有馬英治

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有馬 英治
生年月日 明治41年(1908年3月27日
出生地 福岡県
没年月日 昭和51年(1976年5月18日
出身校 慶應義塾大学経済学部
前職 時事新報経済部記者、読売新聞政治部記者
所属政党 護国同志会→(無所属倶楽部
日本民主党→)自由民主党

選挙区 福岡県第4区 (中選挙区)
当選回数 3
在任期間 1942年 - 1963年
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有馬 英治(ありま えいじ、明治41年(1908年3月27日 - 昭和51年(1976年5月18日)は、衆議院議員(3期)。

経歴[編集]

福岡県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、時事新報経済部記者を経て讀賣新聞政治部記者となる。

第21回衆議院議員総選挙で当選し護国同志会を経て無所属倶楽部に所属。政府提出の市町村制改正案に対して官僚の権力増強案だとして反対して議会に波乱をおこし、東条英機の怒りを買って指名召集を受け軍隊に強制入隊。のちに復員し、商工大臣秘書官大蔵省委員、商工省委員。

戦後は大政翼賛会の推薦議員のため公職追放となり[1] 、追放解除後は鳩山一郎の側近として活躍し、鳩山内閣総理大臣秘書官第2次池田内閣 (第1次改造)運輸政務次官、次いで鉄道建設、九州地方開発各審議会委員。日本再建連盟常任理事、同情報部長、新党準備会事務長、日本民主党事務局長となる。

のち自由民主党で総務、副幹事長。他、観世音鉱業重役、九州化薬工業顧問、日本工業用水協会顧問を務めた。

脚注[編集]

  1. ^ 総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年26頁。NDLJP:1276156 

参考文献[編集]

  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 新訂 政治家人名事典 明治~昭和』(2003年、編集・発行 - 日外アソシエーツ、30頁)