時局絵

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時局絵(じきょくえ)とは、江戸時代から明治時代に描かれた浮世絵の様式のひとつ。その時々の出来事、事件、社会の成り行きなどを描いた浮世絵を指す。時事絵ともいう。

江戸時代の末期になるまでは、一般には情報機関が発達していなかったので、人々は遠国の事情や出来事に疎かった。藩ごとに独立国的な構えを見せていた封建性というものも、また、情報の交換を妨げていた。しかし、おいおい、主要街道が整備され、国内の交通が開けてくるのに伴い、ニュースは市中の事件に限られなくなった。だが、幕府は市民たちがその情報を得る必要はないと考え、また、許そうともしなかった。よって、時事的な作品が生まれるのはほとんど幕末の押し詰まった時期になってからであった。しかも、直接描写、報道は憚りがあるとして認められておらず、黒船の来航で海岸防備に狂奔する様子を描くにしても、古い時代の源頼朝富士の巻狩りを描くといったような遠回しの方法になっていたのである。それでも、当時はこれで十分な意味を通じさせることができていた。

しかし、江戸で頻繁に起きていた大火は隠すことができなかったし、幕末期には政治のタガが緩み、素朴な瓦版から錦絵に至るまで、記録的、報道的な意味で、大火や地震の絵も版行された。また、吉原が焼けたときの遊女仮宅の図など、ニュース性が強かった。高貴な社会に関しては未知ゆえ、それだけ興味、好奇心もあって、江戸大奥が描けない時は源氏絵をもってしたように、明治期においても宮廷絵、官女絵が流行している。明治に入ってからは、急速に情報機関や技術も発達、時事的な錦絵も増えてきた。朝鮮事変画、日清戦争画といった戦争絵もその一例であったが、この他に、たとえば「磐梯山爆発」、「美濃大地震」、「市中洪水」などといったニュース的な作品が次々と出回っていた。また、これも幕末からあったもので、流行病や、それについての療法、呪い(まじない)、これらとは別であるが、伊勢神宮の「おかげ参り」といった広範な大衆社会現象も歌川貞秀落合芳幾らの他、歌川広重のような風景画家をも引き込んで浮世絵に描かれた。象、虎、駱駝、その他の見世物、明治時代になってからの外国人サーカスあるいは兎を飼うなどの流行絵なども描かれており、何れも一種のニュース画であった。

参考文献[編集]

  • 吉田漱 『浮世絵の基礎知識』 雄山閣、1987年