日本電産

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日本電産株式会社
Nidec Corporation
Nidec company logo.svg
NIDEC HQ and Central Lab 20120716-002.jpg
日本電産本社・中央開発技術研究所
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6594
略称 日電産、NIDEC、ニデック
本社所在地 日本の旗 日本
601-8205
京都府京都市南区久世殿城町338
設立 1973年7月23日
業種 電気機器
法人番号 9130001002387
事業内容 精密小型モーター、電子・光学部品製造
代表者 永守重信(代表取締役会長兼社長CEO)
小部博志(代表取締役副会長CSO)
片山幹雄(代表取締役副会長CTO)
資本金 877億円(2017年3月期)
発行済株式総数 298,142,234株(2017年3月期)
売上高 連結:1兆1,993億円
単独:2,186億円
(2017年3月期)
営業利益 連結:1,403億円
(2017年3月期)
純利益 連結:1,117億円
(2017年3月期)
純資産 連結:8,472億円
(2017年3月期)
総資産 連結:1兆6,769億円
(2017年3月期)
従業員数 連結:107,062名
(2017年3月期)
決算期 3月31日
会計監査人 PwC京都監査法人
主要株主 永守重信 8.7%
STATE STREET BANK AND TRUST COMPANY 6.23%
日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 5.08%
(2014年3月31日現在)
主要子会社 日本電産サンキョー
日本電産サーボ
日本電産コパル
日本電産コパル電子
関係する人物 永守重信
小瀧徹
外部リンク www.nidec.com
特記事項:純資産の連結は株主資本
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日本電産株式会社(にほんでんさん、: Nidec Corporation)は、京都府に本社を置く日本電気機器製造会社。

概要[編集]

創業者は永守重信。精密小型モーターの開発・製造において世界一のシェアを維持・継続している。ニューヨーク証券取引所東京証券取引所第一部上場、証券コード6594。

拠点[編集]

本社は京都市南区久世殿城町338番地の、国道171号線沿いにある。本社・中央開発技術研究所ビルは2003年3月竣工した地上22階・地下2階、高さ100.6mの高層ビル伏見区京セラ本社ビル(高さ95m)を抜き、京都市はもちろん、京都府内初の100mを超すビルである[要出典]。現在の本社所在地は旧シンポ工業(現日本電産シンポ)の本社所在地であった。

日本電産本社の所在地は桓武天皇784年に造営した長岡京の遺跡の一角にあたっている。本社建設に先だって行われた発掘調査では、巨大な掘立柱建築物跡を始めとするさまざまな遺構が発見された。そして、出土した墨書土器の文字によって、桓武天皇が長岡京から平安京794年遷都)に移る1年余りの間滞在した長岡京東院であることが判明した。これは平安京に先立つ天皇の御所の遺跡として注目され、学界からは遺跡保存の要望も出された。日本電産によると、本社ビルの建設は遺跡に配慮して当初の設計を大幅に変更して施工され、地下に遺跡を現状保存しているという。

日本国内の主な拠点

研究開発拠点

  • 中央開発技術研究所(本社)
    京都市南区久世殿城町338
  • 中央モーター基礎技術研究所
    神奈川県川崎市幸区新川崎2-8
  • 長野技術開発センター
    長野県駒ヶ根市赤穂20-51
  • 生産技術センター
    京都府長岡京市神足寺田1
  • 滋賀技術開発センター(生産技術センター分室)
    滋賀県愛知郡愛荘町中宿248

営業拠点

  • 東京オフィス
    東京都品川区大崎1-20-13

関連会社[編集]

沿革[編集]

