日本エアシステム451便着陸失敗事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
日本エアシステム 451便
Japan Air System McDonnel Douglas DC-9-41 (JA8450-47780-894) - Flickr - contri.jpg
日本エアシステムのDC-9-41
出来事の概要
日付 1993年4月18日
概要 ウインドシア
現場 日本の旗 花巻空港
乗客数 72
乗員数 5
負傷者数
(死者除く)
58
死者数 0
生存者数 77(全員)
機種 DC-9-41
運用者 日本の旗 日本エアシステム(JAS)
機体記号 JA8448
出発地 日本の旗 名古屋飛行場
経由地 日本の旗 花巻空港
目的地 日本の旗 新千歳空港
テンプレートを表示

日本エアシステム451便着陸失敗事故(にほんエアシステム451びんちゃくりくしっぱいじこ)とは、1993年4月18日日本岩手県花巻市にある花巻空港で発生した航空事故である。

概要[編集]

事故機の概要[編集]

事故当日、日本エアシステム451便として運航されていたDC-9-41(機体記号JA8448 製造番号:47767/885)は1978年アメリカ合衆国で製造され9月に日本で登録された。このDC-9-41型機は当時の東亜国内航空が1974年から1979年までに導入した22機の1機で、国内ローカル路線用の機体であった。

事故の概要[編集]

1993年4月18日、JA8448は新千歳空港を出発し花巻空港、次いで名古屋空港(現在の名古屋飛行場)に向かい、折り返し名古屋発花巻行き451便として運航されていた。飛行計画によればさらに花巻から新千歳に戻る予定であった。

当該便は午前11時38分に名古屋を出発したが、操縦は機長(当時51歳)ではなく副操縦士(当時27歳)が行っていた。この副操縦士は昇格から5ヶ月しかたっておらず、社内の運航規則では、上昇、巡航、降下、進入のみ実施でき、着陸は運行規則に違反する行為であった。この場合でも、機長が路線教官、飛行教官または査察操縦士の場合は、副操縦士の経験にかかわりなくすべての操縦操作を行わせることが許されていたが、当該機の機長はいずれの資格も有していなかった[1]。なお運航乗務員2人が同じシフトで運航するのは前日が初めてであったが、同様に副操縦士に操縦させていた。また最初の花巻空港への着陸は機長が行っていた。

事故当日の気象条件は良好なものではなく、前日の午後8時に花巻空港のある岩手県内陸地域には強風注意報が発表されていた。451便は約1時間の飛行の後に花巻空港へ南から着陸しようとした。当時空港では風速10m、最大瞬間風速20mの西風が吹いており、着陸する航空機からすれば強い追い風寄りの横風であった。なお日本エアシステムの運航規則によれば、DC-9は平均風速12.85m以上、最大18.5m以上の横風がある場合には着陸を回避すべしとなっていたが、最終判断は機長の裁量に任されていた。

451便は機体を左右に振りながら降下していたが、対地接近警報装置(GPWS)の「Sink Rate(降下率注意)!」の警告音が鳴り、午後12時44分にウィンドシアのために通常の着地点よりも手前に着地、ハードランディングとなり滑走路に右主翼から激突し、黒煙をあげて滑走路を蛇行しながら滑走路北側で停止した。この滑走で機体は大きな損傷を受けており、右主翼から出火した。

接地の際に機体が受けた垂直加速度は、6G(重力の6倍)を超えていたと推定された[2]

このとき、着陸を挟んだ1分40秒間の機内外の状況を、ある乗客がホームビデオで撮影していた。この記録によれば、着陸直前の機体の揺れにより乗客が叫び声をあげる様子や、火災の炎で照らされた機内で混乱に陥る乗客の姿が捉えられている[3]

その後、緊急脱出を試みるが、乗客の混乱は収まらず、客室乗務員は大声を出して乗客を誘導しようとするも、左主翼前面から脱出を行う乗客がいるなど混乱を極めたという。それでも脱出指示から脱出完了までの経過時間は86秒であり、火災による死傷者はなかった。ただ、緊急脱出中もエンジンは動作したままであったという[4]

この事故により、乗員5名乗客72名のうち、乗員1名と乗客2名の計3名が頚椎骨折などの重傷を負い、乗員4名と乗客51名の計55名が頚椎捻挫、打撲などの軽傷を負った[3]

この事故の影響で花巻空港は閉鎖され、運行が再開したのは4月21日夕方であった。

ウインドシアに対する十分な警戒をすることなく着陸したために発生したとされ[5]、機体は炎上して大破し、重傷3名軽傷55名の損害を生じた[6]

事故原因[編集]

事故調査報告書によれば、ウインドシアに対する十分な準備がないまま着陸動作をし、その最中にウィンドシアに襲われたため、機体が予想を超えて落下し負傷者を生じ、その衝撃で火災が発生し、機体を焼失するに至った、とする[5]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 事故調査報告書 17頁
  2. ^ 事故調査報告書 21頁
  3. ^ a b 事故調査報告書 10頁
  4. ^ 事故調査報告書 11頁
  5. ^ a b 事故調査報告書 24頁
  6. ^ 事故調査報告書 4頁

参考資料[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]