日本調教馬の日本国外への遠征

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本記事では、日本の競馬における日本調教馬の日本国外への遠征について述べる。

目次

歴史[編集]

戦前[編集]

日本国内で調教された競走馬による日本国外への遠征のうち、はっきりとした記録のある最古のものは、1909年にロシアのウラジオストクで行われた日露大競馬会への参加とみられる[1]

当時の日本では日露戦争を経て馬匹(軍馬)改良の必要性が叫ばれ、競馬は馬産振興の一助として行われており、それを担う競馬主催者の収入源として、馬券の発売は政府から「黙許」されていた[2]。しかし営利目的の競馬開催が横行し、観客は馬券的中に血道を上げ、競馬場内では騒擾事件が頻発するに及び、その弊害を重くみた政府は1908年10月6日をもって馬券発売を全国的に禁止した[3]。これにより財源を失った全国の競馬主催者は大打撃を受け[3]、日本競馬は暗黒時代を迎えていた[4]

そうしたなかでウラジオストクの烏港競馬倶楽部より横浜の日本レース・倶楽部へ合同開催の誘いがあったことから、日本の競馬関係者は喜んでこれに応じ、20数名のホースマンと、スイテン、ジンソウ、ソトヤマ、カンサイといった強豪を含む50頭近くの競走馬がロシアへ渡った[4]。日露合同開催は9月5日にはじまり、以後9月19日までの6日間の開催で54競走が組まれた[4]。その内容には1.各抽籤日本産馬競走、2.各日本産馬及び抽籤日本産馬競走、3.各産馬トロッティング競走、4.日本各競馬会豪州産馬競走、5.各産馬競走、6.日本各競馬会抽籤豪州産馬及び露国産馬混合競走、7.各日本産馬及びシベリヤ産馬混合競走の7種があり、1、5、6、7の競走では最終日に優勝戦が組まれた[4]。中でも優秀な成績を挙げたのは安田伊左衛門の所有馬スイテンで、優勝戦を含む5戦5勝の成績を残した[4]。日露合同での競馬は、正式にはこの一開催のみ行われた[4]

欧米地域での初勝利[編集]

1954年、日本中央競馬会にアメリカのローレルパーク競馬場から国際招待競走・ワシントンD.C.インターナショナル(以下「ワシントン国際」)への招待状がはじめて送付された[5]。競馬会はこれに応じ、中央競馬初代年度代表馬ハクリョウが送られることになったが、輸送上の問題が発覚し実現しなかった[5]。なお翌1955年9月に日本中央競馬会は国際競馬協定に加盟し、その存在を国際的に承認され[5]、1957年に発表された「中央競馬運営方策要綱」の中では競馬の国際化が打ち出され、「国際的に信頼される競馬の確立」「競馬国際会議への参加」「諸外国競馬事情視察調査」「国産馬の国外遠征」が強調された[6]

ワシントンバースデーハンデキャップに勝利したハクチカラ(内・埒沿い)

1958年、日本中央競馬会は北米州競馬委員全国協会(NASRC)に代表団を初参加させ、ふたつの成果を生む。ひとつはニューヨーク・ジョッキークラブへの職員を派遣し研修させることができうるようになったこと、そしてもうひとつが、当時の日本最強馬であったハクチカラによるアメリカ遠征の実現である[6]。戦後初の外国遠征馬となったハクチカラは、当初苦戦していたものの徐々に成績を上げてゆき、渡米後11戦目のワシントンバースデーハンデキャップ(レイ・ヨーク騎乗)で初勝利を挙げ、アメリカのステークス競走を制した最初の日本馬となった[5]。ただし、ハクチカラは当時日本人の手を完全に離れ、現地の受け入れ先であったボブ・ウィラーの管理下にあり[7]、事実上「アメリカに転厩した馬」という存在でもあった[8]

一方、ハクチカラに日本から帯同し5戦目まで騎乗した騎手・保田隆芳は、それまで日本で普及していた革の長い「天神乗り」から、鐙革を短く詰めたアメリカ式のモンキー乗りへとフォームを改め、日本へ持ち帰った[7]。日本において第一人者であった保田のフォーム改造は他の騎手にも大いに影響を与え、モンキー乗りは中央競馬、地方競馬いずれにおいても主流のフォームとして定着するに至った[9]。なお保田はこのとき日本競馬とアメリカ競馬について「直感的に30年の差を感じた」としている[10]

また1966年には国内障害戦の最高級競走・中山大障害4連覇の実績を誇るフジノオーが、イギリスのジョッキークラブからの勧誘を受け、世界一過酷な障害戦として知られるグランドナショナルに挑んだ[11]。規定上の最高斤量である168ポンド(76.2kg)を負ったフジノオーは第16障害で飛越を拒否して競走中止という結果に終わったが、そのままヨーロッパに留まり、転戦先のフランスにおいてレーヌ賞、クリスチャン・ド・レルミト賞という2競走を制し[11]、ヨーロッパにおける日本馬の初勝利を挙げた[12]。なお、障害競走への出走を目的とした遠征は、これが戦後唯一の事例である。

惨敗続きのワシントン国際 - 凱旋門賞挑戦のはじまり[編集]

ハクリョウが招待を受けながら断念して以降、ワシントン国際へはメイヂヒカリクリペロと都度遠征が取り沙汰されながら出走は実現しなかった。1962年、初招待から8年を経て天皇賞優勝馬タカマガハラが初出走を果たしたが、1着から約32馬身の差をつけられての10着と敗れる[13]。この結果を受けて、日本中央競馬会は「要するに勝利を期しての遠征計画は何もなされていなかったといってよい。まずは今後の先鞭を務めたことでその意義は十分[14]」との見解を示したが、以後のワシントン国際において、日本からはおおむね国内第一級の馬が出走しながら、大敗を繰り返した。全出走馬と大まかな成績は次の通りである[13]

シアトルに到着したタカマガハラ。蹄に草鞋を履いている[15]
年度 馬名 着順/頭数 1着との着差
1962年 タカマガハラ 10着/13頭 32馬身
1964年 リュウフォーレル 8着/8頭 30馬身1/2
1967年 スピードシンボリ 5着/9頭 8馬身1/4
1968年 タケシバオー 8着/8頭 24馬身1/2
1969年 タケシバオー 7着/7頭 35馬身
1972年 メジロムサシ 7着/完走7頭 43馬身
1975年 ツキサムホマレ 9着/9頭 30馬身3/4
1976年 フジノパーシア 6着/8頭 23馬身
1980年 ハシクランツ 8着/8頭 44馬身

上記のうち、遠征史のうえで特筆される存在がスピードシンボリである[6]。ワシントン国際において日本馬として最良の成績を挙げた同馬は、「国際性の高い競馬をしたい」という馬主・和田共弘の意向により、1969年にイギリス、フランスそれぞれの最高級競走であるキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス凱旋門賞に、日本馬としてはじめて出走した。結果はそれぞれ5着(9頭立て)、11着以下(24頭立て)というものであったが、スピードシンボリは「世界の檜舞台で、日本産馬の真価を問わんとし」「国際競走に対する日本競馬社会の認識をいっそう深める役割を果たした」と評価されている[6]。特に凱旋門賞へは時代が下るにつれて日本馬の挑戦が増えていき、いつしか強い憧れが醸成され、日本競馬が「憑かれたように」勝利を目指す競走となっていく[16]

なお、日本中央競馬会の広報誌『優駿』1970年1月号では、「国際レースに勝つには」という議題のもとで歴代遠征馬の馬主を中心とした座談会が行われたが、そこで議論された日本と欧米の差は、馬の血統、馬の管理、飼料、調教施設、遠征の方法論といったほぼ全方面にわたり、和田共弘は「あらゆる面で負けてる」と指摘した[12]

「世界に通用する強い馬づくり」- ジャパンカップ創設[編集]

ワシントン国際やヨーロッパ遠征では一向に芳しい成績が挙がらなかったが、日本の一部関係者の間には、この成績は彼我の実力差ではなく、未熟な輸送技術や不慣れな馬場による問題であるとする見方も根強く残っていた[17]。その一方で競馬会から遠征のサポートを行っていた職員らは、現場におけるそうした楽観的態度に焦燥感を募らせていた[17]。当時、日本競馬好景気のなか多額の売り上げを記録していたが、肝心の競馬のレベルが人気に追いついていないとみた競馬会業務部では、諸国の強豪を日本へ招待して行う国際競走の創設が図られるようになる[17]。1970年、ふたりの職員がその準備のためアメリカとヨーロッパ諸国を巡り、帰国後に競走の諸条件を整え役員会で諮られたが、前年より実施された競走馬の輸入自由化に対して国内生産者からの激しい反発が起こっており、この情勢に配慮して国際競走創設は一時棚上げされることになった[18]

その計画が再び動き始めたのは1978年のことである[19]。このころ、競馬会の内部では「強い馬づくり」という合言葉のもと、業務部と獣医・防疫などに関わる馬事部が一体となって日本馬を世界に通用する水準に引き上げなければならないという意見が活発化していた[19]。競走は当初「東京インターナショナル」の予定名で計画され、諸条件が整えられていったが、第1回競走の招待国からは、特に高水準の競馬が行われているイギリスアイルランドフランスといったヨーロッパの国々が外され、その一方で日本が主導して設立された「アジア競馬会議」への配慮という側面から、逆に相当水準が落ちるとみられるインドトルコの2カ国が加えられた[20]。また、これも高水準であろうとみられたオーストラリアニュージーランドの2カ国は、防疫上の理由から招待が叶わなかった[20]。いびつな招待国の顔ぶれが明らかになると、その計画に対して「出発点から間違っている」「なんのための国際競走なのか」という批判も生まれた[20]。計画側も元より同じ心情を抱いていたが、具体的に盛り上がった開催への機運を逃さないため、理想に近づけるよりも一度開催実績を作ることを優先した内容であったという[20]

世界の一流競走馬に門戸を開いた国際レースをもたず、"鎖国競馬"といわれ続けてきた日本の競馬界が初めて"世界"を実感した衝撃的な出来事であった。これを機に国内生産者の保護育成をテーマにしてきた日本の競馬もいよいよ世界に通用する強い馬づくりという新しい時代のテーマに挑戦することとなった。この第1回ジャパンカップが国際化の第一歩であり、その後徐々に国際化が進められ、日本の競馬水準は次第に高まっていくのである。
日本馬主協会連合会[21]

