日本のタタール人

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日本のタタール人
タタールスタン共和国の旗日本の旗
Tokyo Camii 2009.jpg
タタール人によって設立された東京回教学院(現・東京ジャーミイ
総人口
約600-2,000人[1]
(推定)
居住地域
神戸東京都
言語
タタール語ロシア語日本語
宗教
イスラム教キリスト教

日本のタタール人は、日本に一定期間在住するタタール人やその子孫である。日本に帰化や亡命した人、およびその子孫のことをタタール系日本人と呼ぶ。600人から2000人という推計人口があるが、国籍はロシアトルコを中心に多岐に渡っておりタタール人としての統計調査は無く正確な数は不明である。

概要[編集]

20世紀初頭、ロシア革命を契機におよそ600人のタタール人やバシキール人ロシアタタールスタンカザンバシコルトスタンから日本へ移住したとされ、日本各地にコミュニティを形成していた。特に神戸には多くのタタール人が暮らしており、1935年には神戸において日本で最初となる最初のモスクと学校、1938年には東京において東京回教学院(現・東京ジャーミイ)が在日タタール人によって設立された。移住者の大多数は離散しなかったことから、来日後も自らの言語や文化を保持し続けた。1950年代になって、彼らにトルコ国籍が付与されることとなり、戦後の混乱の影響もあって、徐々にトルコへ渡るようになりタタール人は減少した。しかし、そのまま日本へ住み続け、帰化した人もいた。現在、東京におけるタタール人の子孫は60人ほどとされる[2]

歴史[編集]

著名な人物[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]