日本航空の運航機材

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日本航空 > 日本航空の運航機材

本項では、日本航空の運航機材(にほんこうくうのうんこうきざい)について述べる。

運航機材[編集]

2006年度からボーイング737-800「ネクストジェネレーション」を新規導入し、一部は国際線仕様にて運航中である。日本航空が発注したボーイング社製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は46で、航空機の形式名は767-346, 777-346ER, 737-846,787-846 などである。

エアバス社の航空機は、統合前の旧 日本エアシステムが発注したエアバスA300のみであったが、2013年10月7日、ボーイング777の退役に伴う後継機として、日本航空としては初めてとなるエアバス社のA350型機を確定31機、オプション25機を発注し、2019年から順次導入予定となる[1]。同機は日本の航空会社としても初発注となった。

各機材の詳細については、リンク先にある航空機のページを参照。

国際線[編集]

国際線機材は、中長距離路線向けにボーイング777-200ER/-300ERや従来型に比べ機内の各設備を更新したボーイング767-300ERを、アジアなど近距離路線向けにボーイング737-800を順次導入した。ボーイング787-8は、初号機を2012年3月に受領し[2]2012年4月22日に開設した成田 - ボストン線に投入された。

  • ボーイング787-8 25機順次導入中 …国際線用機材。通算生産数500機目となる節目の787を受領することになっており、これには特別塗装がなされる予定。当初の発注は22機であったが、ボーイング787-3型機の生産遅延のため、ボーイング787-8型機に全て変更された。納期は大幅に遅れたが、2011年12月13日に機体塗装が完了し、同社向けの初号機(機体記号:JA822J)が披露された。この機体はデリバリー当初は「太陽のアーク」と機体後方部に「DREAM LINER」のロゴが描かれていたが、その後現行の「鶴丸」をメインとしたデザインに変更された[3]。16機目からはスカイスイート機材として導入が進められている。2012年2月15日に発表された中期経営計画では発注数が35機から25機に変更されている[4]
  • ボーイング787-9 20機順次導入中 …国際線用機材。2012年2月15日に発表された中期経営計画では当初の計画を変更し787-8に加え、新たに長胴型である787-9を20機発注した。そのうちの10機については787-8からのモデル発注変更、10機については新規に発注し、2015年度以降に国際線中長距離路線を中心に導入する予定。787の確定発注数は787-8:25機、787-9:20機の合計45機(その他オプションとして20機)。ボーイング787の導入により、経年の古いボーイング767-300、ボーイング777-200の置き換えを進める計画である、2015年夏ダイヤより受領した787-9型機の国際路線投入が開始される。国際線仕様787-9型機の初号機は受領済であり、経営再建成功後の日本航空において休止していた中長距離国際路線再開などに活用されると思われる機材である。[5][4]
  • ボーイング777-300ER (ローンチカスタマー[6]) 13機 …国際線の主力機材で唯一の4クラス仕様である。2013年現在、すべてのクラスを更新した232席、および244席仕様に改修中であり2014年度のJA741Jをもって全機改修を完了。従来747-400型機で運航されていた長距離路線を中心に投入されている。また、国内線にも国際線接続便として成田 - 伊丹線・中部線に投入されている[7][8]
  • ボーイング777-200ER 11機 …国際線の主力機材の1つで、プレミアムエコノミーを装備した3クラス245席仕様がある。主に羽田 - 上海虹橋線や羽田 - 香港線などの短距離路線、成田 - バンコク線などの中距離路線に投入。近年ではチャーター便としての運航も目立つ。
  • ボーイング767-300ER 27機 …この型が同社のシンボルだった「鶴丸」の最終塗装機(機体番号:JA603J)である。そして2011年2月28日、会社再建の一環として「鶴丸」が三年ぶりに復活したが、最初に施された型(機体番号:JA654J)でもある。またJA616J以降の機体にウイングレットを装着し、さらにフルフラットになるビジネスクラス「スカイスイートII」と777-300ERで実績のある新エコノミークラス「スカイワイダー」を装備した199席仕様に改修して、成田 - クアラルンプール線や成田 - シンガポール線などの中長距離アジア線に順次導入中である。その他227席、234席、237席仕様がある。B787-8の導入に伴い、一部は国内線向けの「JAL SKY NEXT」仕様に改修され、羽田 - 伊丹線などで運航中。
  • ボーイング737-800 9機 …JAL国際線の運航機材としては唯一のナローボディ機で、航続距離性能を生かして成田関西中部の3空港から韓国や台湾、中国などの近距離国際線に就航中。2クラス144席仕様でビジネスクラスにはスカイラックスシートを装備している。

