朝倉徳次郎

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朝倉 徳次郎(あさくら とくじろう、1841年天保12年) - 没年不明)は、日本農民米屋地主政治家・渋谷村会議員[1]

人物[編集]

武蔵国出身。金蔵の長男[1]。朝倉家は江戸時代から米を作る傍ら、三田用水の水車を利用して米の賃搗きを行っていた[1]明治のはじめ、徳次郎は百姓が嫌になり「暁天に野菜を洗って出荷して5にしかならぬ」と言って精米業に転じた[1]1869年、朝倉米店開業。米の賃搗きで得た現金により農民が安く手放した土地を次々と買い取った[1]。買い集めた土地は、現在の中目黒恵比寿代官山一帯、2万坪を越えてあった[1]。質朴勤勉な富民として平和な生活をなし、名望のため渋谷村会議員をつとめた[1]。また徳次郎以来、代々朝倉家が渋谷の氷川神社の大総代をつとめた[1]

家族・親族[編集]

朝倉家

東京府豊多摩郡渋谷町

  • タキ[1](あるいはたき[2][3]、虎治郎の妻)
1872年 -
  • スエ[1](あるいはすゑ[2][3]、八郎の妻)
1884年 -
  • 婿
1871年 - 1944年
  • 八郎(スエの夫、米屋)[1]
1885年 - 1950年

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『ヒルサイドテラス物語 朝倉家と代官山のまちづくり』20-37頁。
  2. ^ a b c 『人事興信録 第6版』あ83頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月7日閲覧。
  3. ^ a b c 『人事興信録 第5版』あ75-76頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月7日閲覧。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第6版』人事興信所、1921年。
  • 前田礼『ヒルサイドテラス物語 朝倉家と代官山のまちづくり』現代企画室、2002年。

関連項目[編集]