施行前年に競走名は予定の「東京インターナショナル」から「ジャパンカップ」へと改められ[22]、1981年11月21日、東京競馬場でその第1回競走が施行された。「遠征、検疫、馬場の差といった有利な条件もあり、日本馬でも勝負になるのでは」といった楽観的な見方もあったが[23]、結果は北米のGII級[24]の馬たちに1着から4着までを占められ、2400メートルの日本レコードを0秒5更新されるという日本勢完敗の内容であり、テレビ中継では実況アナウンサーが「日本は完全に敗れました」と叫んだ[23]

第1回の衝撃的な内容は日本競馬関係者に意識変革を迫った[25]。以後もジャパンカップにやってくる外国勢は、従来の日本ではみられなかった調教法、外国人騎手たちの厳しいレース運び、ファンの前に姿を現す厩務員の身だしなみに至るまで、日本の関係者にとっては絶好の教材となっていく[26]。また、競馬会の組織にはジャパンカップ推進と国際化に対応するための「国際室」が新設され、1984年に行われた距離別体系の確立、グレード制導入といった大きな改革もジャパンカップ施行を契機として行われた[1]

ヨーロッパとオセアニアからも招待に成功した第2回は前年同様に4着までを外国馬が占めたが、第3回では2着に日本馬が入り、第4回競走において日本のカツラギエースが初優勝を果たした[23]

その一方で国外への遠征という面においては、ジャパンカップは「こちらから出向かなくても相手が来てくれる」、「ジャパンカップで勝負にならない馬を国外へ連れて行っても」といった消極的な態度を誘発した[1]白井透はこれを「ジャパンカップの逆効果」「国際化への足かせ」と評した[1]。ジャパンカップ創設後しばらく、積極的に国外遠征を行ったのは従来から遠征意欲旺盛なシンボリ牧場和田共弘と、吉田善哉率いる社台ファーム社台グループ)のみであった[1]。1980年代半ばから後半、シンボリ牧場はシリウスシンボリを、社台グループはギャロップダイナを、それぞれ長期ヨーロッパ遠征へ送ったが、いずれも勝利を挙げることはできなかった[1]。また1986年には日本競馬史上最強との呼び声高かったシンボリルドルフがアメリカのサンルイレイステークスに臨んだが、7頭立て6着と敗れている[1]。翌1987年5月にシリウスシンボリがフランスで出走して以降[27]、日本馬の国外遠征は一時止むことになる[1]合田直弘はこれについて「シンボリと社台が本気でやって勝負にならないんだからと腰が引けた」と指摘している[28]

36年ぶりの国外重賞勝利[編集]

フジヤマケンザン

しぼんでいた国外遠征の機運を再び高めたのは、香港において創設された国際競走群であった[28]。1988年に創設された「香港招待カップ」は香港とマレーシア/シンガポール地域との対抗戦として始まったが、間もなくオーストラリアとニュージーランドが招待国となり、その後も招待国枠が順次拡大されていく[29]。1992年に「香港招待ボウル」が新設されると、翌1993年、同競走に日本から1頭が出走し、約6年ぶりの国外戦を経験した[29]。以後この開催は競走数を増やしていき、「香港国際競走」として定着。日本からも毎年複数馬が出走するようになり、関係者は異国での調整についての経験を蓄積していった[28]

1994年11月、日本中央競馬会は、次年度よりアイルランド、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、香港、カナダ、アメリカにおけるグレード(グループ)競走で3着以内、もしくはリステッド競走で1着となった場合に、褒賞金を交付するという方針を発表[30]。その1995年からは遠征が活発化、アメリカ、フランス、香港で6頭が8戦に出走し[27]、フランスのノネット賞ではダンスパートナーが同国のクラシック優勝馬・マティアラに僅差の2着と健闘[28]、そして年末には香港国際カップにおいて、森秀行が管理し、蛯名正義が騎乗するフジヤマケンザンが優勝し、日本馬としてハクチカラ以来36年ぶりとなる日本国外での重賞制覇を達成した[8]。これはスタッフもすべて日本人であるという観点では国外における初勝利であった[8]。なお、当年より日本中央競馬会は国際格付委員会にハンデキャッパーを派遣し、従来独自基準で作成していた「フリーハンデ」を、より国際標準に近づけた「JRAクラシフィケーション」に改めた[31]

ブレイクスルーの到来 - 世界における活躍[編集]

1998年8月9日、フランス遠征に臨んでいたシーキングザパールモーリス・ド・ゲスト賞を制し、日本調教馬による欧州G1競走初制覇を果たした[32]。この勝利はフランスのみならずイギリスでも大きく報じられ、特に英紙『レーシング・ポスト』は「日本の牝馬、歴史をつくる」の見出しと共に、ハクチカラ以来の日本馬による遠征史を紹介した[33]。さらに翌週の8月16日には、同じくフランス遠征中であり、より有力視されていたタイキシャトルジャック・ル・マロワ賞に優勝[32]。日本調教馬による2週連続での仏G1競走制覇を達した。タイキシャトルはこの年、外国産馬としてはじめて、また1600メートル以下の路線としてもはじめて、中央競馬の年度代表馬に選出された[34]

1999年にはエルコンドルパサーがヨーロッパへの長期遠征を行い、シリウスシンボリ以来となる中長距離路線に参戦。サンクルー大賞に優勝したほか、凱旋門賞2着という成績を残し、インターナショナル・クラシフィケーションにおいて日本調教馬に対する史上最高値となる「134」のレートを得た[35]。さらに同馬はこの年日本で一度も出走しなかったにもかかわらず、中央競馬の年度代表馬に選出された[36]。2000年には、前年アベイユ・ド・ロンシャン賞を制していたアグネスワールドが、「近代競馬の発祥地」イギリスでジュライカップを制し、同国における日本調教馬のG1初制覇を果たした[37]。なお、森秀行厩舎に所属したシーキングザパール、アグネスワールドらの国外遠征においては、僚馬のドージマムテキが常に帯同し[38]、同馬は遠征を陰で支えた功労馬という存在であった[39]。先述の座談会「国際レースで勝つには」においても「馬は集団の動物であるから、複数馬で遠征すべき」との指摘がなされていたが[12]、ドージマムテキは国外遠征における帯同馬の重要性をあらためて認識させた存在となった[38]

2001年の香港国際競走においては、施行される4つのG1競走のうちステイゴールド香港ヴァーズエイシンプレストン香港マイルアグネスデジタル香港カップと日本調教馬が3つを占めた[40]。エイシンプレストンとアグネスデジタルは翌年に香港のクイーンエリザベス2世カップで対戦、前者が優勝、後者が2着となり、国外のG1競走ではじめて日本調教馬が1、2着を占める[41]。アラブ首長国連邦の ドバイワールドカップカーニバル からの転戦だったアグネスデジタルは、関係者が競馬会と折衝したことにより、検疫上の理由からそれまで不可能だった[42]国外から国外へのスポット転戦を可能にした[28]

また、香港ヴァーズ優勝のステイゴールドは日本産馬であり、それまで「外国産の日本調教馬」に偏っていた国外での活躍が、以後変わっていくことになる[28]。同馬の父であるサンデーサイレンスは社台スタリオンステーションで1991年より種牡馬となり、1994年に初年度産駒がデビューして以来、日本競馬界を席巻していた[43]。2000年代以降、その血を受けた馬たちが国外でも活躍をはじめ、2005年にはシーザリオアメリカンオークスハットトリックが香港マイル、2006年にはハーツクライドバイシーマクラシックデルタブルースがメルボルンカップと、それぞれ国・条件が異なる4つのG1競走を制した[43]。このうち、ハットトリックは2007年よりアメリカで種牡馬入りすることになった[44]

また、2006年には同年のゴドルフィンマイルを制したユートピアが、2007年には同年のドバイデューティフリーを制したアドマイヤムーンが、それぞれドバイ首長シェイク・モハメドが率いるゴドルフィンダーレー・ジャパン・ファームに現役のままトレードされた[45][46]。とくに後者には約40億円といわれる巨額のオファーがかけられ、欧米では普通に行われている現役馬のトレードの対象に、もはや日本産馬も加えられていることが示された事例となった[46]

以後も日本調教馬は世界各国のG1競走を制している。2011年にはヴィクトワールピサが世界最高賞金競走であるドバイワールドカップを制覇。同競走の創設初年度から出走馬を送ってきた日本にとって16年目での初戴冠であった[47]。2012年にはロードカナロアが、香港国際競走で唯一、それまで日本馬が上位入着さえなく「鬼門[28]」ともいわれていた香港スプリントを初制覇した[48]。2014年にドバイデューティーフリーを制したジャスタウェイは130ポンドのレートを獲得し、ワールド・ベストホース・ランキング(旧インターナショナル・クラシフィケーション)において日本調教馬として初めて年間1位の座に就いた[49]

香港国際競走への遠征[編集]

毎年多くの日本調教馬が出走しており、これまで、招待競走4競走すべてで優勝経験がある(以下を参照)。

香港ヴァーズ[編集]

1994年に香港国際ヴァーズの名で芝2400メートルの競走として創設され、1996年に国際G2、2000年に国際G1に昇格、1999年には香港ヴァーズと改称した[50]。2001年にステイゴールド、2016年にサトノクラウンが優勝している[51]

施行日 参戦馬名 英語表記 漢字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第1回 1994年12月11日 エイシンテネシー Eishin Tennessee 榮進田州 牝5 増井裕 坂口正則 4着 [52] [53]
第2回 1995年12月10日 タニノクリエイト Tanino Create 谷野創作 牡3 蛯名正義 森秀行 4着 [54]
第4回 1997年12月14日 エイシンサンサン Eishin Sansan 榮進珊珊 牝5 武豊 坂口正則 12着 [55]
第6回 1999年12月12日 ローゼンカバリー Rosen Kavalier 羅生武士 牡6 菊沢隆徳 鈴木康弘 7着 [56]
第8回 2001年12月16日 ステイゴールド Stay Gold 黃金旅程 牡7 武豊 池江泰郎 1着 [57]
第12回 2005年12月11日 シックスセンス Six Sense 超預感 牡3 四位洋文 長浜博之 2着 [58]
第13回 2006年12月10日 ソングオブウインド Song of Wind 風之歌 牡3 武幸四郎 浅見秀一 4着 [59]
アドマイヤメイン Admire Main 至愛 牡3 武豊 橋田満 8着
第15回 2008年12月14日 ジャガーメイル Jaguar Mail 網絡電郵 牡4 M.キネーン 堀宣行 3着 [60]
第16回 2009年12月13日 ジャガーメイル Jaguar Mail 網絡電郵 牡5 C.スミヨン 堀宣行 4着 [61]
第17回 2010年12月12日 ジャガーメイル Jaguar Mail 網絡電郵 牡6 C.ウィリアムズ 堀宣行 4着 [62]
第18回 2011年12月11日 トレイルブレイザー Trailblazer 始創先鋒 牡4 安藤勝己 池江泰寿 6着 [63]
第19回 2012年12月09日 ジャガーメイル Jaguar Mail 網絡電郵 牡8 D.ホワイト 堀宣行 2着 [64]
第20回 2013年12月08日 アスカクリチャン Asuka Kurichan 飛鳥阿栗 牡6 岩田康誠 須貝尚介 7着 [65][66]
第21回 2014年12月14日 カレンミロティック Curren Mirotic 機伶迷宮 騸6 池添謙一 平田修 5着 [67][68]
第23回 2016年12月11日 サトノクラウン Satono Crown 里見皇冠 牡4 J.モレイラ 堀宣行 1着 [69]
ヌーヴォレコルト Nuovo Record 新紀錄 牝5 岩田康誠 斎藤誠 4着
スマートレイアー Smart Layer 醒目層次 牝6 武豊 大久保龍志 5着
第24回 2017年12月10日 トーセンバジル Tosen Basil 東瀛羅勒 牡5 J.モレイラ 藤原英昭 3着 [70]
キセキ Kiseki 神業 牡3 M.デムーロ 角居勝彦 9着

