日本人の宇宙飛行

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宇宙服を着た若田光一(現JAXA宇宙飛行士グループ長)

本項目では、日本人宇宙飛行について述べる。ここでは日本国籍を有する日本人の他にも、参考情報として日本にルーツを有するが日本国籍を有しない日系人についても記載する。また、アメリカ航空宇宙局 (NASA) やロシア連邦宇宙局 (RSA) の正式な資格を有する狭義の宇宙飛行士だけでなく、商業契約による宇宙飛行関係者についても本項に記載する。

概要[編集]

2011年5月30日に撮影された国際宇宙ステーション

日本は現在まで、国内の技術で人間を宇宙空間に送り出し、地球へ帰還させることを実現していない。このため、日本人が宇宙飛行を行うには諸外国の宇宙船を利用するほかなく、現時点では少なくとも2025年頃までは諸外国の宇宙船を利用することを予定している。

日本人の宇宙飛行として主に実施されているのは、日本政府が宇宙開発事業団(NASDA)と後継法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の有人宇宙飛行事業として行っている宇宙飛行である。主な目的は宇宙環境を利用して様々な実験を行うことで、実験場所には当初はスペースシャトルを、2008年以降は国際宇宙ステーション(ISS)を利用している。また、日本の宇宙実験棟の「きぼう」の取り付けや組み立てなどISSの建設作業にも従事している。2009年からはソユーズを利用して地球とISSを往還している。

古川聡第29次長期滞在から帰還した2011年11月22日時点で、日本人の累計宇宙滞在時間はアメリカ人ロシア人に次ぐ第3位となった[1]

この他に商業契約による宇宙飛行も行われており、日本人初の宇宙飛行となった1990年秋山豊寛の宇宙飛行は、世界初の商業契約による宇宙飛行であった。

日系アメリカ人の宇宙飛行[編集]

日系人初の宇宙飛行士、エリソン・オニヅカ

スペースシャトルの就役当初、搭乗する宇宙飛行士はアメリカ市民に限られており、日系人の宇宙飛行は、米国ハワイ州米国籍日系ニ世であるエリソン・オニヅカが、NASAの宇宙飛行士として成し遂げたものが最初である。オニヅカは2度目の飛行でチャレンジャー号爆発事故に遭い、日系人で最初に宇宙飛行ミッション中に殉職した人物にもなってしまった。オニヅカはハワイ日系人社会を中心に、現在も英雄として記憶され、各地の施設等にも名を残している。オニヅカ以後、NASA宇宙飛行士として飛行した日系人はダニエル・タニのみである。

日本人の宇宙飛行[編集]

日本人初の宇宙飛行[編集]

日本人初の宇宙飛行は、TBS社員の秋山豊寛が果たした[注 1]。民間人である秋山の宇宙飛行は、TBSの創立40周年事業で宇宙にジャーナリストを送る「宇宙特派員計画」として旧ソ連ミール宇宙ステーションに派遣したものであり、同社がソ連政府と契約を取り交わして行われている。1989年平成元年)10月から、ソ連のモスクワ郊外の宇宙飛行士訓練センターで訓練を受け、1990年12月2日、ソユーズ宇宙船TM-11で宇宙に飛び立った。訓練をはじめとする様々な活動はテレビ番組「日本人初!宇宙へ」で放送され、ミール滞在中は生中継を行うなど、宇宙開発(あるいは、冷戦時代は縁遠かったソ連そのもの)の素顔を日本国民に広く紹介した。ミールではニホンアマガエルの生態観察や、秋山が被験者となり睡眠実験が行われた。[2]

日本の公的宇宙機関による宇宙飛行事業[編集]

日本人初のスペースシャトル搭乗者となった毛利衛
STS-87で日本人初の船外活動を行なう土井隆雄

秋山の飛行以後、日本はアメリカ航空宇宙局(NASA)のスペースシャトルを利用した宇宙開発事業団(NASDA)の有人宇宙飛行事業を通して有人宇宙飛行のノウハウを学ぶことを開始した。そして1992年STS-47で、NASDA宇宙飛行士の毛利衛がNASAのペイロードスペシャリストの資格で宇宙飛行を行い、日本人初のスペースシャトル搭乗者にもなった。次に日本人が宇宙飛行をしたのは1994年STS-65で、向井千秋は日本人女性で初めて宇宙飛行をした人物となった。

NASAによりミッションスペシャリストの資格(スペースシャトルの運用や船外活動も可能な資格)が国際的に開放されると若田光一が日本人第一号となり、1996年STS-72ロボットアームによる衛星捕獲を行い、続いてSTS-87土井隆雄が初めて船外活動を行った。

