暮しの手帖

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暮しの手帖
Kurashi-no-techo-number1-1948.jpg
1世紀 1号
ジャンル 総合生活雑誌
読者対象 主婦
刊行頻度 隔月刊
発売国 日本の旗 日本
言語 日本語
定価 926円(税込)
出版社 暮しの手帖社
刊行期間 1948年 -
発行部数 190,000部(2014年10月1日 - 2015年9月30日日本雑誌協会調べ)
ウェブサイト http://www.kurashi-no-techo.co.jp/

暮しの手帖』(くらしのてちょう)は、日本の家庭向け総合生活雑誌。しばしば「暮らしの…」「…手帳」と誤記されるが、「暮しの手帖」が正式な雑誌名。隔月刊。発行は東京都新宿区北新宿にある暮しの手帖社(かつては港区麻布に所在していた)。2015年8月より編集長は澤田康彦

歴史[編集]

1946年(昭和21年)、花森安治大橋鎭子が「衣装研究所」を銀座8丁目のビルの一室で設立。ここより刊行された『スタイルブック』が前身。1948年(昭和23年)9月に季刊美しい暮しの手帖』として(第1世紀)第1号が創刊される。1953年(昭和28年)12月の第22号から雑誌名を現在の『暮しの手帖』に変更。

1954年(昭和29年)の第26号から、長く目玉企画となった商品テスト(第1号は靴下)を開始し[1]1956年(昭和31年)、「婦人家庭雑誌に新しき形式を生み出した努力」について第4回菊池寛賞を受賞。 1968年(昭和43年)2月の第93号からは隔月刊に変更された。発行号数は100号ごとに「第n世紀」と区分されているが、これは初代編集長・花森の「100号ごとに初心に立ち返る」という意味合いが込められている。

主な内容は家庭婦人を対象としたファッションや飲食物/料理、各種商品テスト(2007年第4世紀26号限りで中止)、医療/健康関連の記事や、様々な連載記事(大橋のエッセイ「すてきなあなたに」など)や読者投稿欄(「すばらしき日曜日」、「家庭学校」)等がある。また、「雑誌の全ての部分を自分達の目の届く所に置いておきたい」という理念から、広告は外部からのものは一切受けず(唯一の例外として、通巻3号の初刷のみに、資生堂の化粧品の広告が裏表紙に掲載された[2])、自社書籍についてのみを扱う。

商品テストは、高度成長期の日本の工業製品の品質改善のきっかけともなった[3]石油ストーブから出火させたテストの際、初期消火はバケツ1杯の水で可能と主張し、“毛布をかぶせよ”と指導する東京消防庁と対立。消防庁消防研究所(当時)での実験の結果、『暮しの手帖』の主張が正しかったことが証明された[4]

先述の通り「雑誌の全ての部分」を堅持するため、花森亡き後もレイアウトや印刷手法にいたるまで雑誌そのもののスタイルを守ってきたが、2007年(平成19年)2月1日発売、第4世紀26号・通巻376号より、文筆家・書籍商として知られる松浦弥太郎を編集長に迎え、現代的なスタイルを取り入れはじめた。編集長交代と同時に、本誌の名物であった商品テストの記事を人手とコストが掛かるなどを理由に、同号を最後にして中止した[5]

かつては東京の六本木に、暮しの手帖・別館というショールーム的な施設を保有、公開していたが、現在は閉館している。

2016年度(平成28年度)前期放送のNHK連続テレビ小説とと姉ちゃん』は、本誌の創業の軌跡をモデルとしたフィクション作品として制作された[6]。この年、6-7月号では前身の『スタイルブック創刊号 1946夏』復刻版が、8-9月号では『美しい暮しの手帖』創刊号のよりぬき復刻版が、続けて特別付録となった[7]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ 「暮しの手帖」企画展「商品テスト」など20冊 静岡 /静岡”. 毎日新聞 (2016年8月15日). 2016年9月11日閲覧。
  2. ^ 『暮しの手帖』のたったひとつの広告について”. 暮しの手帖社 (2016年8月2日). 2016年9月10日閲覧。
  3. ^ 『暮しの手帖』の商品テスト”. 暮しの手帖社 (2016年9月8日). 2016年9月11日閲覧。
  4. ^ 『しずこさん―「暮しの手帖」を創った大橋鎭子』、暮しの手帖別冊
  5. ^ 商品テスト誌、復活の兆し 厳しい消費者の目に応える”. MSN産経ニュース. 2014年2月7日閲覧。
  6. ^ 来春朝ドラは「暮しの手帖」創業者の軌跡モチーフ(2015年6月26日)、日刊スポーツ、2015年6月26日閲覧。
  7. ^ とと姉ちゃんで話題!「美しい暮しの手帖」創刊号よりぬき復刻版が付録に - ほんのひきだし、2016年07月28日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]