香港スプリント[編集]

1999年に芝1000メートルの競走として設立され、2000年に国際G3、2001年に国際G2、2002年に国際G1に昇格、2006年からは芝1200メートルで行われている[50]。2012年[71]、2013年[72]にロードカナロアが連覇を達成している。

施行日 参戦馬名 英語表記 漢字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第3回 2001年12月16日 ダイタクヤマト Daitaku Yamato 大德大和 牡7 江田照男 石坂正 12着 [73] [53]
メジロダーリング Mejiro Darling 目白情人 牝5 吉田豊 大久保洋吉 13着
第4回 2002年12月15日 ショウナンカンプ Shonan Kampf 湘南之戰 牡4 藤田伸二 大久保洋吉 10着 [74]
ビリーヴ Believe 信念 牝4 武豊 松元省一 12着
第6回 2004年12月12日 サニングデール Sunningdale 陽光谷 牡5 福永祐一 瀬戸口勉 7着 [75]
カルストンライトオ Calstone Light O 金鎮之光 牡6 大西直宏 大根田裕之 14着
第7回 2005年12月11日 アドマイヤマックス Admire Max 大賞識 牡6 上村洋行 橋田満 11着 [76]
第8回 2006年12月10日 シーイズトウショウ She is Tosho 藤田小姐 牝6 池添謙一 鶴留明雄 10着 [77]
メイショウボーラー Meisho Bowler 名將球手 牡5 福永祐一 白井寿昭 競走中止
第10回 2008年12月14日 ローレルゲレイロ Laurel Guerreiro 桂冠戰士 牡4 四位洋文 昆貢 8着 [78]
トウショウカレッジ Tosho Courage 東商勇者 牡6 池添謙一 池添兼雄 9着
第11回 2009年12月13日 ローレルゲレイロ Laurel Guerreiro 桂冠戰士 牡5 藤田伸二 昆貢 13着 [79]
第13回 2011年12月11日 カレンチャン Curren chan 真機伶 牝4 池添謙一 安田隆行 5着 [80]
パドトロワ Pas De Trois 三人共舞 牡4 安藤勝己 鮫島一歩 14着
第14回 2012年12月09日 ロードカナロア Lord Kanaloa 龍王 牡4 岩田康誠 安田隆行 1着 [81]
カレンチャン Curren chan 真機伶 牝5 池添謙一 安田隆行 7着
第15回 2013年12月08日 ロードカナロア Lord Kanaloa 龍王 牡5 岩田康誠 安田隆行 1着 [72][82]
第16回 2014年12月14日 ストレイトガール Straight Girl 真誠少女 牝5 岩田康誠 藤原英昭 3着 [83][84]
スノードラゴン Snow Dragon 瑞草祥龍 牡6 大野拓弥 高木登 8着
リトルゲルダ Little Gerda 哥爾達 牝5 M.デムーロ 鮫島一歩 14着
第17回 2015年12月13日 ミッキーアイル Mikki Isle 覓奇島 牡4 戸崎圭太 音無秀孝 7着 [85][86]
ストレイトガール Straight Girl 真誠少女 牝6 戸崎圭太 藤原英昭 9着
サクラゴスペル Sakura Gospel 櫻花福音 牡7 Z.パートン 尾関知人 12着
第18回 2016年12月11日 ビッグアーサー Big Arthur 大仁大勇 牡5 R.ムーア 藤岡健一 10着 [87]
レッドファルクス Red Falx 彎刀赤駿 牡5 M.デムーロ 尾関知人 12着
第19回 2017年12月10日 レッツゴードンキ Let's go Donki 唐吉快跑 牝5 岩田康誠 梅田智之 6着 [88]
ワンスインナムーン Once in a Moon 每月一回 牝4 Z.パートン 斎藤誠 12着

香港マイル[編集]

1991年に香港招待ボウルの名で、芝1400メートルの競走として設立され、1994年に国際G3、1995年に国際G2、2000年に国際G1に昇格[50]。また、1993年に香港国際ボウル、1999年に香港マイルに改称し、1999年からは芝1600メートルで行われている[50]。日本調教馬は3勝している(2001年のエイシンプレストン[89]、2005年のハットトリック[90]、2015年のモーリス[91])。

施行日 参戦馬名 英語表記 漢字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第2回 1993年04月18日 ホクセイシプレー Hokusei Ciboulette 雪寶來 牡5 須貝尚介 須貝彦三 14着 [92] [53]
第3回 1993年12月12日 トモエリージェント Tomoe Regent 巴攝政 牡5 根本康広 増沢末夫 14着 [93]
第4回 1994年12月11日 ゴールドマウンテン Gold Mountain 黃金山獄 牡5 増井裕 佐山優 8着 [94]
第5回 1995年12月10日 ドージマムテキ Dojima Muteki 堂山無敵 牡5 柴田善臣 森秀行 5着 [95]
第6回 1996年12月08日 ドージマムテキ Dojima Muteki 堂山無敵 牡6 村本善之 森秀行 2着 [96]
第7回 1997年12月14日 シンコウキング Shinko King 新光王 牡6 武豊 藤沢和雄 3着 [97]
第8回 1998年12月13日 ロイヤルスズカ Royal Suzuka 皇家鈴鹿 牡5 横山典弘 橋田満 4着 [98]
第9回 1999年12月12日 ミッドナイトベット Midnight Bet 午夜博彩 牡4 O.ペリエ 長浜博之 8着 [99]
第11回 2001年12月16日 エイシンプレストン Eishin Preston 榮進寶蹄 牡4 福永祐一 北橋修二 1着 [100]
ゼンノエルシド Zenno El Cid 禪宗勝者 牡4 O.ペリエ 藤沢和雄 14着
第12回 2002年12月15日 トウカイポイント Tokai Point 東海角 6 蛯名正義 後藤由之 3着 [101]
アドマイヤコジーン Admire Cozzene 喜高善 牡6 武豊 橋田満 4着
第13回 2003年12月14日 ローエングリン Lohengrin 天鵝騎士 牡4 K.デザーモ 伊藤正徳 3着 [102]
アドマイヤマックス Admire Max 大賞識 牡4 福永祐一 橋田満 4着
テレグノシス Telegnosis 千里通 牡4 勝浦正樹 杉浦宏昭 7着
第14回 2004年12月12日 デュランダル Durandal 多旺達 牡5 池添謙一 坂口正大 5着 [103]
テレグノシス Telegnosis 千里通 牡5 横山典弘 杉浦宏昭 14着
第15回 2005年12月11日 ハットトリック Hat Trick 三連冠 牡4 O.ペリエ 角居勝彦 1着 [104]
アサクサデンエン Asakusa Den'en 淺草田園 牡6 藤田伸二 河野通文 6着
第16回 2006年12月10日 ダンスインザムード Dance in the Mood 随心起舞 牝5 武豊 藤沢和雄 12着 [105]
第17回 2007年12月09日 コンゴウリキシオー Kongo Rikishio 金剛力王 牡5 藤田伸二 山内研二 9着 [106]
第18回 2008年12月14日 スーパーホーネット Super Hornet 超級黃蜂 牡5 藤岡佑介 矢作芳人 5着 [107]
第20回 2010年12月12日 エーシンフォワード A Shin Forward 榮進快蹄 牡5 岩田康誠 西園正都 4着 [108]
第21回 2011年12月11日 アパパネ Apapane 夏威夷鳥 牝4 蛯名正義 国枝栄 13着 [109]
第22回 2012年12月09日 サダムパテック Sadamu Patek 瑞士名錶 牡4 武豊 西園正都 6着 [110]
グランプリボス Grand Prix Boss 大賽波士 牡4 内田博幸 矢作芳人 12着
第24回 2014年12月14日 グランプリボス Grand Prix Boss 大賽波士 牡6 岩田康誠 矢作芳人 3着 [111][112]
ワールドエース World Ace 世界王牌 牡5 Z.パートン 池江泰寿 4着
フィエロ Fiero 引以為榮 牡5 福永祐一 藤原英昭 6着
ハナズゴール Hana's Goal 哈娜目標 牝5 N.ローウィラー 加藤和宏 8着
第25回 2015年12月13日 モーリス Maurice 滿樂時 牡4 R.ムーア 堀宣行 1着 [91][113]
ダノンプラチナ Danon Platina 野田金駒 牡3 蛯名正義 国枝栄 7着
フィエロ Fiero 引以為榮 牡6 M.デムーロ 藤原英昭 9着
第26回 2016年12月11日 ロゴタイプ Logotype 標誌名駒 牡6 M.デムーロ 田中剛 5着 [114]
サトノアラジン Satono Aladdin 神燈光照 牡5 川田将雅 池江泰寿 7着
ネオリアリズム Neorealism 新寫實派 牡5 R.ムーア 堀宣行 9着
第27回 2017年12月10日 サトノアラジン Satono Aladdin 神燈光照 牡6 H.ボウマン 池江泰寿 11着 [115]

香港カップ[編集]

1988年に香港招待カップの名で、芝1800メートルの競走として創設され、1993年に国際G3、1994年に国際G2、1999年に国際G1に昇格[50]。1993年に香港国際カップと改称し、2000年には香港カップと改称すると共に芝2000メートルに変更された[50]。日本調教馬は国際G1格付け以前も含め、5勝を挙げている(1995年のフジヤマケンザン[8]、1998年のミッドナイトベット[116]、2001年のアグネスデジタル[117]、2015年のエイシンヒカリ[118]、2016年モーリス)。1995年のフジヤマケンザンの勝利は、日本調教馬としてはハクチカラ以来36年ぶりとなる海外重賞競走制覇[注 1]であった[8]。また、1998年にミッドナイトベットが勝利した際に記録した勝ちタイムは当時の沙田競馬場の芝1800メートルのレコードタイムであった[116](2004年にラシアンパールが更新[120])。なお、1999年にはエアジハードも出走を計画し香港へ渡ったものの、レースの2日前に現地で屈腱炎を発症していることが判明したため出走できずそのまま引退することとなった[121]