これらの経験は、日本が国際宇宙ステーション(ISS)に設置する宇宙実験棟「きぼう」の開発にも活用されており、日本人宇宙飛行士は、将来的にきぼうを軌道上で組立・操作する立場からきぼうの開発に参加し、使い勝手を検証して設計に役立てたり、運用マニュアルを作成するなどの業務にも従事した。そして1998年からISSの建設が開始されると、日本人宇宙飛行士も一部のフライトに搭乗し建設作業に参加するようになり、2008年からきぼうの一部がISSに打ち上げられ始めると、打ち上げと組立ての際には、必ず日本人宇宙飛行士がシャトルに同乗もしくはISSに滞在し作業を担った。

2003年には、日本の宇宙機関が統一して宇宙航空研究開発機構(JAXA)が設立され、NASDAの有人宇宙飛行事業がそのまま受け継がれた。また同年にはコロンビア号空中分解事故 が発生し一時日本人の有人宇宙飛行も中断することになった。

日本の宇宙実験室きぼう星出彰彦を乗せて離陸するSTS-124ディスカバリー
2010年4月には、2名の日本人が宇宙での対面を果たした。長期滞在中(第23次)の野口聡一(左)とシャトルによる短期滞在(STS-131)の山崎直子(右)

2009年の若田光一の第18次第19次第20次長期滞在は、日本人で初めてのISS長期滞在となった。また同年からISSの長期滞在人数が従来の3名から6名に拡大されたことで、日・の宇宙飛行士の宇宙滞在機会が増加することになった。このため、JAXAは訓練やバックアップのため、2009年に大西卓哉油井亀美也金井宣茂を宇宙飛行士訓練生として追加採用し[3][4]2011年に基礎訓練を終えた3名をJAXA宇宙飛行士に認定した。これら3名の新たな宇宙飛行士が最終訓練を終えて初飛行するのは2014年以降となる[5][6]。なお、2011年時点までに毛利、土井、山崎が宇宙飛行士を引退している。

また2009年のソユーズTMA-17で、正式な日本人宇宙飛行士の飛行としては初めてソユーズが使用され、野口聡一が日本人としては初めて宇宙船の操縦業務に携わった。

2012年7月時点ではISS利用のための長期滞在が行われており、ソユーズを利用して年間1~2名の日本人が宇宙飛行をしている。またソユーズ宇宙船を利用した宇宙観光や、準軌道宇宙飛行に申し込む個人も現れているが、2012年現在、実際の商用観光飛行には至っていない。

宇宙飛行一覧[編集]

これまでの宇宙飛行一覧[編集]

背景色が無色のものは、JAXAまたはNASDAによる日本人の宇宙飛行。のものは、NASAによる日系人の宇宙飛行。のものは、民間による日本人の宇宙飛行である。日付は協定世界時(UTC)。

