曹錦輝

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曹 錦輝
Chin-hui Tsao
ロサンゼルス・ドジャース #44
基本情報
国籍 中華民国の旗 中華民国台湾
出身地 台湾省花蓮県
生年月日 1981年6月2日(34歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1999年
初出場 TML / 1999年
MLB / 2003年7月25日
CPBL / 2009年4月25日
最終出場 TML / 1999年
CPBL / 2009年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム チャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ
五輪 2004年2008年
曹 錦輝
プロフィール
出生: 1981年6月2日(34歳)
出身地: 台湾花蓮県
職業: 野球選手投手
各種表記
繁体字 曹錦輝
和名表記: そう・きんき
英語名 Chin-hui Tsao
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曹 錦輝(ツァオ・チンフィ、そう きんき、Chin-hui Tsao、1981年6月2日 - )は、台湾花蓮県出身のプロ野球選手投手)。右投げ右打ち。ロサンゼルス・ドジャースに所属。

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

1999年高3の時に、台湾高校野球史上最速の155km/hを記録した。高校生ながらチャイニーズタイペイ代表に選抜され第20回アジア野球選手権大会に出場するが、決勝リーグの対日本戦でリリーフしサヨナラ負け。敗戦投手になる。

高校卒業後の1999年、一時的に台湾職業棒球大聯盟(TML)の高屏雷公に入団。先発で3試合登板(勝敗なし、防御率2.45)。

ロッキーズ時代[編集]

1999年10月に、契約金220万ドルでコロラド・ロッキーズと契約。

2001年5月に右肘の腱移植手術(トミー・ジョン手術)を受け、シーズンを終了した。

2003年7月26日、先発投手としてメジャーリーグデビュー。陳金鋒に続いて台湾で2人目のメジャーリーガーとなる[1]。この年は9試合に登板し3勝3敗。

2004年アテネオリンピックにチャイニーズタイペイ代表として出場するためにマイナー契約。A級、AA級、AAA級、メジャー全てに所属した。アテネオリンピックでは対オーストラリア戦に救援しセーブを挙げる。対日本戦では救援失敗した。メジャーリーグでは1セーブのみを挙げる。

2005年は救援投手として1勝3セーブを挙げるが、5月に右肩関節唇損傷のために手術を受け、シーズンを終了した。この年、球速は自己最高の100mph(約161km/h)に達していた[2]

2006年は手術のリハビリのためにマイナーリーグでも登板できず、12月13日にロッキーズを解雇される。

ロッキーズ退団後[編集]

2007年1月にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、再びメジャー昇格を果たした。同年は、21試合に登板し0勝1敗。

2008年カンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結び、春季キャンプに招待選手として参加。AAA級オマハに所属し、メジャー昇格ならず。北京オリンピックのチャイニーズタイペイ代表に選ばれた。

兄弟エレファンツ時代[編集]

2009年第2回WBCチャイニーズタイペイ代表から外された。3月22日、中華職業棒球大聯盟(CPBL)の兄弟エレファンツに入団が決定し、4月25日に初登板。このシーズンは8勝8敗の成績を残した。

ところが、シーズンオフに中華職業棒球大聯盟の大規模な八百長問題が発覚した。関与の疑いのある選手として兄弟エレファンツの6人の選手の中に曹の名が挙がった。曹本人は関与を否定したが12月23日に兄弟エレファンツは曹を除名処分とし、永久に契約しない事を決定した。

2010年2月10日、最終的に曹の件は不起訴処分となった。永久追放後は、同じく八百長疑惑で兄弟エレファンツに解雇された陳致遠花蓮市で料理店を共同経営していた。

ドジャース復帰[編集]

2015年1月3日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び現役復帰。7月8日にメジャー契約となり25人枠入り[3]。10日に8年ぶりのMLB登板を果たし、10年ぶりに勝利投手となった[4]

プレースタイル[編集]

スリークォーターから最速100mph[2](約161km/h)の速球とスライダーを中心に投球を組み立てる、チェンジアップも投げ分ける[5]、主にリリーフとして活躍する。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]






















































W
H
I
P
2003 COL 9 8 0 0 0 3 3 0 -- .500 196 43.1 48 11 20 1 4 29 0 0 30 29 6.02 1.57
2004 10 0 0 0 0 0 0 1 0 ---- 37 9.1 7 2 1 0 0 11 0 0 4 4 3.86 0.86
2005 10 0 0 0 0 1 0 3 0 1.000 56 11 16 3 5 1 1 4 1 0 8 8 6.55 1.91
2007 LAD 21 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 97 24.2 18 3 8 0 1 16 0 0 12 12 4.38 1.05
2009 兄弟 19 19 0 0 0 8 8 0 0 .500 406 93.2 104 6 24 0 3 64 2 1 52 41 3.94 1.37
MLB:4年 50 8 0 0 0 4 4 4 0 .500 386 88.1 89 19 34 2 6 60 1 0 54 53 5.40 1.39
CPBL:1年 19 19 0 0 0 8 8 0 0 .500 406 93.2 104 6 24 0 3 64 2 1 52 41 3.94 1.37

背番号[編集]

  • 71(2003年 - 2005年、2009年)
  • 41(2007年)
  • 44 (2015年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 初の台湾人投手先発へ 米大リーグ、ロッキーズ”. 47NEWS (2003年7月24日). 2012年9月14日閲覧。
  2. ^ a b Without Tsao, closer role in flux again MLB.com
  3. ^ Wu, Oscar; Lin, Bill (2015年7月8日). “Tsao Chin-hui returns to MLB after 8 year hiatus” (英語). Central News Agency. http://focustaiwan.tw/news/aeas/201507080033.aspx 2015年7月9日閲覧。 
  4. ^ ドジャース曹錦輝、8年ぶり登板で10年ぶり勝利 日刊スポーツ 2015年7月11日
  5. ^ FanGraphs Pitch Type

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • 選手の各国通算成績 CPBL