国内線[編集]

国内線機材では、中規模以上の路線にはボーイング777-200/−300型機やボーイング767-300型機を、小規模路線にはボーイング737-800型機を運航している。[9] [10]。2014年からは国内線機材全機を対象に、JAL SKY NEXT対応改修工事が順次実施された[11][12][13]

  • ボーイング777-300 4機 (2016/1現在)…国内線機材としては最大の機材。座席数はかつて使用されていた747-400D型より1割少ない500席仕様(クラスJ:78席/エコノミー:422席)であり、羽田 - 那覇線、伊丹 - 那覇線を中心に集中して投入されている。2015年までに3機退役した。
  • ボーイング777-200 12機 (2016/2現在)…旧JALと旧JASの両方で使用されていた機材。旧JALの機材はファーストクラス設定のために改修され375席仕様(ファーストクラス:14席/クラスJ:82席/エコノミー:279席)となり、総席数は397席から減少したが、クラスJは6席減にとどめられた。また、旧JASの機材も順次改修され2012年度までにJAL機同様ファーストクラス装備の375席仕様とされた。この型が国内線機として最後の旧世代「鶴丸」塗装機(機体番号:JA8985、愛称:プロキオン)だった。羽田 - 伊丹、新千歳、福岡、那覇線の幹線に投入されている。2014年にはJAL初号機のJA8981が退役し、その後JA8982と8983も退役が確認された。
  • ボーイング767-300 (ローンチカスタマー)14機…エアバスA300-600Rの退役後、準幹線の主力機として運用されている。エンジンは当初747クラシックと同様にJT9Dを採用していたが、1994年の生産終了後は747-400と合わせる形でCF6を採用している。2008年8月より順次退役中で、すでにJT9Dエンジン搭載機は全機退役済みである。261席仕様(クラスJ:42席/エコノミー219席)。
  • ボーイング767-300ER 5機…本来はボーイング787-3が導入される予定であったが、開発の遅れからボーイング767-300ERが代替機種として導入され、ボーイング787に搭載予定だった新型クラスJシートが搭載されている。座席数は767-300と同様の261席仕様(クラスJ:42席/エコノミー219席)である。また、国内線のファーストクラスはボーイング777-200型のみ設定されていたが2014年度よりボーイング767-300ERにも設定されており、JAL SKY NEXT対応の252席仕様(ファーストクラス:5席/クラスJ:42席/エコノミー205席)へ順次変更されている。
  • ボーイング737-800 41機 …ボーイング社の次世代小型航空機で、国内線ではマクドネル・ダグラス社の機材と置き換えられており、マグドネル・ダグラスMD-90/MD-81型機よりも座席数は増加しているが、その一方で燃費が向上しており収益性が高い。2008年4月からはJALエクスプレス所属機としての導入が行われた。JALエクスプレス所属機については、2014年10月のJALエクスプレスの日本航空への吸収合併により、全機が日本航空に移籍している。主に羽田発着便として165席仕様(クラスJ:20席/エコノミー:145席)で運航中である。この機種のJA337Jが、同機種における現行鶴丸塗装の初号機となり、東日本大震災後の仙台空港初便である、羽田→仙台便にアサインされた。更に2016年2月からは日本トランスオーシャン航空にも順次導入中。基本的な仕様と座席配置はJAL本体と共通。

貨物機(JALカーゴ、全機退役済)[編集]

北東アジアや東南アジアの中小規模路線ではボーイング767-300F型機を、大規模路線ではボーイング747-400F型機を運航していた。なお貨物専用機による運航は2010年10月頃を目途に休止した[14]