  • 1973年4月 - 京都市において会社設立。精密小型ACモーターの生産を始める。
  • 1974年 - アメリカに事業拠点を設置。
  • 1976年4月 - アメリカ現地法人、米国日本電産(株)を設立。
  • 1978年9月 - 8インチフロッピーディスクドライブ用精密小型ACモーターの生産を開始。
  • 1982年1月 - OA機器用精密小型ACモーターの生産を開始。
  • 1984年2月 - アメリカのトリン社の軸受ファン部門を買収。本格的なM&Aを初めて行う。
  • 1984年2月 - 3.5インチ型ハードディスク用スピンドルモータの生産を開始。
  • 1986年12月 - プラスチック型低コストファンの生産を開始。
  • 1988年11月 - 大阪証券取引所第2部、京都証券取引所に株式を上場。
  • 1989年
    • 1月 - デーシーパックを買収。
    • 3月 - 信濃特機を買収。
    • 3月 - シンガポールに現地法人シンガポール日本電産(株)を設立。
  • 1990年8月 - タイに現地法人タイ日本電産を設立。
  • 1991年5月 - パワーゼネラル社を買収。
  • 1992年
    • 1月 - シーゲート社の精密複合部品部門を買収。
    • 4月 - 中国に現地法人日本電産(大連)有限公司を設立。
    • 中央研究所を開設。
  • 1993年
    • 4月 - ドイツに現地法人欧州日本電産を設立。
    • 10月 - 真坂電子を買収。
  • 1995年2月 - 共立マシナリ(現・日本電産マシナリー)とシンポ工業(現・日本電産シンポ)へ資本参加。
  • 1996年2月 - 大三工業を買収。
  • 1997年
    • 3月 - トーソク(現・日本電産トーソク)に資本参加。
    • 4月 - リードエレクトロニクス(現・日本電産リード)に資本参加。
    • 5月 - 京利工業を買収。
    • 10月 - 日本電産パワーゼネラルを買収。
  • 1998年
    • 2月 - コパル(現・日本電産コパル)ならびにコパル電子(現・日本電産コパル電子)に資本参加。コーンアートキルンINC、ピー・エス・テー買収。
    • 9月 - 大阪証券取引所第1部に指定替え、同時に東京証券取引所第1部に上場。
    • 10月 - 日本電産、芝浦製作所、東芝の3社で芝浦電産という合弁会社を設立(後の日本電産シバウラ)。
  • 1999年
  • 2000年
    • 3月 - ワイ・イードライブ(後の日本電産パワーモータ)を買収。
    • 10月 - シーゲート社からランシット工場モータ部門を買収。
  • 2001年
  • 2003年10月 - 三協精機製作所(現・日本電産サンキョー)に資本参加。
  • 2006年
    • 10月 - ヴァレオ(フランス)から車載モータ事業を買収。日本電産モーターズ アンド アクチュエーターズを設立。
    • 11月 - ブリリアント・マニュファクチャリング(シンガポール)(現・日本電産コンポーネントテクノロジー)及びフジソクを買収。
  • 2007年4月 - 日本サーボ(現・日本電産サーボ)に資本参加。
  • 2008年
  • 2009年
    • 1月 - 不況に対抗し雇用を維持するため、日本電産コパル電子を除く国内一般社員を2月から最大5パーセントの減給、既に30パーセント削減していた役員報酬も50パーセント削減に増額とする事を発表。
    • 9月 - 日本電産シバウラと日本電産パワーモータを傘下にする日本電産テクノモーターホールディングス(現・日本電産テクノモータ)を設立。
  • 2010年
    • 1月 - ACC社(イタリア)から家電モータ事業を日本電産テクノモータホールディングスが買収し日本電産ソーレモータを設立(2011年4月に日本電産モータホールディングスの子会社となる)。
    • 2月 - SC WADO Co., Ltd(タイ)を買収。
    • 9月 - エマソン・エレクトリック(米)からモーター事業を買収し日本電産モータを設立。持株会社の日本電産モータホールディングスを設立。
    • 10月 - 日本電産サーボを完全子会社化。
  • 2011年 
    • 3月 - 日本電産テクノモーターホールディングスが日本電産パワーモータを吸収合併
    • 4月 - 日本電産テクノモーターホールディングスが日本電産シバウラを吸収合併
    • 7月 - 三洋精密(現・日本電産セイミツ)を買収。
  • 2012年
    • 4月 - 日本電産テクノモーターホールディングスが日本電産テクノモータに商号変更。
    • 5月 - Ansaldo Sistemi Industriali S.p.A.(イタリア)(現 日本電産 ASI)を買収。
    • 9月 - Nidec US Holdings Corporation を設立。同社がAvtron Industrial Automation,Inc. (米)(現・日本電産アブトロンオートメーション)を買収。
    • 10月 - 日本電産サンキョーを完全子会社化。
    • 11月 - SCD Co.,Ltd.(韓国)を買収。Nidec US Holdings Corporationが、Kinetek Group Inc. (米)(現・日本電産キネテック)を買収。
    • 12月 - 江蘇凱宇汽車電器有限公司(中国)を買収。
  • 2013年10月 - 日本電産コパル・日本電産トーソクを完全子会社化。
  • 2014年
    • 1月 - 日本電産サンキョーが、三菱マテリアルシーエムアイ(現・日本電産サンキョーシーエムアイ)を買収。
    • 3月 - ホンダエレシス(現・日本電産エレシス)を買収。
    • 10月 - 日本電産コパル電子・日本電産リードを完全子会社化。
  • 2015年
    • 2月 - Geräte- und Pumpenbau GmbH Dr. Eugen Schmidt(ドイツ)を買収。
    • 5月 - Motortecnica s.r.l.(イタリア)を買収。
    • 7月 - China Tex Mechanical & ElectricalEngineering社(中国)からSRモータ・ドライブ事業を買収。
    • 8月 - Arisa, S.A.(スペイン)及びKB Electronics, Inc.(アメリカ)を買収。
    • 9月 - E.M.G. Elettromeccanica S.r.l.(イタリア)及びPT. NAGATA OPTO INDONESIA(インドネシア)を買収。
  • 2016年
    • 5月 - E.C.E. S.r.l.(イタリア)及びANA IMEP S.A.(ルーマニア)を買収。
    • 12月 - カントン・エレベーター(アメリカ)を買収。
  • 2017年
    • 1月 - 米国エマソン・エレクトリック社(Emerson Electric Co.)のモータ・ドライブ事業及び発電機事業を買収。
    • 3月 - ヴァムコ・インターナショナル社(アメリカ)を買収。
    • 7月 - LGB エレットロポンペ社(イタリア)を買収。

