日系フィリピン人

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日系フィリピン人

日本の旗フィリピンの旗
Jose rizal 01.jpg Ferdinand Marcos 1966.jpg
高山右近ホセ・リサールフェルディナンド・マルコス
代表的な日系フィリピン人[疑問点]
総人口
255,000[1][2] [3] (2006年)
居住地域
メトロ・マニラダヴァオヴィサヤ諸島イロコス・ノルテ州ラ・ウニョン州
言語
フィリピン語日本語族英語
宗教
仏教カトリック
関連する民族
日本人メキシコ系フィリピン人中国系フィリピン人

日系フィリピン人(にっけいフィリピンじん,Japanese Filipinos, Nippongo Pilipinos)とは、日本家系起源を持つフィリピン人である。

人口は10万から20万人と推測される。今日の日系フィリピン人は1980年代90年代の移民の子孫である。[要出典]

日系フィリピン人、フィリピン系日本人の一覧[編集]

戦国時代の一世[編集]

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二世以降[編集]

日本国籍[編集]

著名な日本系子孫[編集]

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フィリピン残留日系人問題[編集]

日本人男性と現地の女性間に生まれた者が戦争の混乱によりフィリピンに残留及び無国籍状態に置かれていた問題[4]。フィリピン社会は戦争により大きな被害を受けていたため反日感情は凄く母親が夫との婚姻証明書を破棄、名前をフィリピン式に改名などが起こった。また当時のフィリピンの法律は父系優先血統主義であったため彼らはフィリピン国籍を取得できず無国籍状態になっていた[5]。彼らへの差別はマルコス政権誕生までは強いものであった[6]

1995年に実施した外務省の調査では3545人[7]が確認されそのうち1000人は連絡先の判明により日本国籍の取得が出来たが残りの1500人は日本人の父を持っていたが無国籍状態のままであった。そのため就籍をするために裁判所に申し立てを行っており2017年までに200人が国籍を取得した[8]

脚注[編集]

  1. ^ Japanese Filipinos - Ethnic Groups of the Philippines”. 2018年9月12日閲覧。
  2. ^ Agnote, Dario (2017年10月11日). “A glimmer of hope for castoffs”. The Japan Times. http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/nn20061011f1.html 2016年8月9日閲覧。 
  3. ^ Ohno, Shun (2006). “The Intermarried issei and mestizo nisei in the Philippines”. In Adachi, Nobuko. Japanese diasporas: Unsung pasts, conflicting presents, and uncertain futures. p. 97. ISBN 978-1-135-98723-7. https://books.google.com/books?id=8P2SAgAAQBAJ&pg=PA97. 
  4. ^ 「日本人と認めて」 フィリピン残留日系人2世が来日”. 2018年8月2日閲覧。
  5. ^ 「捨てられた」日本国籍”. 2018年8月2日閲覧。
  6. ^ 立ちはだかった壁”. 2018年8月2日閲覧。
  7. ^ 陛下の前で涙を流した彼らは何者か〜放置され続けたフィリピン「無国籍邦人」という問題 北島純”. 現代ビジネス. 2018年8月2日閲覧。
  8. ^ 就籍手続きで日本国籍取得200人に”. 2018年8月2日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]