  • ボーイング747-400F 2機 …機首に貨物用ドアが設けられたボーイング747-400型機の貨物仕様。この型式の発注は2機のみで、日本航空インターナショナルによる新規発注はない。同社所有の747で唯一、鶴丸塗装が1機もされていない型である。導入から6年で売却。
  • ボーイング747-400BCF 5機 …同社保有の旅客型747-400を貨物型に転用した仕様。-400Fとの違いはアッパーデッキが旅客型同様に長いこと、機首に貨物用ドア(ノーズカーゴドア)を有しないことが挙げられる。また-400Fと比べて航続距離や構造上から積載量がやや劣る。エバーグリーン航空に売却された機体番号JA8086は貨物機として利用された後、空中消火機グローバル・スーパータンカーに改造された。
  • ボーイング767-300F 3機 …中小規模の貨物路線用に導入された機材。日本航空では、これまでボーイング747-200F型機で採算の合わなかった路線、特に北東アジアや東南アジア方面の路線中心にこの機材を順次導入していく予定だった。同社所有の767で唯一、鶴丸塗装が1機もされていない型である。導入から3年で売却。

訓練専用機材[編集]

自主運航開始後には早くも自社でパイロットを養成するため練習機を導入し[15]、その後もジェット訓練専用機材であるダッソー・ファルコン20を導入するなど[16]機材ラインナップの拡充を行った。

初等訓練はビーチクラフト・ボナンザダイヤモンド・エアクラフト DA-40、中等訓練はビーチクラフト・バロン、多発タービンの資格取得はビーチクラフト・キングエアで行い、フライトシミュレーターや有償運航での訓練で型式別の認定を受け正式なパイロットとなる。なお運航機材以外の訓練は現地のフライトスクールに委託されているため、機材は年度よって異なる。

訓練はアリゾナ州フェニックスのファルコンフィールド飛行場やグアム国際空港で行っている[17][18]。かつては下地島空港仙台空港、アメリカのナパで行われていた[19]

発注機材[編集]

  • エアバスA350 XWB 31機発注中 - 標準型の-900を18機、長胴型の-1000を13機確定発注。同社では初めてのエアバス機を自社発注[20]することとなった。このほか、オプション25機の計56機を発注。2019年より導入を開始し、ボーイング777-300ERの置き換えを進める予定である。[21]。A350-900を国内線の幹線に導入する予定[22]
  • ボーイング787-8 4機追加発注 - 退役する767-300型機や777型機の国内線代替機材として2017年9月に追加発注。2019年以降受領し、エンジン騒音の影響が大きい大阪伊丹空港発着便を中心に運用予定。


退役機材[編集]

旅客・貨物用[編集]

これまでに世界の航空会社としては最大の機数を発注するなど、ボーイング747シリーズが1970年代から2000年代まで日本航空を代表する機材とだった。航空機関士が必要な747クラシックはボーイング747-300が2009年7月に退役した。2011年3月1日にボーイング747-400が全機退役し、同社のフリートからボーイング747、そして四発機がなくなった。また、経年が進んだボーイング767-200についても2010年3月に退役した。

