新納忠続

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新納忠続
時代 室町時代中期 - 後期
生誕 不明
死没 延徳元年9月20日1489年10月14日
官位 近江守
主君 島津忠国立久忠昌
氏族 新納氏
父母 父:新納忠治
兄弟 忠続忠明是久新納忠匡
島津忠国

新納 忠続(にいろ ただつぐ)は、室町時代中期から後期にかけての武将島津氏の家臣。新納氏5代当主。

略歴[編集]

4代当主・新納忠治の長男として誕生。

長禄2年(1458年)、島津宗家の命で大隅国志布志から日向国飫肥へ移され、同じく日向櫛間を領する伊作家島津久逸と共に日向伊東氏への抑えとなる。文明16年(1484年)、日向において伊作家の勢力拡大を恐れた忠続が宗家11代当主・島津忠昌に久逸を伊作へ戻すよう願い出ると忠昌はこれを承諾。久逸は反発し、日向伊東氏・豊後国大友氏等と飫肥城を攻撃する。島津本家は北郷敏久を派遣し忠続を援護するも飫肥城は陥落する。翌文明17年(1485年)、忠昌によって飫肥城は奪還。久逸が降伏すると、文明18年(1486年)、豊州家島津忠廉が飫肥の地頭に任命され、忠続は改めて末吉・志布志に移された。

延徳元年(1489年)、死去。家督は弟・忠明が継いだ。