日鉄住金鋼板

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日鉄住金鋼板株式会社
NIPPON STEEL & SUMIKIN COATED SHEET CORPORATION
種類 株式会社
市場情報
東証1部 5454
1961年10月2日 - 2004年7月27日
略称 NISC
本社所在地

日本の旗 日本
103-0023
東京都中央区日本橋本町1丁目5-6 

                  第10中央ビル
設立 1950年昭和25年)2月1日
業種 鉄鋼
法人番号 3010001139107
事業内容 表面処理鋼板などの建築材料の製造・販売
代表者 細貝 清司(代表取締役社長
資本金 110億19百万円
売上高 連結:825億13百万円
単独:746億38百万円
営業利益 連結:18億56百万円
単独:14億49百万円
純利益 連結:19億68百万円
単独:14億31百万円
従業員数 783人(2012年10月1日現在)
決算期 3月31日
主要株主 新日鐵住金(株)
主要子会社 北海鋼機
メタル建材
外部リンク http://www.nisc-s.co.jp/
特記事項:特記のない経営指標は2012年3月期
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日鉄住金鋼板株式会社(にってつすみきんこうはん、英文社名 NIPPON STEEL & SUMIKIN COATED SHEET CORPORATION)は、めっき鋼板などの表面処理鋼板を主力とする建築物用鋼板メーカーである。新日鐵住金が出資している。略称は「NISC」。

概要[編集]

大手高炉メーカー新日鐵住金が出資する建材鋼板メーカーである。旧新日鉄グループの日鉄鋼板と旧住友金属グループの住友金属建材の建材鋼板部門を事業統合して2006年平成18年)に発足した。

事業領域は、各種建材鋼板(薄板)の製造・販売と建築物の設計・監理・工事請負である。製品には、めっき鋼板(溶融亜鉛めっき鋼板ガルバリウム鋼板)やそれらを加工した塗装鋼板ポリ塩化ビニル被覆鋼板、塗装ステンレス鋼板などの表面処理鋼板や、金属屋根、金属金属断熱サンドイッチパネル[1]がある。

外装建材表面処理鋼板においては国内最大手であり、その国内シェアは30%以上、金属断熱サンドイッチパネルは80%以上である。

本社東京都中央区日本橋本町一丁目にある第10中央ビルに入居する。支店大阪市名古屋市福岡市仙台市の4か所に、営業所札幌市富山市の2か所に配置されている。製造拠点は、西日本製造所尼崎地区(兵庫県尼崎市)・同堺地区(堺市堺区)・同湖南地区(滋賀県湖南市)・船橋製造所(千葉県船橋市)の4か所がある。

沿革[編集]

日鉄住金鋼板は2006年(平成18年)に、日鉄鋼板株式会社が住友金属建材の建材薄板部門を会社分割により統合し、社名を変更して発足した。日鉄鋼板は大同鋼板(初代)と大洋製鋼を、住友金属建材は住金鋼材工業・イゲタ鋼板・イゲタ建材の3社をそれぞれ前身とする。

大同鋼板と大洋製鋼の統合、日鉄鋼板と住友金属建材の統合のいずれも大同鋼板(日鉄鋼板)が存続会社となっているため、日鉄住金鋼板は大同鋼板設立の1950年(昭和25年)を設立年としている。

大同鋼板→日鉄鋼板[編集]

大同鋼板(初代)すなわち日鉄鋼板の前身は、1899年明治32年)に創業した富永鋼業株式会社である。同社は鋼板の輸入を目的に大阪で創業、1924年大正13年)には輸入薄板を原板に亜鉛めっき鋼板の製造を始めた。1932年(昭和7年)には原板自給のため薄板用圧延機を導入。1938年(昭和13年)には平炉を導入して薄板の原料を自給した。1941年(昭和16年)に取引関係のあった大同製鋼(大同特殊鋼の前身)と合併するが、戦後過度経済力集中排除法の対象となったため、1950年(昭和25年)に大同鋼板株式会社として分離・再発足した。大同鋼板は1952年(昭和27年)以降平炉を休止し、新日鉄の前身・富士製鐵系列の単圧メーカーとなった[2]