施行日 参戦馬名 英語表記 漢字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第7回 1993年12月12日 ナリタチカラ Narita Chikara 成田力 牡5 武豊 大久保正陽 7着 [122] [53]
第8回 1994年12月11日 フジヤマケンザン Fujiyama kenzan 富士山 牡6 蛯名正義 森秀行 4着 [123]
第9回 1995年12月10日 フジヤマケンザン Fujiyama kenzan 富士山 牡7 蛯名正義 森秀行 1着 [124]
第10回 1996年12月08日 シーズグレイス She's Grace 俏佳人 牝3 福永祐一 森秀行 9着 [125]
第11回 1997年12月14日 サイレンススズカ Silence Suzuka 無聲鈴鹿 牡3 武豊 橋田満 5着 [126]
第12回 1998年12月13日 ミッドナイトベット Midnight Bet 午夜博彩 牡4 河内洋 長浜博之 1着 [127]
第15回 2001年12月16日 アグネスデジタル Agnes Digital 愛麗數碼 牡4 四位洋文 白井寿昭 1着 [128]
第16回 2002年12月15日 エイシンプレストン Eishin Preston 榮進寶蹄 牡5 福永祐一 北橋修二 5着 [129]
第17回 2003年12月14日 エイシンプレストン Eishin Preston 榮進寶蹄 牡6 福永祐一 北橋修二 7着 [130]
マグナーテン Magnaten 万能泰斗 騸7 K.デザーモ 藤沢和雄 13着
第18回 2004年12月12日 ダンスインザムード Dance in the Mood 隨心起舞 牝3 O.ペリエ 藤沢和雄 13着 [131]
第20回 2006年12月10日 アドマイヤムーン Admire Moon 賞月 牡3 武豊 松田博資 2着 [132]
ディアデラノビア Dia De la Novia 情人節 牝4 福永祐一 角居勝彦 7着
第21回 2007年12月09日 シャドウゲイト Shadow Gate 關之影 牡5 田中勝春 加藤征弘 5着 [133]
第23回 2009年12月13日 クィーンスプマンテ Queen Spumante 美酒皇后 牝5 田中博康 小島茂之 10着 [134]
第27回 2013年12月08日 トウケイヘイロー Tokei Halo 東京光環 牡4 武豊 清水久詞 2着 [135][136]
第28回 2014年12月14日 アルキメデス Archimedes 阿基米德 牡5 岩田康誠 藤原英昭 7着 [137][138]
第29回 2015年12月13日 エイシンヒカリ A Shin Hikari 榮進之光 牡4 武豊 坂口正則 1着 [118][139]
ヌーヴォレコルト Nuovo Record 新紀錄 牝4 R.ムーア 斎藤誠 2着
ステファノス Staphanosl 善得福 牡4 戸崎圭太 藤原英昭 10着
サトノアラジン Satono Aladdin 神燈光照 牡4 J.マクドナルド 池江泰寿 11着
第30回 2016年12月11日 モーリス Maurice 滿樂時 牡5 R.ムーア 堀宣行 1着 [140]
ステファノス Staphanosl 善得福 牡5 C.スミヨン 藤原英昭 3着
ラブリーデイ Lovely Day 朗日清天 牡6 H.ボウマン 池江泰寿 4着
クイーンズリング Queens Ring 皇后寶戒 牝4 M.デムーロ 吉村圭司 9着
エイシンヒカリ A Shin Hikari 榮進之光 牡5 武豊 坂口正則 10着
第31回 2017年12月10日 ネオリアリズム Neorealism 新寫實派 牡6 J.モレイラ 堀宣行 3着 [141]
ステファノス Staphanosl 善得福 牡6 H.ボウマン 藤原英昭 4着
スマートレイアー Smart Layer 醒目層次 牝7 武豊 大久保龍志 5着

香港国際競走以外のアジアへの遠征[編集]

クイーンエリザベス2世カップ[編集]

日本からの出走馬はエイシンプレストンが2002年[142]2003年[143]に連覇を記録しており、2012年はルーラーシップ[144]、2017年にはネオリアリズムも優勝している[145]。また2002年にはエイシンプレストンとアグネスデジタルが1、2着を占めた[142]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 漢字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第21回 1995年04月01日 フジヤマケンザン Fujiyama Kenzan 富士山 牡7 蛯名正義 森秀行 10着 [146] [53]
第23回 1997年04月13日 ダンスパートナー Dance Partner 舞伴 牝5 四位洋文 白井寿昭 8着 [147]
マイネルブリッジ Meiner Bridge 礦橋 牡5 坂本勝美 伊藤正徳 9着
第28回 2002年04月21日 エイシンプレストン Eishin Preston 榮進寶蹄 牡5 福永祐一 北橋修二 1着 [148]
アグネスデジタル Agnes Digital 愛麗數碼 牡5 四位洋文 白井寿昭 2着
第29回 2003年04月27日 エイシンプレストン Eishin Preston 榮進寶蹄 牡6 福永祐一 北橋修二 1着 [149]
第33回 2007年04月29日 アドマイヤムーン Admire Moon 賞月 牡4 武豊 松田博資 3着 [150]
第34回 2008年04月27日 マツリダゴッホ Matsurida Gogh 梵高藝展 牡5 蛯名正義 国枝栄 6着 [151]
第36回 2010年04月25日 ネヴァブション Never Bouchon 永通達 牡7 後藤浩輝 伊藤正徳 4着 [152]
第38回 2012年04月29日 ルーラーシップ Rulership 統治地位 牡5 U.リスポリ 角居勝彦 1着 [153]
第39回 2013年04月28日 エイシンフラッシュ Eishin Flash 榮進閃耀 牡6 M.デムーロ 藤原英昭 3着 [154]
第40回 2014年04月27日 エピファネイア Epiphaneia 神威啟示 牡4 福永祐一 角居勝彦 4着 [155][156]
アンコイルド Uncoiled 再自由 牡5 K.ティータン 矢作芳人 10着
第41回 2015年04月26日 ステファノス Staphanos 善得福 牡4 福永祐一 藤原英昭 2着 [157][158]
第42回 2016年04月24日 ラブリーデイ Lovely Day 朗日清天 牡6 J.モレイラ 池江泰寿 4着 [要出典]
ヌーヴォレコルト Nuovo Record 新紀錄 牝5 武豊 斎藤誠 6着
サトノクラウン Satono Crown 里見皇冠 牡4 Z.パートン 堀宣行 12着
第43回 2017年04月30日 ネオリアリズム Neorealism 新寫實派 牡6 J.モレイラ 堀宣行 1着 [159]

チャンピオンズマイル[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 漢字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第5回 2005年5月14日 コスモバルク Cosmo Bulk 大宇宙 牡4 千葉津代士 田部和則 10着
第8回 2008年4月27日 マイネルシーガル Meiner Segal 盛高 牡4 蛯名正義 国枝栄 10着
第14回 2014年5月4日 マイネルラクリマ Meiner Lacrima 欣喜之淚 牡6 柴田大知 上原博之 10着
第16回 2016年5月1日 モーリス Maurice 滿樂時 牡5 J.Moreira 堀宣行 1着

シンガポール航空インターナショナルカップ[編集]

2000年に創設[160]。2008年には中央競馬からシャドウゲイトとタスカータソルテが出走を表明していたが、馬インフルエンザ流行の影響もあり衛生条件に関する協議の結果、出走が不可能となり遠征を取りやめた[161]。一方、同年にホッカイドウ競馬所属のコスモバルクは3年連続となる出走を果たした[162]。2015年を最後に廃止された[163]。日本馬は2006年のコスモバルク[164]、2007年のシャドウゲイト[165]と、2年連続で優勝した。

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第5回 2005年05月15日 シーキングザダイヤ Seeking the Dia 牡4 G.ボス 森秀行 7着 [53]
第6回 2006年05月14日 コスモバルク Cosmo Bulk 牡5 五十嵐冬樹 田部和則 1着
第7回 2007年05月20日 シャドウゲイト Shadow Gate 牡5 田中勝春 加藤征弘 1着
コスモバルク Cosmo Bulk 牡6 五十嵐冬樹 田部和則 2着
第8回 2008年05月18日 コスモバルク Cosmo Bulk 牡7 松岡正海 田部和則 6着
第9回 2009年05月17日 タスカータソルテ Tascata Sorte 牡5 岩田康誠 藤原英昭 5着
第10回 2010年05月16日 ヤマニンキングリー Yamanin Kingly 牡5 柴山雄一 河内洋 11着
シャドウゲイト Shadow Gate 牡8 田中勝春 加藤征弘 競走除外[注 2]
第14回 2014年05月18日 トウケイヘイロー Tokei Halo 牡5 四位洋文 清水久詞 4着 [167]
第15回 2015年05月17日 マイネルフロスト Meiner Frost 牡4 松岡正海 高木登 4着 [168]

コリアカップ[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第1回 2016年09月11日 クリソライト Chrysolite 牡6 藤井勘一郎 音無秀孝 1着 [169]
クリノスターオー Kurino Star O 牡6 幸英明 高橋義忠 2着
第2回 2017年09月10日 ロンドンタウン London Town 牡4 岩田康誠 牧田和弥 1着 [170]
クリソライト Chrysolite 牡7 武豊 音無秀孝 2着

コリアスプリント[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第1回 2016年09月11日 グレープブランデー Grape Brandy 牡8 吉原寛人 安田隆行 3着 [171]
ミリオンヴォルツ Million Volts 騸7 藤井勘一郎 高野友和 5着
第2回 2017年09月10日 グレイスフルリープ Graceful Leap 牡7 武豊 橋口慎介 1着 [172]

ドバイワールドカップカーニバルへの遠征[編集]

例年1月の下旬から3月の中旬にかけて行われる ドバイワールドカップカーニバル は世界最大級の賞金額を誇り、2015年の時点ではドバイワールドカップが賞金総額1,000万ドルで世界1位[173]、ドバイシーマクラシックとドバイターフが賞金総額600万ドルで芝の競走として世界1位タイ。[174]日本から毎年多くの競走馬が遠征し、招待競走7競走のうち5競走で勝利を収めている(ゴドルフィンマイル、UAEダービー、ドバイシーマクラシック、ドバイターフ、ドバイワールドカップ。以下を参照)。2003年にも多数の馬が出走を予定していたが[175]イラク戦争の影響で飛行機の調達が出来なくなり、出走回避を余儀なくされた[176]