マーチン2-0-2
ノースウエスト航空からのリース、委託運航終了後にすべて返却された。
ダグラスDC-3
フィリピン航空からのリース。開業前の1951年8月に3日間のデモ飛行用でのみ使用された。
ダグラスDC-4B
当時すでに生産は終了していたものの信頼性が高いこともあり、1952年10月25日からの自主運航開始後も買い増しを進め、最終的に6機を購入し当初は国内線と国際線の、DC-6導入後は国内線の主力機として黎明期の日本航空を支えた。貨物機にも転用された。1963年4月1日に全機が退役し日本国外に売却された。[23]
デ・ハビランド DH.114 ヘロン
ローカル線の旅客便で使用するため購入したが、受領時には政府の方針が変わっており、ローカル線の運航が禁止されたため、乗員訓練のみに使用しその後日本ヘリコプター(後の全日空)へ転売し、旅客用として使用された。
ダグラスDC-6B
日本航空初の本格長距離国際線専用機。1952年9月12日に導入を決定し、同年11月26日に2機発注した。しかしダグラス社から引渡しは2年後との回答により、日本航空は45%のプレミアム価格を承知で製造中だったスリック航空とフライングタイガー航空向けのDC-6A(貨物型)を旅客型に再改装して3機購入し、1953年10月2日に運航を開始した。DC-8の導入が進んだことから1969年に退役した[24]
ダグラスDC-7C
DC-6Bの後継機として導入され、「セブンシーズ」の愛称で呼ばれた。 1957年12月23日に初号機の「City of San Francisco」 (JA6301) を受領、翌1958年2月12日より太平洋横断路線である東京=サンフランシスコ線に就航した。同機は座席に龍村特製の織物を使用するなど日本製の素材を用いた。また後部ラウンジは茶室風にアレンジされ、障子を入れるなど日本風のデザインがなされた。DC-8の導入が進んだことや、長距離専用機材として設計されたことから小回りが効かないためもあり、DC-6Bよりも4年早い1965年10月31日に全機が退役した。
ダグラスDC-8-32/-53/-55/-61/-62
日本航空初のジェット機として1960年7月22日に-32型(JA8001・愛称「FUJI」)受領した。同機は「空飛ぶホテル」をコンセプトに、前田青邨によるファーストクラスラウンジの装飾画など機内を日本風の内装で統一した。また、ハイテンプオーブンを導入し機内食サービスの充実を図るなど、スピードだけでなく機内サービスの質も格段に向上させた。国内線から長距離国際線まで幅広く使用され、計58機(リース含む)が導入された。貨物機として使用された他、日本アジア航空でも使用され、1987年末をもって退役した。
コンベア880
短中距離国際線用機材として導入されたが、日本初の国内線ジェット機として使用された他、長距離路線である南回りヨーロッパ線などでも使用された。しかし中途半端なキャパシティや信頼性の低さから、導入後10年も経たない1970年に退役し、その殆どがボーイング747型機の下取りとされボーイング社に買い取られた。
ボーイング727-100
国内線と近距離国際線を中心に使用された。しかしキャパシティの小ささから1980年代中盤以降には2機のみの陣容に減らされ、ハバロフスク線やチャーター便を中心に使用され、1987年に退役した。また、ワールド・エアウェイズから貨客両用型の-100C型をリースしたこともある。
日本航空機製造YS-11
日本国内航空からのリース。同型機として初の日本発の国際線に使用された。
ボーイング747-100/-100B
日本航空初の747の型式。受領後最初に日本に飛来したのは1号機 (JA8101) ではなく2号機 (JA8102) であった。
100BはSRの増備機で、広義のSRに含まれる。世界でも日本航空とサウジアラビア航空しか発注していない稀少モデル。
ボーイング747SR-100
日本航空がローンチカスタマーだった国内線仕様および近距離国際線機。ボーイング社の修理ミスにより起こった日本航空123便墜落事故の事故機(機体記号:JA8119)の型式である。事故後、他の同社SRは売却され、スペースシャトル輸送機(機体記号:JA8117)、ボーイング社の金属疲労試験機(機体記号:JA8118)に使用された。
ボーイング747-100B/SUD
世界でも日本航空が2機 (JA8170、JA8176) 発注しただけという希少機。300型の機体に100型のエンジンを装備する。「-100」となっているが、-200型が納入されて以降に納入された。2006年10月31日、那覇発羽田行JL1926便を最後に退役した。なお、このときの使用機はJA8170で1994年から1年間は初代「ドリームエクスプレス」、1999年には「GLAY JUMBO」が施された2度の特別塗装経験機である。
ボーイング747-200B
1970年代から1980年代の日本航空の躍進を支えた機材で、2007年10月31日に金浦 - 羽田線8834便を最後に退役した。この退役により、同型を始めとしたショートアッパーデッキの旅客型747は日本での37年間の運航を終えた。
台湾方面を主とした日本アジア航空(JAA)へ移管した機材はJT9D-7A及び-7Q搭載機を主としていたが、1990年代後半からは日台間規制が緩和されるとJAL機との区別が解消されJAA内部でメンテナンスなどで不足するとJAL機がそのままJAA路線(またはその逆もあった)で台北・高雄両路線に投入されていた。JAL RESORT EXPRESS(以下リゾッチャ)塗装やニューヨーク直行便専用機(JA8161.JA8162)の間合いアルバイト運用機もあった。 
ボーイング747-300/-300SR
1983年の導入当時世界最大の旅客機であり、日本で導入したのは日本航空グループだけであった。機体の経年化と国土交通省の騒音規制などにより2009年7月31日にホノルル ― 成田線を最後に退役した。この退役により日本の航空会社のフリートから旅客型の「747クラシック」がなくなった。