2002年(平成14年)、後述の大洋製鋼との間で事業統合が実施され、大同鋼板(初代)は日鉄鋼板株式会社(NITTETSU STEEL SHEET CORPORATION、略称:NISSC)に社名を変更した上で、製造部門を大同鋼板(2代目)へ分割、大洋製鋼を製造子会社とした。この事業統合により事業持株会社の日鉄鋼板と製造子会社の大同鋼板(2代目)・大洋製鋼という形態となったが、2004年(平成16年)にさらなる統合が実施され、日鉄鋼板は製造子会社2社を合併した。また、新日鉄との間で株式交換が行われ、同社の完全子会社となった。この結果、東証1部・大証1部での株式上場を廃止している。

  • 1899年(明治32年) - 富永商店創業。
  • 1924年(大正13年)9月 - 尼崎工業所(現・西日本製造所尼崎地区)を設立、亜鉛めっき鋼板の製造を開始。
  • 1934年(昭和9年)3月 - 富永鋼業株式会社に改組。
  • 1941年(昭和16年)10月 - 大同製鋼と合併。
  • 1950年(昭和25年)
  • 1956年(昭和31年)2月 - 尼崎鉄器工業(のちの大同鉄器、現・ジャパンペール)を買収。
  • 1957年(昭和32年)1月 - 富士製鐵が資本参加[2]
  • 1961年(昭和36年)10月2日 - 東京証券取引所第一部に株式上場。
  • 1971年(昭和46年)9月 - 湖南製造所を設置。
  • 2002年(平成14年)10月1日 - 日鉄鋼板株式会社に社名変更。製造部門を大同鋼板(2代目)として分離。大洋製鋼を子会社化。
  • 2003年(平成15年)11月 - 大同鉄器の株式を新日鉄に売却。
  • 2004年(平成16年)
    • 4月1日 - 日鉄鋼板が大同鋼板(2代目)と大洋製鋼を合併[3]
    • 7月27日 - 東証1部・大証1部での上場を廃止。
    • 7月31日 - 株式交換により、新日鉄の完全子会社となる[4]
  • 2006年(平成18年)12月1日 - 日鉄住金鋼板に社名変更。

大洋製鋼[編集]

  • 1961年(昭和36年)9月5日 - 大阪造船所(現・ダイゾー)と富士製鐵の共同出資により、大洋製鋼株式会社設立[2]
  • 1964年(昭和39年)7月 - 船橋工場(現・船橋製造所)が操業開始。
  • 2002年(平成14年)10月1日 - 日鉄鋼板の製造子会社となる。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 日鉄鋼板に合併。

住友金属建材[編集]

  • 1951年(昭和26年)2月 - 博多鋼板株式会社設立。
  • 1961年(昭和36年)9月8日 - 住金鋼材工業株式会社設立。
  • 1966年(昭和41年)10月1日 - 博多鋼板がイゲタ鋼板株式会社に社名変更。
  • 1982年(昭和57年)8月2日 - 株式会社野崎栄蔵商店がイゲタ建材株式会社に社名変更。
  • 1997年(平成9年)10月1日 - 住金鋼材工業がイゲタ鋼板・イゲタ建材を合併し、住友金属建材株式会社に社名変更。
  • 2006年(平成18年)12月1日 - 会社分割により、建材薄板部門を日鉄鋼板(日鉄住金鋼板に社名変更)に、道路・土木商品部門を日鐵建材工業(日鐵住金建材に社名変更)に移管。
  • 2007年(平成19年)7月2日 - 解散

日鉄住金鋼板[編集]

主なグループ企業[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 2枚の鋼板の間に断熱材を挟み込んだパネル。屋根や壁に使用される。
  2. ^ a b c 新日本製鐵 『炎とともに』富士製鐵株式會社史、新日本製鐵、1981年
  3. ^ 子会社吸収合併に関するお知らせ (PDF) (2004年1月27日付日鉄鋼板ニュースリリース)、2010年3月閲覧。
  4. ^ 新日本製鐵(株)による日鉄鋼板(株)、日鉄鋼管(株)及び日鐵建材工業(株)各々の完全子会社化 (PDF) (2004年4月28日付新日鉄ニュースリリース)、2010年3月閲覧。
  5. ^ 北海鋼機(株)の日鉄住金鋼板(株)による完全子会社化に関するお知らせ (PDF) (2007年11月29日付新日鉄ニュースリリース)、2010年3月閲覧。
  6. ^ 溶融亜鉛めっき鋼板製造販売業者に係る価格カルテル事件に係る告発について (PDF) (2008年11月11日付公正取引委員会報道発表資料)、2010年3月閲覧。
  7. ^ 2009年9月15日付日本経済新聞夕刊による。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]