RR着(以下略)』
  34. ^ a b #ガダルカナル(辻1975)39頁『敵制空下に老朽艦で』
  35. ^ a b #高松宮日記4巻332-333頁『七月二十九日(水)晴(中略)第十八戦隊(英領ニューギニア攻略指揮官《註、松山光治少将》(二八-一八〇〇)「朝凪」ラボール帰着、右舷推進機軸屈曲、最大速力十六節。《「ブナ」ニテ爆弾回避中触礁被害》(以下略)』
  36. ^ #ガダルカナル(辻1975)50頁
  37. ^ #高松宮日記4巻331-332頁『七月二十八日(火)晴(中略)○「モスレビー」ニハ米陸軍(海軍爆撃機設計ヲ利用)爆撃機始メテ作戦シツヽアリ。参謀本部ヨリ行キタル辻中佐、「朝凪」ヨリ「ブナ」上陸ノトキ、爆弾破片ニテ頭ニ負傷セル由。』
  38. ^ #ガダルカナル(辻1975)51頁
  39. ^ a b c 昭和17年10月10日(発令10月8日)海軍辞令公報(部内限)第961号 p.3花見免職、p.4尾辻補職』 アジア歴史資料センター Ref.C13072087300 
  40. ^ 昭和17年10月20日(発令10月20日)海軍辞令公報(部内限)第968号 p.2中川実免職・花見補職』 アジア歴史資料センター Ref.C13072087400 
  41. ^ 昭和18年5月19日(発令5月19日付)海軍辞令公報(部内限)第1118号 p.31花見免職・犬塚補職』 アジア歴史資料センター Ref.C13072091000 
  42. ^ 昭和18年5月25日(発令5月25日付)海軍辞令公報(部内限)第1126号 p.6花見補職』 アジア歴史資料センター Ref.C13072091100 
  43. ^ #内令昭和18年4月(1)p.26『内令第五百七十九號 驅逐隊編制中左ノ通改定セラル 昭和十八年四月一日 海軍大臣嶋田繁太郎|第二驅逐隊ノ項中「村雨、」ヲ削ル|第九驅逐隊ノ項中「朝雲、峯雲」ヲ「朝雲、薄雲、白雲」ニ改ム|第十一驅逐隊ノ項中「白雪、」ヲ削ル|第十六驅逐隊ノ項中「、時津風」ヲ削ル|第八驅逐隊、第二十九驅逐隊及第三十四驅逐隊ノ各項ヲ削ル』
  44. ^ a b c 昭和18年10月22日(発令10月20日付)海軍辞令公報(部内限)第1244号 p.20』 アジア歴史資料センター Ref.C13072093900 
  45. ^ 昭和18年10月25日(発令10月25日付)海軍辞令公報(部内限)第1246号 p.43』 アジア歴史資料センター Ref.C13072093900 
  46. ^ #佐藤 艦長続編(文庫)166頁
  47. ^ a b #佐藤 艦長続編(文庫)167-168頁
  48. ^ a b #佐藤 艦長続編(文庫)169-170頁『「朝凪」小笠原海域に沈む』
  49. ^ a b c d e #佐藤 艦長続編(文庫)170-172頁
  50. ^ #S1904父特根日誌(7)p.1『三〇特根機密第二二〇四四四番電 発三〇特根司令」〇三三七 二八-一九N 一三八-五四Eニ於テ朝凪雷撃ヲ受ケ炎上航行不能 鴻二四號海防艦現場ニテ制圧中 船団針路二八〇度〇八〇〇 三五五度』
  51. ^ a b 昭和19年6月1日(発令6月1日付)海軍辞令公報(部内限)第1497号 p.3』 アジア歴史資料センター Ref.C13072099400 
  52. ^ 昭和19年6月8日(発令6月8日付)海軍辞令公報(部内限)第1509号 p.18』 アジア歴史資料センター Ref.C13072099500 
  53. ^ #佐藤 艦長続編(文庫)173頁
  54. ^ 昭和19年7月5日(発令6月28日付)海軍辞令公報(部内限)第1526号 p.23』 アジア歴史資料センター Ref.C13072099900 
  55. ^ 昭和20年2月28日(発令2月24日付)海軍辞令公報(甲)第1733号 p.52』 アジア歴史資料センター Ref.C13072103500 
  56. ^ #内令昭和19年7月p.11『内令第八三三號 艦艇類別等級別表中左ノ通改正ス 昭和十九年七月十日 海軍大臣|軍艦、砲艦橋立型ノ項中「橋立、」ヲ削ル|驅逐艦、一等神風型ノ項中「、朝凪」ヲ、同夕雲型ノ項中「風雲、」ヲ、同二等若竹型ノ項中「、刈萱」ヲ削ル(以下略)』
  57. ^ #内令昭和19年7月pp.13-14『内令第八四二號|横須賀鎮守府在籍 軍艦 橋立 右帝國軍艦籍ヨリ除カル|横須賀鎮守府在籍 驅逐艦 風雲|佐世保鎮守府在籍 驅逐艦 朝凪|舞鶴鎮守府在籍 驅逐艦 刈萱 右帝國驅逐艦籍ヨリ除カル(以下略)昭和十九年七月十日 海軍大臣』
  58. ^ 『官報』第3710号、大正14年1月7日。
  59. ^ 『官報』第587号、昭和3年12月11日。
  60. ^ 『官報』第808号、昭和4年9月6日。
  61. ^ 『官報』第1179号、昭和5年12月2日。
  62. ^ 『官報』第1179号、昭和5年12月2日。

関連項目[編集]