日本スピンドル製造

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日本スピンドル製造株式会社
Nihon Spindle Manufacturing Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6242 2010年9月28日上場廃止
大証1部(廃止) 6242 2010年9月28日上場廃止
略称 NS
本社所在地 日本の旗 日本
661-8510
兵庫県尼崎市潮江四丁目2番30号
設立 1949年4月16日
業種 機械
事業内容 環境・空調・産業機器、建材の製造・販売
代表者 代表取締役社長 齊藤十内
資本金 32億7599万円
売上高 連結:201億円
単体105億円
(2010年3月期)
純資産 連結:127億円
単体:113億円
(2010年3月)
総資産 連結:199億円
単体:154億円
(2010年3月)
従業員数 連結:722人
単体:288人
(2010年3月)
決算期 3月31日
主要株主 住友重機械工業
関係する人物 川勝傳
外部リンク http://www.spindle.co.jp/
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日本スピンドル製造株式会社(にほんスピンドルせいぞう、: Nihon Spindle Manufacturing Co., Ltd.)は兵庫県尼崎市に本社を置く、住友グループに所属する機械メーカーである。本社すぐ近くで発生したJR福知山線脱線事故では、従業員らが作業を中断し献身的に救助活動にあたり、法人として紅綬褒章を受けている。

主力製品・事業[編集]

主要事業所[編集]

  • 本社所在地 - 兵庫県尼崎市潮江四丁目2番30号
  • 篠山工場 - 兵庫県篠山市福住字平石731番地の1 (閉鎖)
  • 東京支社 - 東京都台東区北上野1-10-14(住友不動産上野ビル5号館)
  • 関西支社 - 尼崎市潮江4-2-30
  • 支店 - 中部、九州

沿革[編集]

  • 1918年 - 合資会社日本スピンドル製造所を大阪市に創立。初の国産紡績用スピンドル・リング製造に着手。
  • 1941年 - 戦時企業統合により日本内燃機株式会社と合弁。
  • 1949年4月 - 日本スピンドル製造株式会社設立。
  • 1951年10月 - 株式上場。
  • 1995年 - 中国大連に大連スピンドル冷却塔有限公司を設立。
  • 1999年 - 油圧機器事業を住友重機械工業へ、冷却塔事業を全額出資の新会社日本スピンドル冷熱に営業譲渡。
  • 2001年 - 蓄熱事業を日本スピンドル冷熱に営業譲渡。日本スピンドル技研、エヌエス商事、エヌエス工機の3社を合併し、新たにNS技研株式会社が発足。
  • 2003年 - NS技研、日本スピンドル冷熱、クリーンシステム事業センターを統合し、日本スピンドルテクノ株式会社を設立。
  • 2005年 - 日本スピンドルテクノを合併し、新たに「空調システム事業部」を発足。
  • 2005年 - 紅綬褒章受章
  • 2005年 - 菊池寛賞受賞
  • 2007年 - 住友重機械工業の日本スピンドル製造株式保有比率が議決権ベースで40.6%となり、子会社となる。マレーシア・ペナンにNS Cooling Towersを設立
  • 2009年 - 同社篠山工場ならびに東北支社を閉鎖。篠山工場のパート従業員およそ20名全員が解雇され、事業は尼崎工場へと移管された。
  • 2010年4月 - 近代化産業遺産にも登録される同社旧本館事務所をリフォーム、新しく生まれ変わる。
  • 2010年6月 - 株式上場を廃止し住友重機械工業の完全子会社となることが発表される。
  • 2010年10月 - 住友重機械工業の完全子会社となる。

主要関係会社[編集]

国内グループ企業[編集]

受賞[編集]

受章エピソード[編集]

JR福知山線脱線事故のニュース映像で同社の社員多数が救助にあたる姿が映し出されたため、彼らをレスキュー隊と誤解した視聴者も多かった。また、同社社員は制服を着用していたため、これらの人々が誰であるかを各マスコミに問合せるものが相次いだ。各マスコミは賞賛とともに日本スピンドル社の社員である事を報道した。事故列車に乗り合わせたJR西日本社員が事故現場を立ち去ったり、当日事故発生後に同社主催のボウリング大会を開催していた事実があり、日本スピンドル社員の行動と対照的な企業文化として報道された。

外部リンク[編集]