日本行進曲 (ヨーゼフ・シュトラウス)
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『日本行進曲』(にほんこうしんきょく、ドイツ語: Japanesischer Marsch)は、ヨーゼフ・シュトラウスが作曲した行進曲。作品番号は124(ロシア)。
楽曲解説[編集]
文久遣欧使節の人々(1862年撮影)
1862年、江戸幕府によって派遣された文久遣欧使節がロシア帝国を訪問した。当時、ロシアではヨーゼフ・シュトラウスが兄ヨハン・シュトラウス2世の代理としてパヴロフスクでの仕事をしていた[1]。日本からやってきた使節団を歓迎するために、ヨーゼフは東アジアの旋律をいくつか盛り込んだ『日本行進曲』を作曲した。
- 楽譜1

江戸時代の日本でも広く歌われていた中国の民謡『茉莉花』が引用されている。(楽譜1)
- 楽譜2
![\relative b' {
\new PianoStaff <<
\new Staff { \key e \minor \time 2/2
\tempo \markup {
\column {
}
}
r1 \times 2/3 { g''8[ g g] } \times 2/3 { g8[ g g] } g4 r r1 r e4 e e d \times 2/3 { c8[ c c] } \times 2/3 { c8[ c c] } c4 r
}
\new Staff { \key e \minor \time 2/2 \clef bass
d,,,4( c d e) g1 e4( d e a) g e d c8 d e2. d4 c2. r4
}
>>
}](http://upload.wikimedia.org/score/e/0/e0wfdvcdiyb6vgzurehx1dubfvwe9im/e0wfdvcd.png)
第2主題には「日本の旋律」として『君が代』の冒頭部が引用されている。現在の君が代は1880年に作曲されたものであるが、冒頭部に関しては、1862年以前からすでに元となるメロディーが存在していたことになる。(楽譜2)
楽譜の発見[編集]
この曲の楽譜はロシア国内でのみ出版され、ウィーンでは出版されなかった[2](出版社はサンクトペテルブルクのBüttner社[1])。このため出回った楽譜がシュトラウス・ファミリーの作品群の中でも非常に少なく、曲名しか分かっていない謎の作品となっていた。ペーター・ケンプなどが長年にわたって世界中を調査したが、楽譜の発見には至っていなかった[2]。
しかし、2012年にオーストリア国立図書館の「総合カタログ」に忽然と蔵書記録が現れた[2]。新規購入されたわけではなく、アントニー・ヴァン・ホーボーケンの遺品整理が進み、その成果が反映されたものであるという[2]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
- 若宮由美「ヨーゼフ・シュトラウスの<ロメオとジュリエット>―グノーのオペラに基づくポプリ」、『埼玉学園大学紀要(人間学部篇)』第14号、2014年12月、 75-87頁。
外部リンク[編集]
| 音楽・音声外部リンク | |
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