昭和軽薄体

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昭和軽薄体(しょうわけいはくたい)とは、椎名誠嵐山光三郎らが1970年代末から1980年代前半にかけて築きあげた、くだけた喋り口調が持ち味の饒舌な文体のこと。

椎名誠の「さらば国分寺書店のオババ」文庫版あとがきに嵐山が書いたところによると、昭和軽薄体という呼び方は椎名自身が提唱したものである。また、嵐山は、椎名が「軽薄」であることを自ら宣言したことには、軽薄であるとの世評を封じる逆説的なねらいがあったのではないかと推測している。

昭和軽薄体の作家の範疇に定説はないが、椎名、嵐山のほかに、東海林さだお南伸坊篠原勝之、らの文体が昭和軽薄体とされることが多い。これらの書き手たちは東海林を除き、個人的にも親しい関係にあり、一種の「文化革命」の様相もあった。また、坪内祐三は、「シブい本」に収録された「エッセイストになるための文庫本100冊」というエッセイで、昭和軽薄体の例として村松友視伊丹十三の名を挙げている。

1980年代後半には、既に椎名誠がもはや自分の文体は昭和軽薄体ではないと語っており、平成に入る頃にはこの言葉自体は同時代性を失い死語になったが、昭和軽薄体の文体は同時期に現れた、橋本治『桃尻娘』の文体や、少女小説における語り口調とともに、それ以降のエッセイの文体に多大な影響を与えている。

ミュージシャンの大槻ケンヂは、エッセイや小説などの作家活動において、自身の青春時代に読んだ書籍に取り入れられていた昭和軽薄体を、今でも大きく意識していると語っている。

明治以来、文学の世界で提唱・実践されてきた「言文一致運動」は、「昭和軽薄体」の影響で、かなりの程度実現されたといってよい。ただし、昭和軽薄体の影響は概ねエッセイ・小説に限定されており、「まだ、書く文章(特に翻訳文)としゃべる文章には、差が大きい」と主張し、より口語的な文体を提唱・採用する、山形浩生のような書き手もいる。

特徴[編集]

昭和軽薄体の文体の形式的な特徴としては、以下のような例が挙げられる。なお、上記の作家の文体がこれらの特徴をすべて備えているわけではない。

  • 口語調の文末(例:もんね)。
  • 長音を「」で表記(例:そーゆーふーに(=そういうふうに))。
  • 擬音語・擬態語の多用(例:ギトギト、ハフハフ)。擬音語・擬態語を続けて使うこともある(例:ハグハグモグモグ)。
  • カタカナ表記の多用(例:ナリユキ(=成り行き))
  • ABC文体。文の一部を、音の似たラテン文字アルファベットで置き換える[1](例:でR(=である)[1])。もっぱら嵐山光三郎によって用いられた。

作家と代表作[編集]

  • 椎名誠 「さらば国分寺書店のオババ」「気分はだぼだぼソース」「かつをぶしの時代なのだ」
  • 東海林さだお 「丸かじり」シリーズ
  • 南伸坊 「面白くっても大丈夫」
  • 篠原勝之 「人生はデーヤモンド」
  • 嵐山光三郎 「ABC文体 鼻毛のミツアミ」
  • 村松友視 「私、プロレスの味方です」
  • 伊丹十三 「日本世間話大系」

脚注[編集]

  1. ^ a b 嵐山光三郎「昭和軽薄体とABC文体」『朝日新聞』1982年9月16日付東京夕刊、5頁。