自社導入機とは別に、1992年から1994年までカンタス航空の機体を3機、運航乗務員ごとリースしていた。これらの機体には当時のJALのフルカラー塗装が施されていたが、垂直尾翼の鶴丸が小さく、また後部胴体には「Operated by QANTAS」の文字が入っていた。純然たるJL便として運航され(QFの便名は付かなかった)、客室乗務員は日本航空のみが乗務していた。タイムテーブルには当該機体で運航される便に「機内でのお客様へのサービスはJLの客室乗務員が行いますが、QFの機材及び運航乗務員で運航致します」の注釈が付いていた。
ボーイング747-400
国際線における主力機材の一つであり、長年に渡り日本航空のフラッグシップであった。国際線専用機として26機が就航していた。主に長距離路線に投入されていたが、777-200ER型機や777-300ER型機の登場でその役割を徐々に譲り、運航範囲は全盛期と比べて狭まっていった。貨物機へ改修された機材もある。経年化や運航コスト圧縮のために2011年3月1日、国際線運用としてホノルル発成田行のJAL75便、国内線運用として沖縄発成田行のJAL3098便を最後に全機退役した(往路便は共に2月28日に出発)[25][26]。 同機の退役により、同社のフリートから4発エンジン旅客機がなくなった[27]
ボーイング747-400D
ボーイング747SRに代わり、国内線運用機として導入された。ボーイング747-400との違いは、主翼端のウイングレットが取り付けられていないことである。同社の国内線向けの機体としては最大規模の機材であった。導入数は8機。有償座席数は退役時点で546席仕様(クラスJ:80席/エコノミー:466席)で運航された。主に東京 - 札幌大阪(伊丹)福岡沖縄等の高需要路線(他には名古屋-沖縄)で運航された。しかし、2006年4月より前記の高需要路線の一つである伊丹空港で、4発エンジン機の就航が禁止になったことに加えて、300席から500席をカバーできるボーイング777-200/-300型機が台頭したことで国内線での活躍範囲が狭まっていった。機種削減のため、2011年2月18日の沖縄-東京線のJAL914便を最後に定期便路線から退役した(同年2月19・20日には、退役ツアーが行われた[28])。1972年8月1日に東京 - 沖縄線で国内線就航を開始して以来(当時は在来型)、この-400D型機の退役により同社のボーイング747による39年の国内線運航の歴史を終えた。
マクドネル・ダグラスDC-10-40
1976年から1980年代中盤にかけて-40型を導入し、国際線の他、センターギアを外して国内幹線に使用した。日本航空の子会社のJALウェイズや日本アジア航空でも一時期使用されたが、2005年10月31日をもって全機退役した。この型の退役により、日本の航空会社の所有機から3発エンジン旅客機が完全に消滅した。
ノースウエスト航空への納入機材を-20と考えると、-40としては日本航空がローンチカスタマー。他にアメリカトランス航空がごく少量購入したが、-40を導入したのはほぼ日本航空のみ。現在は一部がアエロフロート・ロシア航空へ売却され、その高いエンジンパワーを生かして貨物機として使用されている。
マクドネル・ダグラスMD-11
日本航空では10年ほどの就役期間で、DC-10より後に導入されながら先に退役した短命な機体。2004年10月12日に香港 - 成田線730便を最後に退役。このときの使用機は同社所有機の中で唯一サンアーク塗装に変更されたJA8582であった。鶴丸塗装時代のニックネームは「J-Bird」。最盛期には10機が導入され、退役後は全機がUPSに売却され貨物機に転用された。この時売却されたMD-11は、現在も貨物機としてUPSで使用中である。
エアバスA300B2/B4
旧日本エアシステムから引き継いだ機材で、吸収合併後短期間で退役した。
エアバスA300-600R
旧日本エアシステムから引き継いだ機材。最大で22機が在籍していた。通常は290席仕様(クラスJ:34席/エコノミー:256席)で、主に羽田空港ベースで運航されていた。機種削減のため、2011年5月31日のJL1208便(青森→羽田間)を最後に退役[29]。当初は同年3月26日に退役する予定[30]であったが、同年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による東北方面便の機材大型化の目的で、その後も引き続き使用されたため、退役が延期された。
ボーイング737-400
「フラワージェット」の愛称があり、機体ごとに花の愛称があった。全機体がJALエクスプレスに移管。
なお、1978年には当時の南西航空から導入間もない737-200 (JA8443) を夏季の約3か月間ウェット・リースしたことがある。南西航空の塗装を一部改変した[31]いわゆるハイブリッド塗装であった。
マクドネル・ダグラスMD-81
旧JASから引き継いだ機材であり、ローカル線子会社のJALエクスプレスでも運航されていた。2010年9月30日に退役した。
マクドネル・ダグラスMD-87
旧日本エアシステムから引き継いだ機材。退役時点で日本航空インターナショナルが保有していた機材の中では最小(134席仕様)であり、従来のMD-80シリーズの航空機と比べ胴体が大幅に短縮されたことにより、離着陸性能が向上したことから比較的滑走路の短い路線で運航されてきた。しかし、原油価格の高騰の中で1座席当たりの運航コストが相対的に高いことから先輩機のMD-81よりも早く全機退役させることが決まった。2007年7月に1機がオリエント・タイ航空へ売却されたのを皮切りに、最後の1機も2008年3月31日の南紀白浜 - 羽田線1386便を最後に退役した[32]
マクドネル・ダグラスMD-90
旧JASから引き継いだ機材。正式なスペックはMD-90-30型である。かつて旧JASが黒澤明がデザインした塗装「7色の」を施し、運航したことでも有名な機材。通常は150席仕様(クラスJ:18席/エコノミー:132席)で運航される。JA8070は2012年9月に鶴丸塗装になった[33]。機種削減のため2013年3月30日まで退役し、デルタ航空へ売却された。
ボーイング767-200
1985年から導入されたボーイング767の初期型。よりキャパシティが大きい767-300の導入が進んだために3機のみが導入され、2010年3月に全機退役した。

