日本の分割統治計画

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アメリカ国立公文書館に現存する計画書による日本の分割統治計画。東京都区部は米中ソ英4か国、近畿と福井県は米中2か国による共同統治。

日本の分割統治計画(にほんのぶんかつとうちけいかく)は、本土決戦後の日本本土を分断し連合国分割統治しようとした計画案の一つ。アメリカ国立公文書記録管理局に計画書が保存されている[1][2]

概要[編集]

実際の歴史[編集]

実際に行われた分割統治。

当時、日本の領土であった地域について、連合国が以下の通り分割統治を実施した。

分割統治は、1945年(昭和20年)の日本降伏後に速やかに実行された。これら占領地域には、日本が内地とした地域もあり、その点で言えば、日本本土は史実でも分割されている。

上記以外の日本本土を構成する北海道本州四国九州沖縄及び付属島嶼は、アメリカ軍とイギリス軍(オーストラリア軍ニュージーランド軍などを含むイギリス連邦占領軍)による占領統治下におかれた。本計画では、これらの本土地域もソ連軍と中華民国軍(これらも連合国軍である)にも分割することになっており、この項目で指す「分割」とはこの計画を指している。

日本分割占領案については、早い段階から連合国軍将兵にも伝わっており、中華民国軍の兵士の証言では、ルーズベルトが中華民国軍を日本占領統治に参加させることを決定したとの話が兵士たちの間に伝わると、多くの中華民国軍兵士がこれを喜び、日本に上陸した際にどのような行動をとるかについて話し合ったという[3]。実際、当時は日本の領土であった台湾島を中華民国軍が占領統治しており、その点において中華民国軍は史実でも日本占領統治に参加している。

計画による統治区域[編集]

アメリカ国立公文書記録管理局に保存されている計画書[4][5]によると、

という計画であった(地図参照)。

廃案[編集]

アメリカ国立公文書記録管理局に保存されている計画書が廃案となった理由ははっきりしていない。説としては以下が挙げられる。

  • 米軍が原子爆弾の開発・運用に成功し、核戦力を入手した事。
  • 核戦力の獲得に乗じ、ヤルタ会談で合意した事項の幾つかを撤回する動き・兆候をソ連が推測・警戒した事。
  • ドイツ降伏直前で急死した親ソ連のルーズベルト大統領に代わり就任していたトルーマン大統領による対ソ連外交政策の転換。
  • アメリカがイギリスのチャーチル首相から繰り返し警告されていた、戦後の社会主義国との対立を睨み、極東での陣地拡大と基地化を目論んでいた事。
  • 中華民国軍の総司令官でもある蒋介石総統が、日本占領時の食糧調達などの兵站を自らの手で賄わず、日本人からの徴発のみによって賄うと明言した。
  • 終戦直前、ソ連が南樺太千島列島に加えて、北海道北部(留萌市 - 釧路市を結ぶ線から北東側全域。留萌市・釧路市については分割せずソ連が占領)をも併合しようとする貪欲な姿勢を見せたため。
  • 日本で学んだ経験のある蒋介石が「報怨以徳」(怨みに報いるに徳を以ってする)に基づいた反対意見を出した為。
  • ダグラス・マッカーサーと親密で、反共主義者の吉田茂の猛反発があったため。
  • アメリカが日本の権益を独占しようとした策略。実際にアメリカ軍は、イギリス軍および政府が希望していた東京国際空港及び東京湾への英国海外航空の乗り入れを認めず、やむなく同社はイギリス軍が占領する岩国への乗り入れで我慢した。
  • 対日戦で中心的役割を果したのはアメリカ軍部隊である(実際はイギリス連邦軍と中華民国軍も大きな影響を与えた)にも拘らず、その日本をイギリス人、ソ連人、中国人と後から分割統治することに対する反発。実際にドイツや朝鮮半島など、連合国で分割統治計画があった地域でもほぼ自軍の占領範囲を統治することになった。
  • ポツダム宣言(第8条)は、北海道、本州、四国および九州と周辺諸小島を日本領とし、内地の一体性を認めているため、これを後から分割統治とすると、宣言内容と矛盾してしまう。反故にすると、速やかに大日本帝国陸軍を武装解除できず、日本軍は降伏を撤回し、最後の一兵まで戦う可能性があったとも言われる。
  • 当時の日本は天皇の下に団結しており、分割には天皇の処分が避けて通れない。しかし天皇を処分するとその後の統治が難しくなるばかりか処分国に対する報復戦が予想されるため、連合国の中から反対が出た。

関連文献[編集]

  • 五百籏頭真 『米国の日本占領政策―戦後日本の設計図』(上下)、中央公論社、1985年。

脚注[編集]

  1. ^ テレビ朝日「トップ・シークレット 救われた日本の分割占領」1985年4月30日放送
  2. ^ TBSテレビスーパーフライデー」特別企画「2000年の証言『天皇家そして妻たち 運命の岐路』」2000年
  3. ^ NHKハイビジョン特集「歴史から消された兵士たち 〜中国「抗日老兵」の歳月〜」より
  4. ^ テレビ朝日「トップ・シークレット 救われた日本の分割占領」1985年4月30日放送
  5. ^ TBSテレビスーパーフライデー」特別企画「2000年の証言『天皇家そして妻たち 運命の岐路』」2000年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]