出発日
帰還日
氏名 搭乗機 ミッション名 主な目的 特記事項
1985年1月24日
1985年1月27日
エリソン・オニヅカ ディスカバリー STS-51-C マグナム電子情報衛星打ち上げ 日系人初の宇宙飛行
1986年1月28日
1986年1月28日(殉職
エリソン・オニヅカ チャレンジャー STS-51-L TDRS-B衛星打ち上げ 日系人初の2回目の宇宙飛行
日系人初の宇宙飛行における殉職(チャレンジャー号爆発事故
1990年12月2日
1990年12月10日
秋山豊寛 ソユーズ TM-11(往路)
ソユーズ TM-10(復路)
TBS宇宙プロジェクト 報道、番組製作 日本人初の宇宙飛行
日本人初のソユーズ搭乗
世界初の商業宇宙飛行
1992年9月12日
1992年9月20日
毛利衛 エンデバー STS-47、ふわっと92 微小重力実験 日本人初のスペースシャトル搭乗
1994年7月8日
1994年7月23日
向井千秋 コロンビア STS-65、IML-2 微小重力実験 日本人女性初の宇宙飛行
女性の宇宙最長滞在記録(当時)
1996年1月11日
1996年1月20日
若田光一 エンデバー STS-72 SFU捕獲 日本人初のミッションスペシャリストロボットアーム操作
1997年11月19日
1997年12月5日
土井隆雄 コロンビア STS-87 微小重力実験 日本人初の船外活動
1998年10月29日
1998年11月7日
向井千秋 ディスカバリー STS-95 微小重力実験 日本人初の2回目の宇宙飛行
2000年2月11日
2000年2月22日
毛利衛 エンデバー STS-99SRTM 地球全体の標高測量
2000年10月11日
2000年10月24日
若田光一 ディスカバリー STS-92、3A ISS組立 日本人初のISS組立ミッション
2001年12月5日
2001年12月17日
ダニエル・タニ エンデバー STS-108、UF-1 ISS補給利用フライト 船外活動
2005年7月26日
2005年8月9日
野口聡一 ディスカバリー STS-114 シャトル試験飛行、
ISS補給利用フライト
船外活動3回(20時間5分)
2007年10月23日
2008年2月20日
ダニエル・タニ ディスカバリー(往路)
アトランティス(復路)
STS-120(往路)
STS-122(復路)
第16次長期滞在 日系人初のISS長期滞在
2008年3月11日
2008年3月27日
土井隆雄 エンデバー STS-123、1J/A ISS組立 きぼう船内保管室打ち上げ
2008年5月31日
2008年6月14日
星出彰彦 ディスカバリー STS-124、1J ISS組立 きぼう船内実験室ロボットアーム打ち上げ
2009年3月15日
2009年7月15日
若田光一 ディスカバリー(往路)
エンデバー(復路)
STS-119(往路)
STS-127、2J/A(復路)
第18次長期滞在
第19次長期滞在
第20次長期滞在
ISS組立、運用、利用
日本人初のISS長期滞在(4ヶ月半)
日本人初の3回目の宇宙飛行
きぼう船外実験プラットフォーム打ち上げ、きぼう完成
2009年12月20日
2010年6月2日
野口聡一 ソユーズ(往復とも) TMA-17 第22次長期滞在
第23次長期滞在
ISS運用、利用
日本人初のソユーズによるISS長期滞在
日本人初の宇宙船の操縦業務[注 2]
2010年4月5日
2010年4月20日
山崎直子 ディスカバリー STS-131、19A ISS組立、補給 初の日本人2名同時飛行(ISSに野口飛行士が滞在中のため)
日本人最後のスペースシャトル搭乗
2011年6月7日
2011年11月22日
古川聡 ソユーズ(往復とも) TMA-02M 第28次長期滞在
第29次長期滞在
ISS運用、利用
帰還時点で日本人の宇宙滞在時間がアメリカとロシアについで第3位になった。
2012年7月15日
2012年11月19日
星出彰彦 ソユーズ(往復とも) TMA-05M 第32次長期滞在
第33次長期滞在
ISS運用、利用
船外活動3回(日本人最長の通算21時間23分)
船外活動終了時点で、ISSでの日本人の船外活動時間が米露に続く3位となる
初のCubeSat放出ミッション
2013年11月7日
2014年5月14日
若田光一 ソユーズ(往復とも) TMA-11M 第38次長期滞在
第39次長期滞在
ISS運用、利用
日本人初のISSコマンダー就任(第39次長期滞在時)
日本人初の4回目の宇宙飛行
日本人初の2回目のISS長期滞在
CubeSat放出ミッション
2015年7月23日
2015年12月11日
油井亀美也 ソユーズ(往復とも) TMA-17M 第44次長期滞在
第45次長期滞在
ISS運用、利用
2016年7月7日
2016年10月30日
大西卓哉 ソユーズ(往復とも) MS-01 第48次長期滞在
第49次長期滞在[7]
ISS運用、利用
2017年12月17日
2018年6月3日
金井宣茂 ソユーズ(往復とも) MS-07 第54次長期滞在
第55次長期滞在[8]
ISS運用、利用

飛行中[編集]

出発日
帰還日
氏名 搭乗機 ミッション名 主な目的 特記事項

今後の宇宙飛行予定一覧[編集]

出発日
帰還日
氏名 搭乗機 ミッション名 主な目的 特記事項
2019年末予定
6ヶ月後
野口聡一 ソユーズ(往復とも) MS-15 第62次長期滞在
第63次長期滞在[8]
ISS運用、利用
約6ヶ月の滞在後に帰還の予定。
2020年5月予定
6ヶ月後
星出彰彦 ソユーズ(往復とも) MS-17 第64次長期滞在
第65次長期滞在[8]
ISS運用、利用
約6ヶ月の滞在後に帰還の予定。また、第65次長期滞在時にはコマンダーも務める予定。
日本の公的宇宙機関による宇宙飛行

ISSは2024年まで運用されることが決定しており、日本人宇宙飛行士の飛行も2020年までは決定している。一方、NASAは有人小惑星探査や月面開発有人火星飛行を目標に掲げており、欧州もこの歩調に合わせており[1]、JAXAも月面開発への参加を具体的な計画はないながらも一応は掲げていることから、欧米のプロジェクトに日本人宇宙飛行士が参加する可能性がある。

日本独自の有人宇宙飛行手段としては、H3ロケットHTV-X発展型を将来的に有人宇宙飛行に活用する構想があるが、2015年時点では有人宇宙飛行に関する具体的な長期的戦略は存在しない状況にある。

商業宇宙飛行

2006年に実業家の榎本大輔がソユーズ宇宙船でのISS観光飛行を予定していたが、宇宙飛行士であるための健康上の問題(一般人としては問題なしだったらしい)から延期され、後に契約を解除した。準軌道飛行(大気圏外まで上昇するが周回軌道には乗らない)には複数の日本人が申し込んでいるが、いずれも機体が完成しておらず、飛行時期は未定である。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 当初、秋山の飛行は毛利衛の飛行の後になる予定であったが、スペースシャトルチャレンジャー号爆発事故の影響で毛利の飛行は延期となっている。
  2. ^ ソユーズは操縦を行う機長副操縦士、それに操縦に関わらない同乗者を加えた3名が乗り込む。野口飛行士は副操縦士を担当する。

出典[編集]

関連項目[編集]