機材画像[編集]

訓練専用機材[編集]

ビーチクラフトAT-11
1952年に導入。
ビーチクラフト・ツインビーチ
1957年に導入。
ビーチクラフト・H-18
1967年に導入。
ダッソー ファルコン 20

発注取消機材[編集]

ボーイング2707
1964年6月に、アメリカ連邦航空局が開発を行っていた超音速旅客機の「US SST」を5機仮発注した。その後1966年に「US SST」の開発会社がボーイングに決定し、機種名が「ボーイング2707」に決定したことを受け3機追加仮発注し[34]、両機ともに1970年代前半の就航を図った。しかし、開発が大幅に遅れた上に、超音速飛行に伴う衝撃波や離着陸時の騒音などの超音速旅客機特有の公害問題の存在が明らかになったこともあり、その後多くの航空会社と同様に発注をキャンセルした[15](開発計画自体がキャンセルされた)。
BAC/シュド・アビアシオン コンコルド
1965年にエールフランス航空やパンアメリカン航空などのライバル各社とともに、ボーイング2707型機に先行して開発が進んでいたコンコルドを3機仮発注した[35]。しかし開発が大幅に遅れた上に、超音速飛行に伴う衝撃波や離着陸時の騒音などの超音速旅客機特有の公害問題の存在が明らかになったこともあり、その後多くの航空会社と同様に発注をキャンセルした[15]。なお、日本の航空会社で超音速旅客機を発注したのは日本航空だけであった。
ボーイング787-3型機
国内線においてエアバスA300-600R型機などの後継となる予定で当初13機を発注したが、生産遅延を理由にボーイング787-8型機に発注を変更した。同様の理由で全日本空輸も同型機の発注を787-8型機に変更したため787-3型機の受注数はゼロとなり、この機種自体の製造が行われていない。

脚注[編集]