UAE1000ギニー[編集]

施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第9回 2009年2月6日 アースリヴィング Earth Living 牝3 C.ルメール 小笠倫弘 2着

UAEオークス[編集]

施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第9回 2009年2月26日 アースリヴィング Earth Living 牝3 C.ルメール 小笠倫弘 2着

アルバスタキヤ[編集]

施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第7回 2007年3月1日 ビクトリーテツニー Victory Tetsuni 牡3 武豊 森秀行 2着

バランシーンステークス[編集]

施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第6回 2009年2月20日 ブラックエンブレム Black Emblem 牝4 M.キネーン 小島茂之 9着

マハーブアルシマール[編集]

施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第7回 2007年3月1日 アグネスジェダイ Agnes Jedi 牡5 武豊 森秀行 5着
第13回 2013年3月9日 ファリダット Faridat 牡8 武豊 松元茂樹 9着
第17回 2017年3月4日 ディオスコリダー Dios Corrida 牡3 A.アッゼニ 高橋義忠 7着

ジェベルハッタ[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第10回 2009年03月05日 ウオッカ Vodka 牝5 武豊 角居勝彦 5着

マクトゥームチャレンジラウンド3[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第17回 2010年03月04日 レッドディザイア Red Desire 牝4 O.ペリエ 松永幹夫 1着
ウオッカ Vodka 牝5 C.ルメール 角居勝彦 8着
第20回 2013年03月09日 トレイルブレイザー Trailblazer 牡6 武豊 池江泰寿 10着
第24回 2017年03月04日 ラニ Lani 牡4 R.ムーア 松永幹夫 6着

ゴドルフィンマイル[編集]

1994年に、キーンランドマイルの名称でナド・アルシバ競馬場のダート1600メートルの競走として創設され、2001年に国際G3、2002年に国際G2に昇格[177]。1996年にナドアルシバマイル、2000年にゴドルフィンマイルに改称[177]。2010年にメイダン競馬場に移行しオールウェザー1600メートルに変更されたが[177]、2015年からは再びダート1600メートルで行われている[178]。2006年にユートピアが優勝している[179]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第7回 2000年03月25日 タガノサイレンス Tagano Silence 牡7 松永幹夫 橋田満 6着 [53]
第8回 2001年03月24日 ノボトゥルー Nobo True 牡5 O・ペリエ 森秀行 9着
第13回 2006年03月25日 ユートピア Utopia 牡6 武豊 橋口弘次郎 1着
第14回 2007年03月31日 フサイチリシャール Fusaichi Richard 牡4 C.スミヨン 松田国英 6着
第17回 2010年03月27日 グロリアスノア Glorious Noah 牡4 小林慎一郎 矢作芳人 4着
第21回 2014年03月29日 ブライトライン Brightline 牡5 福永祐一 鮫島一歩 5着 [180]
第24回 2017年03月25日 カフジテイク Kafuji Take 牡5 福永祐一 湯窪幸雄 5着 [181]
第25回 2018年03月31日 アディラート Aditaro 牡4 C.ルメール 須貝尚介 3着 [182]
アキトクレッセント Akito Crescent 牡6 武豊 清水久詞 14着

ドバイゴールドカップ[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第4回 2012年03月31日 マカニビスティー Makani Bisty 牡5 小牧太 矢作芳人 10着 [53]
第8回 2016年03月26日 ネオブラックダイヤ Neo Black Dia 牡8 秋山真一郎 鹿戸雄一 8着 [183]

UAEダービー[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第7回 2006年03月25日 フラムドパシオン Flamme de Passion 牡3 武豊 角居勝彦 3着 [53]
ガブリン Gaburin 牡4[注 3] O.ペリエ 森秀行 7着
第8回 2007年03月31日 ビクトリーテツニー Victory Tetsuni 牡3 武豊 森秀行 5着
第9回 2008年03月29日 イイデケンシン Iide Kenshin 牡3 藤田伸二 昆貢 8着
第12回 2011年03月26日 レーザーバレット Laser Bullet 牡3 藤田伸二 萩原清 9着
第13回 2012年03月31日 ゲンテン Genten 牡3 C.ウィリアムズ 矢作芳人 14着
第14回 2013年03月30日 ケイアイレオーネ Keiai Leone 牡3 幸英明 西浦勝一 10着
第16回 2015年03月28日 ゴールデンバローズ Golden Barows 牡3 R.ムーア 堀宣行 3着 [185]
タップザット Tap That 牡3 J.モレイラ 池江泰寿 5着
ディアドムス Dear Domus 牡3 三浦皇成 高橋裕 8着
第17回 2016年03月26日 ラニ Lani 牡3 武豊 松永幹夫 1着 [186]
ユウチェンジ Yu Change 牡3 J.モレイラ 森秀行 3着
オンザロックス On The Rocks 牡3 M.デムーロ 森秀行 5着
第18回 2017年03月25日 エピカリス Epicharis 牡3 C.ルメール 萩原清 2着 [187]
アディラート Adirato 牡3 武豊 須貝尚介 12着
第19回 2018年03月31日 タイキフェルヴール Taiki Ferveur 牡3 J.モレイラ 牧浦充徳 6着 [188]
ルッジェーロ Ruggero 牡3 C.ルメール 鹿戸雄一 8着

アルクォズスプリント[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第6回 2012年03月31日 エーシンヴァーゴウ A Shin Virgo 牡5 福永祐一 小崎憲 12着 [53]
第10回 2016年03月26日 ベルカント Bel Canto 牝5 武豊 角田晃一 12着 [189]

ドバイゴールデンシャヒーン[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第10回 2002年03月23日 ブロードアピール Broad Appeal 牝8 O.ペリエ 松田国英 5着 [53]
第12回 2004年03月27日 マイネルセレクト Meiner Select 牡6 武豊 中村均 5着
第14回 2006年03月25日 アグネスジェダイ Agnes Jedi 牡4 吉原寛人 森秀行 6着
第15回 2007年03月31日 アグネスジェダイ Agnes Jedi 牡5 武豊 森秀行 10着
シーキングザベスト Seeking the Best 牡6 福永祐一 森秀行 11着
第17回 2009年03月28日 バンブーエール Bamboo Ere 牡6 武豊 安達昭夫 4着
第18回 2010年03月27日 ローレルゲレイロ Laurel Guerreiro 牡6 藤田伸二 昆貢 4着
第21回 2013年03月30日 タイセイレジェンド Taisei Legend 牡6 R.ムーア 矢作芳人 12着
第25回 2017年03月25日 ディオスコリダー Dios Corrida 牡3 S.フォーリー 高橋義忠 11着 [190]
第26回 2018年03月31日 マテラスカイ Matera Sky 牡4 武豊 森秀行 5着 [191]

ドバイシーマクラシック[編集]

1998年にドバイターフクラシックの名で、ナド・アルシバ競馬場の芝2400メートルの競走として創設され、2000年に国際G2、2002年に国際G1に昇格、2000年にドバイシーマクラシックに改称[177]。2010年からはメイダン競馬場の芝2410メートルで行われている[192]。日本調教馬は3勝している(2001年ステイゴールド[193]、2006年ハーツクライ[194]、2014年ジェンティルドンナ[195]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第3回 2000年03月25日 ゴーイングスズカ Going Suzuka 牡7 芹沢純一 橋田満 5着 [53]
第4回 2001年03月24日 ステイゴールド Stay Gold 牡7 武豊 池江泰郎 1着
第5回 2002年03月23日 ホットシークレット Hot Secret 6 柴田善臣 後藤由之 7着
第9回 2006年03月25日 ハーツクライ Heart's Cry 牡5 C.ルメール 橋口弘次郎 1着
第10回 2007年03月31日 ポップロック Pop Rock 牡6 O.ペリエ 角居勝彦 6着
第13回 2010年03月27日 ブエナビスタ Buena Vista 牝4 O.ペリエ 松田博資 2着
第14回 2011年03月26日 ルーラーシップ Rulership 牡4 C.スミヨン 角居勝彦 6着
第16回 2013年03月30日 ジェンティルドンナ Gentildonna 牝4 岩田康誠 石坂正 2着
トレイルブレイザー Trailblazer 牡6 武豊 池江泰寿 11着
第17回 2014年03月29日 ジェンティルドンナ Gentildonna 牝5 R.ムーア 石坂正 1着 [195]
デニムアンドルビー Denim and Ruby 牝4 浜中俊 角居勝彦 10着
第18回 2015年03月28日 ワンアンドオンリー One and Only 牡4 C.デムーロ 橋口弘次郎 3着 [196]
ハープスター Harp Star 牝4 R.ムーア 松田博資 8着
第19回 2016年03月26日 ドゥラメンテ Duramente 牡4 M.デムーロ 堀宣行 2着 [197]
ラストインパクト Last Impact 牡6 J.モレイラ 角居勝彦 3着
ワンアンドオンリー One and Only 牡5 武豊 橋口慎介 5着
第20回 2017年03月25日 サウンズオブアース Sounds Of Earth 牡6 C.ルメール 藤岡健一 6着 [198]
第21回 2018年03月31日 レイデオロ Rey de Oro 牡4 C.ルメール 藤沢和雄 4着 [199]
モズカッチャン Mozu Katchan 牝4 C.デムーロ 鮫島一歩 6着
サトノクラウン Satono Crown 牡6 J.モレイラ 堀宣行 7着

ドバイターフ[編集]

1996年にドバイデューティーフリーの名でナド・アルシバ競馬場のダート2000メートルの競走として創設され、1999年に国際G3、2001年に国際G2、2002年に国際G1に昇格、2015年に名称がドバイターフへ変更された[177]。2000年からは芝1800メートル、2002年からは芝1777メートルで行われ、2010年からはメイダン競馬場の芝1800メートルで行われている[177]。日本調教馬は4勝している(2007年のアドマイヤムーン[200]、2014年のジャスタウェイ[201]、2016年のリアルスティール[202]、2017年のヴィブロス)

