昭和50年台風第5号

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台風第5号(フィリス・Phyllis)
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台風5号
台風5号
発生期間 1975年8月12日6時(UTC)- 8月18日0時(UTC)
寿命 138時間
最低気圧 920 hPa
最大風速
米海軍解析)
120 kt(1分間平均)
被害総額  
平均速度 20.6 km/h
移動距離 2,845 km
上陸地点 高知県宿毛市付近
死傷者数 死者77人・負傷者209人
被害地域 日本の旗 日本(四国~北海道)
プロジェクト : 気象と気候災害
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昭和50年台風第5号(しょうわ50ねんたいふうだい5ごう、国際名:Phyllis / フィリス)は、1975年8月に高知県に上陸した台風である。

概要[編集]

進路図

8月12日にカロリン諸島付近で発生した台風5号は、発達しながら北上したのち北西に進み、17日8時50分に高知県宿毛市付近に上陸[1]。その後伊予灘を経て山口県西部に再上陸し、日本海に抜けた後に熱帯低気圧へと変わった[2][3]

台風が足摺岬の南南東およそ150kmの海上に達した16日の夜半頃、高知県の西部が暴風域に入り、上陸直前の17日8時10分には、足摺岬で観測史上1位となる最大瞬間風速52.1m/sを記録した[2]

影響・被害[編集]

台風通過後の17日12時頃から中部の西寄りの山間部を中心に豪雨となり、降水量は13時までの1時間に佐川で108mm、14時までの1時間に仁淀川町池川で94.5mm、須崎で90mmに達した。その後豪雨はやや東に移って17日夜まで続き、17時までの1時間にいの町成山で93mm、18時までの1時間に柿の又で119mmを記録、特に柿の又では18時までの3時間に312mmに達した。17日の日雨量は柿の又で741mm、佐川で623mm、船戸で614mmとなるなど、山間部を中心に500mmを越え、記録的な集中豪雨となった。このため仁淀川鏡川では大洪水となり、山崩れ土石流も多発して大災害となった[2]。高知県だけで家屋の全半壊が2,160棟、床上浸水12,891棟、床下浸水17,322棟に達し、大きな被害が出た[2]。なおこの台風による死者は77人、負傷者は209人となっている[4]

この台風による被害が大きくなった原因としては、台風そのものは中型で並の勢力であったものの、中心より東側に強い雨雲を持ち、被害が特に大きかった高知県の西側を通過したこと(高知県は台風の中心の右側に入ってしまった)、上陸後の台風の移動速度が時速15~20kmと遅く、長時間暴風雨にさらされたこと、さらに台風通過後、暖かく湿った空気が南から長時間流れ込んだことにより、高知市西部、特に鏡川上流域に記録的な集中豪雨が起きたことなどが挙げられる。このため、鏡川や神田川、久万川や紅水川の流域における被害が多発した[5]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 昭和50年の台風5号 | 四国災害アーカイブス”. www.shikoku-saigai.com. 2020年4月23日閲覧。
  2. ^ a b c d 昭和50年台風第5号”. www.jma-net.go.jp. 高知地方気象台. 2020年4月23日閲覧。
  3. ^ 昭和50年8月水害(前半) | ほっかいどうの防災教育”. kyouiku.bousai-hokkaido.jp. 2020年4月23日閲覧。
  4. ^ デジタル台風:台風197505号 (PHYLLIS) - 災害情報”. agora.ex.nii.ac.jp. 2020年4月23日閲覧。
  5. ^ 昭和50年 台風5号災害 - 高知市公式ホームページ”. www.city.kochi.kochi.jp. 2020年4月23日閲覧。