タイヘイレコード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

タイヘイレコード(Taihei Record Co., Ltd.)は、かつて存在した日本レコード会社。本項では、後身の日本マーキュリーを含めて解説する。 1924 - 60年

沿革[編集]

戦前[編集]

  • 1925年(大正14年)3月1日 - ナイガイレコードレーベルで新譜第一弾を発売。間もなく電気吹き込みにも対応し、歌謡曲演芸中心の大衆迎合的なラインナップによって、関西有数のレコード会社へと急成長。
  • 1930年(昭和5年)11月5日 - 太平蓄音器として株式会社化。新社長には松田光眞(文藏の弟)が就任し、貝星印[2]タイヘイレコードのレーベルを用いるようになる。
東京市荒川区尾久に分工場を設け、今川小路共同建築(後の九段下ビル)に『ニットー・タイヘイ東京吹込處』を置くなど業績拡大した。
レーベルは燕印、タイヘイレコードを継続使用する他、キリンレコードコメットレコードオリムピアレコードも併用。
井田照夫阿部幸次三原純子有島通男立花ひろし渡辺光子紀多寛(後の北廉太郎)鮫島敏弘(後の近江俊郎)水田潔/永田潔/牧忠夫(中野忠晴の変名)藤田不二子(松島詩子の変名)小川文夫/松平不二夫(松平晃の変名)らが所属。

戦後[編集]

  • 1950年(昭和25年)1月 - 講談社が物品税を滞納したため、国税局が西宮本社工場・尾久分工場を差押え公売に付したところを、石井廣治[5]ら大日本蓄音器時代の有志が奔走して買い戻し、新生タイヘイレコードとして復興。
  • 1951年(昭和26年)6月 - タイヘイ音響に社名変更し、新譜の制作を再開。
  • 1955年(昭和30年) - レコード市場での競争が拡大。生え抜きの野村雪子をビクターレコードに引き抜かれた事件を端緒に、大手資本をバックに持たない日本マーキュリーは一気に草刈場と化す。
  • 1957年(昭和32年) - 独占契約満了に伴い、マーキュリー・レコードの発売権を因縁深いキングレコードに奪われ、日本マーキュリーの看板が有名無実化した。
  • 1958年(昭和33年) - 新興の東芝レコードによって藤島桓夫、松山恵子ら看板歌手を引き抜かれたのを始め、専属の作詞家・作曲家[7]やスタッフまでもが集団で競業他社に移籍し、致命的打撃を受ける。
  • 1980年(昭和55年)8月 - 土地空け渡しのため廃業を余儀なくされ、内外蓄音器商會に始まった56年の歴史に幕を閉じた[12]

その他[編集]

  • 1983年、旧日本マーキュリーの版権継承を掲げ、東京都渋谷区を本拠とする日本マーキュリーレコードが、レーベルは NRC-MUSIC.JP を名乗り活動を始めている。実質アーティストが永瀬もも(2015年現在)しかおらず、完備しているスタジオやスタッフなども外部に存在しているものと思われる。
  • 2009年(平成21年)11月 別所憲隆が旧日本マーキュリー(株)の旧盤の版権と商標権を継続し、スピリチュアル ソウル ソングの発展を理念とした一般社団法人日本マーキュリー(兵庫県神戸市) を復活設立。
  • 2010年(平成22年)1月 旧日本マーキュリー(株)の旧盤の版権と商標権を継続し、廃業から30年にして復活、新生 一般社団法人日本マーキュリー (兵庫県神戸市) 事業復興。ヘルスケア事業にも進出している。同じく後継を掲げているNRC-MUSICとの関係は不明。

関連項目[編集]

[編集]

  1. ^ ヒコーキ印レコード発売元で、後に日蓄に買収された帝國蓄音器(昭和に入ってから南口重太郎松下幸之助の出資で創業した帝國蓄音器商會=後のテイチクとは無関係)の神戸工場を買い取ったとの説もある。
  2. ^ 初期にはロイヤル・ダッチ・シェルの貝印商標を流用していたが、抗議を受け星の付いたデザインに変更した。
  3. ^ 当時新興キネマ所属の新人女優。
  4. ^ キングレコードも戦時統合で富士音盤に集約。
  5. ^ 国会議員石井一石井一二兄弟の父で、戦中戦後の混乱期に社長を務めた地元の名士。
  6. ^ 但しマーキュリー・レコードとの資本関係は皆無で、「ジャズを売るには洋風の社名の方が格好いい」との理由から、タイヘイ側が勝手に社名変更したという。
  7. ^ 松村又一藤田まさと松坂直美飯田景応島田逸平星幸男(後の遠藤実)西脇稔和(後の西脇功)袴田宗孝
  8. ^ その後マーキュリー・レコードも親会社を転々として、タイヘイと日本マーキュリーの旧盤は現在ユニバーサルミュージックから再版されている。
  9. ^ 松山恵子・藤島桓夫両名に関しては、移籍先の東芝EMIレーベルからも再版。
  10. ^ ヤンマーディーゼルとは一切無関係。
  11. ^ 誰が昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和43年・上)
  12. ^ 関西発レコード120年 埋もれた音と歴史(神戸新聞社)
  13. ^ その一方、会社立ち上げの際に遠藤実一門以下、タイヘイ(日本マーキュリー)の元スタッフを少なからず採用し、プレスもヤンマー音響に委託するなど、人的には浅からぬ関係にあった。
  14. ^ キングレコード西宮工場の生産設備を一部移管し、戦後の一時期に神戸元町3丁目で繁盛した録音スタジオ。

外部リンク[編集]