製品[編集]

日本電産の主力製品は電動機モーター)であり、特に精密小型モーターや中型モーターに強みがある。精密小型モーターはハードディスクドライブ(HDD)などに使用され、中型モーターは自動車家庭用電気機械器具に搭載されている。インテルリテールCPUに付属するCPUクーラーには、同社のOEM製品もある。

人物[編集]

取締役[編集]

役名 職名 氏名 備考
取締役社長

(代表取締役)

CEO 永守 重信 創業者
取締役副会長

(代表取締役)

CSO(最高営業責任者) 小部 博志 日本電産設立に参画
CTO(最高技術責任者) 片山 幹雄 シャープ取締役社長・会長
取締役副社長 CFO 佐藤 明 元日産執行役員
精密小型モータ事業本部長 宮部 俊彦 1983年日本電産入社
車載事業本部長 吉本 浩之 元タイ日産自動車社長
家電産業事業本部長 大西 徹夫 前シャープ副社長
取締役(社外) 取締役 井戸 清人
取締役 石田 法子
取締役

(監査等委員)

常勤監査役(社外) 田邊 隆一
常勤監査役 成宮 治
村上 和也
監査役(社外) 長友 英資
渡邊 純子

M&A戦略[編集]

日本電産ではM&Aを積極的に進め、企業規模を拡大させる。技術力はあるが経営が悪化した会社を買収する。日本電産社長が個人筆頭株主となり、同時に代表取締役会長にも就任して経営する。経営が悪化した企業を買収した場合でも、人員削減はおこなわない。買収した子会社の社名は最高益を更新すると「日本電産○○」と変更する。

特徴[編集]

コスト削減・合理化
購買コストの削減を実施するとともに、清掃作業等の従業員が行える周辺業務は自社で行うことでアウトソーシングへの支出を削減する、営業の直販化を行う。
雇用
リーマンショックの時、雇用を維持する代わりに、社員にも1-5%の賃金カットを求めた。ただし業績が回復した翌年以降にカット分に1%の金利を付けて追加支給を行なっている。

労務に関する発言[編集]

日本電産は2020年までに残業ゼロを実現すると2016年10月に宣言している。[1]背景として買収した海外企業が残業せず、長期休暇を1月取得しても、好業績を挙げている事がある。今後は残業代として支払っていた賃金を、半分は賞与に載せ、半分は社員の教育投資にとして還元するとしている。[2]

朝日新聞は、日本電産の2008年3月期決算発表に関する記事において、社長・永守が「休みたいならやめればいい」[3]との持論を展開した、と報じた。この報道によれば、永守が「社員全員が休日返上で働く企業だから成長できるし給料も上がる。たっぷり休んで、結果的に会社が傾いて人員整理するのでは意味がない」[3]と述べ、同社の成長の原動力が従業員の「ハードワーク」にあると説明したとされる。

この発言に対して、同年のメーデー中央大会で日本労働組合総連合会会長の高木剛労働基準法の趣旨に反すると批判した[4]。来賓として出席した厚生労働大臣舛添要一も、調査のうえで違反があれば厳正に処分することを約束する[4][5]

しかし日本電産は4月28日、この社長発言について「そのような事実はなく、誠に遺憾に思っております」[6]としたうえで、記者会見での社長発言の趣旨は、雇用安定確保を最重要視し、企業再建でも同方針で実績を上げてきた同社の経営理念を述べたものであると反論する[7]。なお、日本電産による抗議文書は、当初は「朝日新聞の記事(2008年4月24日朝刊)について」であったが[7]、その後上記文書の表題を「一部報道について」に変更した[6]

なお、同年に、日本電産が東洋電機製造の買収に失敗したが、その際、日本電産の労務に対する懸念から東洋電機製造労働組合が買収に対して反対を表明している[8]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]