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第6回 2001年03月24日 イーグルカフェ Eagle Cafe 牡4 武豊 小島太 9着 [53]
第11回 2006年03月25日 ハットトリック Hat Trick 牡5 O.ペリエ 角居勝彦 12着
アサクサデンエン Asakusa Den'en 牡7 武豊 河野通文 16着
第12回 2007年03月31日 アドマイヤムーン Admire Moon 牡4 武豊 松田博資 1着
ダイワメジャー Daiwa Major 牡6 安藤勝己 上原博之 3着
第13回 2008年03月29日 ウオッカ Vodka 牝4 武豊 角居勝彦 4着
アドマイヤオーラ Admire Aura 牡4 安藤勝己 松田博資 9着
第14回 2009年03月28日 ウオッカ Vodka 牝5 武豊 角居勝彦 7着
第17回 2012年03月31日 ダークシャドウ Dark Shadow 牡5 福永祐一 堀宣行 9着
第19回 2014年03月29日 ジャスタウェイ Just a Way 牡5 福永祐一 須貝尚介 1着 [201]
ロゴタイプ Logotype 牡4 C.デムーロ 田中剛 6着
トウケイヘイロー Tokei Halo 牡5 武豊 清水久詞 7着
第21回 2016年03月26日 リアルスティール Real Steel 牡4 R.ムーア 矢作芳人 1着 [203]
第22回 2017年03月25日 ヴィブロス Vivlos 牝4 J.モレイラ 友道康夫 1着 [204]
第23回 2018年03月31日 ヴィブロス Vivlos 牝5 C.デムーロ 友道康夫 2着 [205]
リアルスティール Real Steel 牡6 M.バルザローナ 矢作芳人 3着同着
ディアドラ Deirdre 牝4 C.ルメール 橋田満
クロコスミア Crocosmial 牝5 岩田康誠 西浦勝一 7着
ネオリアリズム Neorealism 牡7 J.モレイラ 堀宣行 8着

ドバイワールドカップ[編集]

ドバイワールドカップカーニバルのメイン競走であるこの競走は、当時の世界最高額の賞金を誇る競走とし1995年にてシェイク・モハメドによって創設され、1996年に第1回競走がナド・アルシバ競馬場のダート2000メートルで行われた[177]。1998年に国際G1に昇格[177]メイダンに移行した際にダートからオールウェザーに変更されたため[177]、日本でダート競走の出走経験がない馬も多く参戦した[要検証]。2015年からダート2000メートルの競走に戻されている[177]

1996年の第1回、この前年から中央競馬地方競馬の交流が盛んとなり、当時ダート戦線で活躍していたライブリマウントが参戦した(6着)[206]1997年の第2回は、中央・地方のダート重賞で10連勝中、この年も壮行レースの川崎記念を圧勝したホクトベガが参戦[207]。しかし、最終コーナーで転倒し、左前腕節部の複雑骨折により予後不良と診断が下され、その場で安楽死処分となった[207]。なかなか活躍の無かった日本調教馬であるが2001年の第6回、トゥザヴィクトリーが逃げ粘り2着を確保した[193]2005年にはアジュディミツオーNAR船橋)に所属のまま、地方所属馬として初の参戦をしたが6着に敗れた[208]2011年にはヴィクトワールピサが日本調教馬として初めて優勝[209]。さらにトランセンドが2着となり、日本調教馬でワンツーフィニッシュとなった[209]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第1回 1996年03月27日 ライブリマウント Lively Mount 牡5 石橋守 柴田不二男 6着 [53]
第2回 1997年04月03日 ホクトベガ Hokuto Vega 牝7 横山典弘 中野隆良 競走中止
第3回 1998年03月28日 キョウトシチー Kyoto City 牡7 松永幹夫 中尾謙太郎 6着
第5回 2000年03月25日 ワールドクリーク World Cleek 牡5 加藤和宏 新井仁 6着
第6回 2001年03月24日 トゥザヴィクトリー To the Victory 牝5 武豊 池江泰郎 2着
レギュラーメンバー Regular Member 牡4 松永幹夫 山本正司 9着
第7回 2002年03月23日 アグネスデジタル Agnes Digital 牡5 四位洋文 白井寿昭 6着
トゥザヴィクトリー To the Victory 牝6 O.ペリエ 池江泰郎 11着
第9回 2004年03月27日 アドマイヤドン Admire Don 牡5 安藤勝己 松田博資 8着
リージェントブラフ Regent Bluff 牡8 吉田豊 大久保洋吉 9着
サイレントディール Silent Deal 牡4 武豊 池江泰郎 12着
第10回 2005年03月26日 アジュディミツオー Adjudi Mitsuo 牡4 内田博幸 川島正行 6着
第11回 2006年03月25日 カネヒキリ Kane Hekili 牡4 武豊 角居勝彦 4着[注 4]
スターキングマン Star King Man 牡7 O.ペリエ 森秀行 7着[注 4]
第12回 2007年03月31日 ヴァーミリアン Vermilion 牡5 C.ルメール 石坂正 4着
第13回 2008年03月30日 ヴァーミリアン Vermilion 牡6 武豊 石坂正 12着
第14回 2009年03月28日 カジノドライヴ Casino Drive 牡4 安藤勝己 藤沢和雄 8着
第15回 2010年03月27日 レッドディザイア Red Desire 牝4 C.スミヨン 松永幹夫 11着
第16回 2011年03月26日 ヴィクトワールピサ Victoir Pisa 牡4 M.デムーロ 角居勝彦 1着
トランセンド Transcend 牡5 藤田伸二 安田隆行 2着
ブエナビスタ Buena Vista 牝5 R.ムーア 松田博資 8着
第17回 2012年03月31日 エイシンフラッシュ Eishin Flash 牡5 C.ルメール 藤原英昭 6着
スマートファルコン Smart Falcon 牡7 武豊 小崎憲 10着
トランセンド Transcend 牡6 藤田伸二 安田隆行 13着
第19回 2014年03月29日 ベルシャザール Belshazzar 牡6 C.ルメール 松田国英 11着 [211]
ホッコータルマエ Hokko Tarumae 牡5 幸英明 西浦勝一 16着
第20回 2015年03月28日 ホッコータルマエ Hokko Tarumae 牡6 幸英明 西浦勝一 5着 [212]
エピファネイア Epiphaneia 牡5 C.スミヨン 角居勝彦 9着
第21回 2016年03月26日 ホッコータルマエ Hokko Tarumae 牡7 幸英明 西浦勝一 9着 [213]
第22回 2017年03月25日 アウォーディー Awardee 牡7 武豊 松永幹夫 5着 [214]
ラニ Lani 牡4 R.ムーア 松永幹夫 8着
アポロケンタッキー Apollo Kentucky 牡5 C.ルメール 山内研二 9着
ゴールドドリーム Gold Dream 牡4 J.モレイラ 平田修 14着
第23回 2018年03月31日 アウォーディー Awardee 牡8 武豊 松永幹夫 6着 [215]

フランスへの遠征[編集]

凱旋門賞[編集]

この競走は世界最高峰のレースの一つとして名高く、日本からは1969年にスピードシンボリが挑戦して以来2014年の時点で17頭(19回)という数々の日本を代表する馬が挑戦しているが、未だ優勝した馬はいない[216]。日本馬の最高着順は4度の2着であり(1999年エルコンドルパサー、2010年ナカヤマフェスタ、2012年および2013年オルフェーヴル)、これらは非欧州調教馬の最高着順である[216][注 5]。この競走に日本馬が出走した場合、地上波放送でも中継が組まれてきた[217][218][注 6]

このレースに出走する日本馬は他のレースに比べて格段に実績のあるものが多い。[220]また日本ダービーや宝塚記念、前年の有馬記念などの優勝馬が当レースに出走するという報道には枚挙にいとまがない[221][222][223]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第48回 1969年10月05日 スピードシンボリ Speed Symboli 牡6 野平祐二 野平省三 着外(11着以下)[注 7] [53]
第51回 1972年10月08日 メジロムサシ Mejiro Musashi 牡5 野平祐二 大久保末吉 18着
第65回 1986年10月08日 シリウスシンボリ Sirius Symboli 牡4 M.フィリッペロン 二本柳俊夫 14着
第78回 1999年10月03日 エルコンドルパサー El Condor Pasa 牡4 蛯名正義 二ノ宮敬宇 2着
第81回 2002年10月06日 マンハッタンカフェ Manhattan Cafe 牡4 蛯名正義 小島太 13着
第83回 2004年10月03日 タップダンスシチー Tap Dance City 牡7 佐藤哲三 佐々木晶三 17着
第85回 2006年10月01日 ディープインパクト Deep Impact 牡4 武豊 池江泰郎 失格(3位入線)
第87回 2008年10月05日 メイショウサムソン Meisho Samson 牡5 武豊 高橋成忠 10着
第89回 2010年10月03日 ナカヤマフェスタ Nakayama Festa 牡4 蛯名正義 二ノ宮敬宇 2着
ヴィクトワールピサ Victoire Pisa 牡3 武豊 角居勝彦 7着(8位入線)[注 8]
第90回 2011年10月02日 ヒルノダムール Hiruno D'Amour 牡4 藤田伸二 昆貢 10着
ナカヤマフェスタ Nakayama Festa 牡5 蛯名正義 二ノ宮敬宇 11着
第91回 2012年10月07日 オルフェーヴル Orfevre 牡4 C.スミヨン 池江泰寿 2着
アヴェンティーノ Aventino 牡8 A.クラストゥス 池江泰寿 17着
第92回 2013年10月06日 オルフェーヴル Orfevre 牡5 C.スミヨン 池江泰寿 2着 [226]
キズナ Kizuna 牡3 武豊 佐々木晶三 4着
第93回 2014年10月05日 ハープスター Harp Star 牝3 川田将雅 松田博資 6着 [227]
ジャスタウェイ Just a Way 牡5 福永祐一 須貝尚介 8着
ゴールドシップ Gold Ship 牡5 横山典弘 須貝尚介 14着
第95回 2016年10月02日 マカヒキ Makahiki 牡3 C.ルメール 友道康夫 14着 [228]
第96回 2017年10月01日 サトノダイヤモンド Satono Diamond 牡4 C.ルメール 池江泰寿 15着 [229]
サトノノブレス Satono Noblesse 牡7 川田将雅 池江泰寿 16着

ガネー賞[編集]

施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第95回 1987年5月3日 シリウスシンボリ Sirius Shinbori 牡5 G.フィリップス 二本柳俊夫 7着

サンクルー大賞[編集]

施行日 参戦馬名 英字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第91回 1999年07月04日 エルコンドルパサー El Condor Pasa 牡4 蛯名正義 二ノ宮敬宇 1着 [53]

イスパーン賞[編集]

施行日 参戦馬名 英字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第122回 1999年05月23日 エルコンドルパサー El Condor Pasa 牡4 蛯名正義 二ノ宮敬宇 2着 [53]
第139回 2016年05月24日 エイシンヒカリ A Shin Hikari 牡5 武豊 坂口正則 1着 [230]