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  1. ^ JAL、エアバス社A350型機の導入を決定
  2. ^ [1]
  3. ^ ボーイング787型機、JAL向け初号機を初披露 - ボーイング ニュースリリース 2011年12月14日 (日本語)
  4. ^ a b JALグループ 2012〜2016年度 中期経営計画 (PDF) - 日本航空プレスリリース 2012年2月15日 (日本語)
  5. ^ JAL、787-8の長胴型 ボーイング社787-9を発注 - 日本航空プレスリリース 2012年2月15日 (日本語)
  6. ^ ボーイング社の公式ページにはエールフランスがローンチカスタマーと表記されている
  7. ^ ボーイング747-400で運航されていたが、2006年3月31日をもって伊丹空港は全ての3、4発エンジン機の有償運用を禁止としたため代替された。
  8. ^ この区間だけでも利用可能である。国内線クラスJの料金でファーストクラス、普通席で前方であればビジネスクラスの座席を使用できる。ただしサービスはあくまで国内線であり、国際線で使用されるシートモニター等は原則として使用できない。
  9. ^ なお、旧JALが乗り入れていなかった空港には、トーイングカーなどの地上機材が対応していないためボーイング777は乗り入れできない。2003年4月に旧JALの乗り入れが中止された空港も、両機種用の地上機材が撤収されたため同様である
  10. ^ http://www.facebook.com/#!/jal.japan JAL公式facebookページ
  11. ^ “JAL国内線、機内インテリア全面刷新・機内インターネット導入” (プレスリリース), 日本航空株式会社, (2014年1月30日), http://press.jal.co.jp/ja/release/201401/002795.html 2015年9月16日閲覧。 
  12. ^ 吉川 忠行 (2016年11月28日). “黒と赤でまとめた国内線新仕様機 写真特集・JALスカイネクスト最終改修機JA345J(前編)”. Aviation Wire. http://www.aviationwire.jp/archives/105628 2017年1月8日閲覧。 
  13. ^ 吉川 忠行 (2016年11月28日). “機内Wi-Fiも全機対応 写真特集・JALスカイネクスト最終改修機JA345J(後編)”. Aviation Wire. http://www.aviationwire.jp/archives/105745 2017年1月8日閲覧。 
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  15. ^ a b c 日本航空広報部 2002.
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  17. ^ JALパイロット訓練機 - JALパックグアム
  18. ^ JAL・ANA撤退の本当の理由 - イタリア5NETWORK東京支局
  19. ^ JAL - 旅コラム(OnTrip JAL)
  20. ^ かつてはエアバスA300を運航していたが、これは旧・日本エアシステムが発注した機体である。
  21. ^ JAL、エアバス社A350型機の導入を決定 - 日本航空株式会社・エアバス株式会社 共同プレスリリース 2013年10月7日 (日本語)
  22. ^ “2017~2020年度 JALグループ中期経営計画を策定” (日本語) (プレスリリース), 日本航空, (2017年4月28日), http://press.jal.co.jp/ja/release/201704/004268.html 
  23. ^ 『クラシックエアライナーインジャパン』イカロス出版 2005年 ISBN 4871497240
  24. ^ 『クラシックエアライナーインジャパン』イカロス出版 2005年 ISBN 4871497240
  25. ^ フライトスケジュール(国際線)
  26. ^ “日航ジャンボ、41年の歴史に幕 ラストフライト便が成田到着”. 産経新聞. (2011年3月1日). http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110301/biz11030113220034-n1.htm 2011年3月6日閲覧。 
  27. ^ 1970年7月1日、東京 - ホノルル( - ロサンゼルス)で路線就航を開始した(当時は在来型)が、この-400型機の退役により同社のボーイング747による41年の国際線運航の歴史が終わった。
  28. ^ 惜別ジャンボ 国内線専用機-400D 退役フライト2日間
  29. ^ JAL公式Facebook
  30. ^ 定例記者会見”. JAL. 2011年11月23日閲覧。
  31. ^ 英文社名「SOUTHWEST AIR LINES」と垂直尾翼のマーク中の「SWAL」を消し、南西航空の「南西」を「日本」に書き換えた。
  32. ^ 『月刊エアライン』2008年4月号 イカロス出版
  33. ^ http://www.facebook.com/#!/jal.japan JAL公式facebookページ
  34. ^ 枻出版 2006
  35. ^ 「JAL's History」1961-1970(日本航空ホームページ)

外部リンク[編集]