日本基督教団大分教会

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日本基督教団大分教会(にほんきりすときょうだん おおいたきょうかい)は、大分県大分市にあるメソジスト系の日本基督教団の教会である。

1887年にアメリカ・メソジスト監督教会の宣教師デヴィソンが長崎から巡回に来た時、町の英語教師を要請した。神戸在住のW・R・ランバスはこの要請を受け、1888年3月からアメリカ南メソジスト監督教会の宣教師B・W・ウォーターズ、6月からはS・H・ウェンライトが着任した。ウェンライト夫妻は大分中学校での教師の傍ら、自宅を開放して聖書研究を行った。

8月下旬から24名が洗礼を受けた。1888年には大分南美以教会が設立された。その中には、釘宮辰生柳原浪夫久留島武彦林清光らがいた。

1889年12月にはランバスらの指導により大分リバイバルが起こる。その後、ウェンライトは関西学院に移り、A・W・ウィルソンが来任する。1891年に宣教師館、1894年に会堂、1904年に牧師館が新築された。

1907年にはアメリカ・メソジスト監督教会の婦人宣教師I・M・ウォースが着任し、愛隣幼稚園を設立する。

1918年に大分開教30周年記念を行い、日本基督教会日本聖公会と協力伝道を行う。

1945年、戦災で会堂を焼失するが(大分空襲)、1949年に再建する。1962年に現在地に新会堂を建設する。

歴代牧師[編集]

参考文献[編集]

  • 『日本キリスト教歴史大事典』教文館、1988年

外部リンク[編集]