ジャック・ル・マロワ賞[編集]

施行日 出走馬名 英字表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第65回 1986年08月17日 ギャロップダイナ Gallop Dyna 牡6 M.Philipperon 矢野進 12着 [53]
第77回 1998年08月16日 タイキシャトル Taiki Shuttle 牡4 岡部幸雄 藤沢和雄 1着
第82回 2003年08月17日 テレグノシス Telegnosis 牡4 勝浦正樹 杉浦宏昭 3着
ローエングリン Lohengrin 牡4 後藤浩輝 伊藤正徳 10着

ムーラン・ド・ロンシャン賞[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第30回 1986年09月07日 ギャロップダイナ Gallop Dyna 牡6 柴崎勇 矢野進 10着 [53]
第42回 1998年09月06日 シーキングザパール Seeking the Pearl 牝4 武豊 森秀行 5着
第47回 2003年09月07日 ローエングリン Lohengrin 牡4 後藤浩輝 伊藤正徳 2着
テレグノシス Telegnosis 牡4 勝浦正樹 杉浦宏昭 13着

モーリス・ド・ゲスト賞[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第76回 1998年08月09日 シーキングザパール Seeking the Pearl 牝4 武豊 森秀行 1着 [53]
第78回 2000年08月06日 ドージマムテキ Dojima Muteki 牡10 C.アスムッセン 森秀行 11着
第80回 2002年08月11日 エアトゥーレ Air Thule 牝5 武豊 森秀行 2着
第82回 2004年08月08日 シーキングザダイヤ Seeking the Dia 牡3 武豊 森秀行 15着
ドルバコ Dorubako 牡3 横山典弘 森秀行 18着

アベイ・ド・ロンシャン賞[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第43回 1999年10月03日 アグネスワールド Agnes World 牡4 武豊 森秀行 1着 [53]
ドージマムテキ Dojima Muteki 牡9 蛯名正義 森秀行 13着

ドラール賞[編集]

回数 施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第110回 1999年10月2日 ハッピーウッドマン Happy Woodman 牡6 蛯名正義 二ノ宮敬宇 9着
第113回 2002年10月5日 イーグルカフェ Eagle Cafe 牡5 田中勝春 小島太 3着
第122回 2011年10月1日 ナカヤマナイト Nakayama Knight 牡3 柴田善臣 二ノ宮敬宇 10着
第124回 2013年10月5日 ステラウインド Stella Wind 牡4 武豊 尾関知人 7着

ダニエルウィルデンシュタイン賞[編集]

回数 施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第117回 2006年9月30日 ピカレスクコート Picaresque Coat 牡4 武豊 池江泰寿 2着
第119回 2008年10月4日 ファンドリコンドル Foundry Condor 牡5 武豊 高橋成忠 6着

1999年フランスへ遠征していたドージマムテキが本競走(当時:ロンポワン賞)に出走登録を行っていたが、同日のアベイ・ド・ロンシャン賞に出走するため回避している[要出典]

ヴェルメイユ賞[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第89回 1995年09月10日 ダンスパートナー Dance Partner 牝3 武豊 白井寿昭 6着

ニエル賞[編集]

回数 施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手 調教師 着順
第59回 2010年9月12日 ヴィクトワールピサ Victoire Pisa 牡3 武豊 角居勝彦 4着
第60回 2011年9月11日 ナカヤマナイト Nakayama Knight 牡3 柴田善臣 二ノ宮敬宇 6着
第62回 2013年9月15日 キズナ Kizuna 牡3 武豊 佐々木晶三 1着
第65回 2016年9月11日 マカヒキ Makahiki 牡3 C.ルメール 友道康夫 1着

フォワ賞[編集]

凱旋門賞挑戦の前哨戦として日本を代表する競走馬が6頭、その帯同馬が2頭(アヴェンティーノ、ステラウインド[† 1])出走している。本競走中に故障したサクラローレルは凱旋門賞に出走できなかった。ナカヤマフェスタ、オルフェーヴルは2年連続で出走し、後者は2年連続優勝となる。

回数 施行日 参戦馬名 アルファベット表記 性齢 騎手 調教師 着順
第33回 1986年9月14日 シリウスシンボリ Sirius Symboli 牡4 M.フィリッペロン 二本柳俊夫 2着
第44回 1997年9月14日 サクラローレル Sakura Laurel 牡6 武豊 小島太 8着
第46回 1999年9月12日 エルコンドルパサー El Condor Pasa 牡4 蛯名正義 二ノ宮敬宇 1着
第56回 2010年9月12日 ナカヤマフェスタ Nakayama Festa 牡4 蛯名正義 二ノ宮敬宇 2着
第57回 2011年9月11日 ヒルノダムール Hiruno d'Amour 牡4 藤田伸二 昆貢 2着
ナカヤマフェスタ Nakayama Festa 牡5 蛯名正義 二ノ宮敬宇 4着
第58回 2012年9月16日 オルフェーヴル Orfevre 牡4 C.スミヨン 池江泰寿 1着
アヴェンティーノ Aventino 牡8 A.クラストゥス 池江泰寿 5着
第59回 2013年9月15日 オルフェーヴル Orfevre 牡5 C.スミヨン 池江泰寿 1着
ステラウインド Stellar Wind 牡4 武豊 尾関知人 5着
第63回 2017年9月10日 サトノダイヤモンド Satono Diamond 牡4 C.ルメール 池江泰寿 4着
サトノノブレス Satono Noblesse 牡7 川田将雅 池江泰寿 6着

イギリスへの遠征[編集]

キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス[編集]

2006年にはドバイシーマクラシックを優勝したハーツクライが参戦[231]。前年の凱旋門賞を優勝したハリケーンラン、同年のドバイワールドカップを優勝したエレクトロキューショニストとともに「3強」と評され[232]、優勝候補(2番人気)として出走したが、直線で一度先頭に立つなど見せ場を作ったものの僅差の3着に敗れた[231]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第19回 1969年07月26日 スピードシンボリ Speed Symboli 牡6 野平祐二 野平省三 5着 [53]
第35回 1985年07月27日 シリウスシンボリ Sirius Symboli 牡3 岡部幸雄 二本柳俊夫 8着
第50回 2000年07月29日 エアシャカール Air Shakur 牡3 武豊 森秀行 5着
第56回 2006年07月29日 ハーツクライ Heart's Cry 牡5 C.ルメール 橋口弘次郎 3着
第62回 2012年07月21日 ディープブリランテ Deep Brillante 牡3 岩田康誠 矢作芳人 8着

インターナショナルステークス[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第34回 2005年08月16日 ゼンノロブロイ Zenno Rob Roy 牡5 武豊 藤沢和雄 2着 [53]

ジュライカップ[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第120回 2000年07月13日 アグネスワールド Agnes World 牡5 武豊 森秀行 1着 [53]
第124回 2004年07月08日 シーキングザダイヤ Seeking the Dia 牡3 武豊 森秀行 11着
第125回 2005年07月07日 キーンランドスワン Keeneland Swan 牡6 A.スボリッチ 森秀行 12着

スプリントカップ[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第36回 2002年09月07日 エアトゥーレ Air Thule 牝5 武豊 森秀行 11着 [53]

ロイヤルアスコットミーティングへの遠征[編集]

キングズスタンドステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第136回 2000年06月20日 アグネスワールド Agnes World 牡5 武豊 森秀行 2着 [53]
ドージマムテキ Dojima Muteki 牡10 武幸四郎 森秀行 22着

セントジェームズパレスステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第167回 2011年06月14日 グランプリボス Grand Prix Boss 牡3 ミルコ・デムーロ 矢作芳人 8着 [53]

クイーンアンステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第166回 2016年06月14日 エイシンエルヴィン A Shin Erwin 牡5 C.デムーロ 中尾秀正 10着

ゴールデンジュビリーステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第126回 2005年06月18日 キーンランドスワン Keeneland Swan 牡6 A.スボリッチ 森秀行 10着 [53]

プリンスオブウェールズステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第122回 2015年06月17日 スピルバーグ Spielberg 牡6 C.スミヨン 藤沢和雄 6着 [要出典]
第123回 2016年06月15日 エイシンヒカリ A Shin Hikari 牡5 武豊 坂口正則 6着 [233]

ゴールドカップ[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第194回 2004年06月17日 イングランディーレ Ingrandire 牡5 横山典弘 清水美波 9着

アメリカ合衆国への遠征[編集]

ワシントンDCインターナショナル[編集]

日本からも8頭で延べ9回出走したものの、スピードシンボリの5着が最高であった。

回数 施行日 馬名 英語馬名 騎手 調教師 着順 出典
第11回 1962年11月12日 タカマガハラ Takamagahara 野平好男 小西喜蔵 10着 [53]
第13回 1964年11月11日 リユウフオーレル Ryu Forel 宮本悳 橋本正晴 8着
第16回 1967年11月11日 スピードシンボリ Speed Symboli 野平祐二 野平省三 5着
第17回 1968年11月11日 タケシバオー Takeshiba O 保田隆芳 三井末太郎 8着
第18回 1969年11月11日 タケシバオー Takeshiba O 古山良司 三井末太郎 7着
第21回 1972年11月11日 メジロムサシ Mejiro Musashi 野平祐二 大久保末吉 7着
第24回 1975年11月08日 ツキサムホマレ Tsukisamu Homare 横山富雄 元石正雄 9着
第25回 1976年11月06日 フジノパーシア Fujino Parthia 大崎昭一 柴田寛 6着
第29回 1980年11月08日 ハシクランツ Hashi Kranz 柴田光陽 内藤繁春 8着

ケンタッキーダービー[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第121回 1995年5月6日 スキーキャプテン Ski Captain 牡3 武豊 森秀行 14着
第142回 2016年5月7日 ラニ Lani 牡3 武豊 松永幹夫 9着

プリークネスステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第141回 2016年5月21日 ラニ Lani 牡3 武豊 松永幹夫 5着

ベルモントステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第148回 2016年6月11日 ラニ Lani 牡3 武豊 松永幹夫 3着

アメリカンオークスステークス[編集]

当競走にはG1と認定された初年度から日本調教馬が遠征しており[234]、参戦2頭目のシーザリオで当競走の制覇を果たしている[235]。またこのシーザリオは、日本調教馬として初めての米国G1競走制覇となった[235](なお、日本調教馬による米重賞制覇はグレード制導入以前の1959年ハクチカラによって達成されている[236])。

