早川和廣

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早川 和廣(はやかわ かずひろ、和広とも、1948年 - )は、ルポライター

もともとは経済関係のルポを得意としていたが、『宝石』誌で志茂田景樹とともに阿含宗の取材を行なったことから新宗教問題をも手がけるようになる。

1991年8月、写真雑誌『フライデー』に執筆した記事は、講談社幸福の科学との対立のきっかけになった[1][要高次出典]。この記事の裁判では敗訴した。

著書は数十冊にのぼる。

脚注[編集]

  1. ^ 東京高裁平成10年11月16日判決幸福の科学法務室