回数 施行日 馬名 英語馬名 性齢 騎手 調教師 着順 出典
第3回 2004年07月03日 ダンスインザムード Dance in the Mood 牝3 武豊 藤沢和雄 2着 [53]
第4回 2005年07月03日 シーザリオ Cesario 牝3 福永祐一 角居勝彦 1着
第5回 2006年07月02日 アサヒライジング Asahi Rising 牝3 V.エスピノーザ 古賀慎明 2着
第6回 2007年07月07日 ローブデコルテ Robe Decollete 牝3 岩田康誠 松元茂樹 5着

フラワーボウルインビテーショナルステークス[編集]

回数 施行日 馬名 英語馬名 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第33回 2010年10月2日 レッドディザイア Red Desire 牝4 ケント・デザーモ 松永幹夫 3着

ピーターパンステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第55回 2008年05月10日 カジノドライヴ Casino Drive 牡3 K.デザーモ 藤沢和雄 1着 [53]

キャッシュコールマイル招待ステークス[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第9回 2006年07月01日 ダンスインザムード Dance in the Mood 牝5 V.エスピノーザ 藤沢和雄 1着 [53]
第10回 2007年07月06日 キストゥヘヴン Kiss to Heaven 牝4 V.エスピノーザ 戸田博文 4着 [237]
ディアデラノビア Dia de la Novia 牝5 岩田康誠 角居勝彦 5着
コイウタ Koiuta 牝4 内田博幸 奥平雅士 9着

サンタモニカハンデキャップ[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順
第42回 1999年1月23日 シーキングザパール Seeking the Pearl 牝5 武豊 森秀行 4着

ブリーダーズカップ・ワールド・サラブレッド・チャンピオンシップへの遠征[編集]

ブリーダーズカップ・クラシック[編集]

日本からは過去に4頭(のべ5回)が挑戦しているが苦戦が続いている。

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第13回 1996年10月26日 タイキブリザード Taiki Blizzard 牡5 岡部幸雄 藤沢和雄 13着 [53]
第14回 1997年11月08日 タイキブリザード Taiki Blizzard 牡6 岡部幸雄 藤沢和雄 6着
第21回 2004年10月30日 パーソナルラッシュ Personal Rush 牡3 L.デットーリ 山内研二 6着
第25回 2008年10月25日 カジノドライヴ Casino Drive 牡3 V.エスピノーザ 藤沢和雄 12着
第27回 2010年11月06日 エスポワールシチー Espoir City 牡5 佐藤哲三 安達昭夫 10着

ブリーダーズカップ・ターフ[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第29回 2012年11月03日 トレイルブレイザー Trailblazer 牡5 武豊 池江泰寿 4着 [53]

ブリーダーズカップ・スプリント[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第17回 2000年11月04日 アグネスワールド Agnes World 牡5 武豊 森秀行 8着 [53]

ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ[編集]

回数 施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第2回 2000年11月04日 マルターズスパーブ Maltese Superb 牝3 武豊 堀井雅広 13着 [53]
第12回 2010年11月05日 レッドディザイア Red Desire 牝4 K.デザーモ 松永幹夫 4着
第18回 2016年11月05日 ヌーヴォレコルト Nuovo Record 牝5 武豊 斎藤誠 11着 [238]

オーストラリアへの遠征[編集]

2005年以降、5頭がコーフィールドカップをステップレースにし、メルボルンカップへ参戦している。また、2014年にはハナズゴール[239]、2015年にはリアルインパクト[240]オーストラリアのG1競走でそれぞれ1勝を挙げている。

メルボルンカップ[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第145回 2005年11月01日 アイポッパー Eye Popper 牡5 藤田伸二 清水出美 12着 [53]
第146回 2006年11月07日 デルタブルース Delta Blues 牡5 岩田康誠 角居勝彦 1着
ポップロック Pop Rock 牡5 D.オリヴァー 角居勝彦 2着
第150回 2010年11月02日 トウカイトリック Tokai Trick 牡8 藤田伸二 野中賢二 12着
第154回 2014年11月04日 アドマイヤラクティ Admire Rakti 牡6 Z.パートン 梅田智之 22着 [241]
第155回 2015年11月03日 フェイムゲーム Fame Game 牡6 Z.パートン 宗像義忠 13着 [242]
ホッコーブレーヴ Hokko Brave 牡8 C.ウィリアムズ 松永康利 17着
第156回 2016年11月01日 カレンミロティック Curren Mirotic 騸8 T.ベリー 平田修 23着 [243]

コーフィールドカップ[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
第128回 2005年10月15日 アイポッパー Eye Popper 牡5 藤田伸二 清水出美 2着 [53]
第129回 2006年10月21日 デルタブルース Delta Blues 牡5 N.ローウィラー 角居勝彦 3着
ポップロック Pop Rock 牡5 D.オリバー 角居勝彦 7着
第133回 2010年10月16日 トウカイトリック Tokai Trick 牡8 藤田伸二 野中賢二 12着
第137回 2014年10月18日 アドマイヤラクティ Admire Rakti 牡6 Z.パートン 梅田智之 1着 [244]

コックスプレート[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 着順 出典
2005年10月22日 トーセンダンディ Tosen Dandy 牡7 吉田稔 森秀行 11着 [53]

ジョージライダーステークス[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 頭数 着順 出典
2015年03月21日 リアルインパクト Real Impact 牡7 J.マクドナルド 堀宣行 14頭 1着 [240]
ワールドエース World Ace 牡6 N.ホール 池江泰寿 11着

クールモアクラシック[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 頭数 着順 出典
2014年03月22日 ハナズゴール Hana's Goal 牝5 C.ウィリアムズ 加藤和宏 16頭 14着 [245]

ドンカスターハンデキャップ[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 頭数 着順 出典
2014年04月12日 ハナズゴール Hana's Goal 牝5 丸田恭介 加藤和宏 20頭 6着 [246]
2015年04月06日 リアルインパクト Real Impact 牡7 J.マクドナルド 堀宣行 20頭 2着 [247]
ワールドエース World Ace 牡6 N.ホール 池江泰寿 8着

オールエイジドステークス[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 頭数 着順 出典
2014年04月26日 ハナズゴール Hana's Goal 牝5 N.ローウィラー 加藤和宏 8頭 1着 [239]

ランヴェットステークス[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 頭数 着順 出典
2015年03月21日 トーセンスターダム Tosen Stardom 牡4 T.ベリー 池江泰寿 7頭 2着

ザBMW[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 頭数 着順 出典
2015年03月28日 トゥザワールド To The World 牡4 N.ホール 池江泰寿 7頭 2着

クイーンエリザベスステークス[編集]

施行日 参戦馬名 英語表記 性齢 騎手名 管理調教師 頭数 着順 出典
2015年04月11日 トゥザワールド To The World 牡4 Z.パートン 池江泰寿 12頭 12着
トーセンスターダム Tosen Stardom 牡4 T.ベリー 池江泰寿 5着

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ ただし、当時の香港国内グレードではGIだったため、グレード別定の金鯱賞ではGI馬扱いの2kg増で出走している[119]
  2. ^ 枠入りの際に突進しゲートから出てしまったため[166]
  3. ^ オーストラリア産の外国産馬であるため、北半球基準で4歳の出走となった[184]
  4. ^ a b 入線順位はカネヒキリ5着、スターキングマン8着であったが、後に2位入線のブラスハットが失格となったため繰り上がった[210]
  5. ^ ニュージーランドからの遠征馬バルメリーノ(Balmerino)も2着に入っている[216]
  6. ^ グリーンチャンネルでは日本からの遠征馬の有無にかかわらず中継を行っている[219]
  7. ^ スピードシンボリの着順は各所で「10着」と表記されている事も多いが[224]実際の10着馬はZborである(11着以下は公式記録が残されていないため「着外」の扱いとなっている)[要出典]
  8. ^ ヴィクトワールピサは8位で入線したが、7位入線のプラントゥールが失格となったため7着に繰り上げられた[225]
  1. ^ ステラウインドは、同レースに出走しているオルフェーヴルの帯同馬ではなく、同日開催のニエル賞に出走しているキズナの帯同馬である。

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参考文献[編集]

書籍

  • 日本中央競馬会(編)『日本競馬史 - 第2巻 明治・大正時代』(日本中央競馬会、1967年)
  • 河村清明『ミスター・ジャパンカップと呼ばれた男 - 異端の挑戦』(東邦出版、2008年)ISBN 978-4809407352
  • 角居勝彦『勝利の競馬、仕事の極意』(廣済堂出版、2008年)ISBN 978-4331513149

雑誌・ムック特集記事

  • 『優駿』1981年3月号(日本中央競馬会)
    • 「日本競馬の国際交流へのあゆみ - 国際招待競走ジャパンカップの実現まで」
  • 『優駿』1990年11月号(日本中央競馬会)
    • 岩川隆「競馬海外交流史 - 世界にかけた馬たち」
  • 『優駿』1995年4月号(日本中央競馬会)
    • 辻谷秋人「ヨーロッパへ飛んだ馬 - フジノオー、グランドナショナルへの挑戦」
  • 『優駿』1998年12月号(日本中央競馬会)
    • 辻谷秋人「はじめて世界を駆けた馬 - ハクチカラ、40年前の海外挑戦」
  • 『優駿』2010年12月号(日本中央競馬会)
    • 石川ワタル「世界に強さをアピールした日本馬たち - カツラギエースからウオッカまで」
    • 「コラム・ジャパンカップの創設で日本競馬が得たものとは?」
    • 広見直樹「日本馬が世界をとらえた瞬間 - ジャパンカップ黎明期の劣勢を覆した2頭の物語」
  • 『優駿』2011年9月号(日本中央競馬会)
    • 江面弘也「1960年代に相次いだ海外遠征」
  • 『優駿』2013年9月号(日本中央競馬会)
    • 谷川直子「シーキングザパール&タイキシャトル - 夏のドーヴィルに沸いた黄金の8日間」
    • 谷川直子「アグネスワールド - 近代競馬の聖地で打ち立てた金字塔」
    • 三好達彦「ステイゴールド&エイシンプレストン&アグネスデジタル - "コンプレックス"を払拭した奇跡のGI3連勝」
    • 平松さとし「シーザリオ&ハットトリック&デルタブルース&ハーツクライ - 4カ国で誇示したサンデーサイレンスの血」
    • 石田敏徳「アドマイヤムーン - 自身の評価を高めた"価値ある"勝利」
    • 軍土門隼夫「ヴィクトワールピサ - 「チーム・ニッポン」が一つになった瞬間」
    • 土屋真光「ロードカナロア - 最も高かった壁を乗り越える快挙」
  • 『夢はターフを駆けめぐる(4)後方一気!』(光栄、1994年)ISBN 978-4877191344
    • 石川ワタル「フジノパーシア - 日本の誇り高き戦士」

外部リンク[編集]