新日本海フェリー
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新日本海フェリー本社があるハービスOSAKAオフィスタワー(大阪市北区) | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場 |
| 略称 | SNF |
| 本社所在地 |
〒530-0001 大阪市北区梅田2丁目5-25 |
| 本店所在地 |
〒047-0008 北海道小樽市築港7-2 |
| 設立 | 1969年(昭和44年)6月11日 |
| 業種 | 海運業 |
| 法人番号 | 5430001050054 |
| 代表者 | 代表取締役社長 入谷 泰生 |
| 資本金 | 19億5000万円(2015年6月現在) |
| 売上高 | 242億9200万(2016年9月)[1] |
| 従業員数 | 445名(2015年6月現在) |
| 決算期 | 3月決算 |
| 主要株主 |
関光汽船19.6% 日本郵船10% 阪九フェリー6.5% 損害保険ジャパン日本興亜6.4% |
| 外部リンク | http://www.snf.jp |
新日本海フェリー株式会社(しんにほんかいフェリー、Shinnihonkai Ferry Co., Ltd.)は、日本の海運会社。舞鶴・敦賀・新潟・秋田と小樽・苫小牧東を結ぶフェリーを運航する。本社は大阪市北区、本店は北海道小樽市にある。SHKライングループ。
目次
概要[編集]
運航ダイヤはトラックやシャシーの輸送を中心とする。そのため出港時間が深夜または入港時間が早朝となる便が多い一方、多様な船内設備を設けるなど旅客サービスにも力を入れる。一部の便には30ノット前後で航行可能な高速フェリーを導入するなど、競合するRO-RO船との差別化を図る。
他の交通機関と同様にゴールデンウィークやお盆期間は大変多くの旅客で賑わうが、前述の通り貨物主体のフェリーである。このような傾向から2006年よりシーズン別の料金体系を導入し、繁忙期の増収と閑散期の利用促進を図った。
各船とも船籍港は本店所在地である小樽港としている。
歴史[編集]
1970年に、日本海側では初めての長距離フェリーとして舞鶴港-小樽港間に航路を開設。就航当時は青函連絡船など本州と北海道を連絡する航路は飽和状態にあったことから、北海道と関西地方を結ぶバイパスルートとしても注目された。
就航した船舶は輸送力重視のほか、日本海特有の気象条件に対応するため比較的大型のフェリーであったものの、客室は3等級のみであるのに加え、その他の旅客設備も同時期に就航していた他のフェリー[2]と比べて簡素なものとなっており、旅客よりも貨物輸送を重視していた。 また、その後も新たな船舶が就航し便数を増加させるが、いずれの船舶も大型化で得た容量は主にトラック積載数の増加に振り向けられた。
こうした施策は1984年の「フェリーらいらっく」就航で転機を迎える。デッキ層を増やし旅客設備の充実が図られたほか、既存の船舶についても1990年および1992年の2度に渡り、旅客設備の改装工事が行われた。
1996年には、速力を大幅に向上させた「すずらん」「すいせん」が就航し、敦賀-小樽航路の所要時間は約7時間半短縮し約21時間となった。青函トンネル開業による鉄道貨物のスピードアップなどと対峙する中で、特に生鮮食料品や生乳などの輸送にも競争力が強化されることとなったほか、所要時間が24時間未満となったことで、毎日運航の同航路では運用船舶数の削減が可能となった。同様の施策は、2004年7月就航の「はまなす」「あかしあ」でも採られており、舞鶴-小樽航路の所要時間は約9時間短縮した約21時間となっている。
沿革[編集]
- 1969年
- 1970年6月 - 舞鶴港の事務所および旅客待合室が第二埠頭に完成。
- 1971年7月 - 本社を大阪市に移転し小樽本社を本店とする[4]。
- 1972年5月 - 「フェリーはまなす」が就航し、週4便となる[3][4]。
- 1973年7月 - 「フェリーあかしあ」が就航し[3][4]、週6便となる。
- 1974年6月7日 - 新潟港への寄港を開始[3][4]。
- 1977年5月 - 新潟 - 小樽航路が認可(週3便)、舞鶴・敦賀 - 小樽航路が週8便となる[4]。
- 1979年5月 - 小樽港の勝納フェリーターミナルが完成し移転。「ニューすずらん」が敦賀 - 小樽航路に就航[4]。
- 7月 - 「ニューゆうかり」が敦賀 - 小樽航路に就航[4]。
- 1980年2月 - 新潟 - 小樽航路が週6便に増便[4]。
- 1984年7月 - 「フェリーらいらっく」が舞鶴 - 小樽航路に就航[4]。
- 1987年3月 - 新潟港の新フェリーターミナルが完成し移転。「ニューはまなす」が新潟 - 小樽航路に就航。
- 1988年7月 - 「ニューあかしあ」が舞鶴 - 小樽航路に就航[4]。
- 1991年9月 - 「フェリーらべんだあ」が舞鶴 - 小樽航路に就航し、舞鶴・敦賀 - 小樽航路が週10便となる[4]。
- 1994年
- 1995年1月31日 - 3月31日 - 阪神・淡路大震災を受けて支援基地・宿泊施設として「ニューしらゆり」(尼崎港1月31日 - 2月28日 芦屋市民向け)・「フェリーすずらん」(神戸港第4突堤2月1日 - 3月31日 消防救急要員向け)を提供[6][7]。この他SHKライン系列からは「おりえんとびいなす」「ニューゆうとぴあ」が震災支援に用いられた[7]。
- 1996年6月 - 敦賀港の新フェリーターミナルが完成し移転(鞠山地区)、「すずらん」(初代)・「すいせん」(初代)が敦賀 - 小樽航路に就航[4]。
- 1999年7月 - 敦賀 - 新潟 - 秋田 - 苫小牧航路を開設[4]。
- 2002年4月5日 - 「らいらっく」が新潟 - 小樽航路に就航[4]。
- 2003年2月2日 - 「ゆうかり」が新潟 - 小樽航路に就航[4]。
- 2004年7月 - 「はまなす」「あかしあ」が舞鶴 - 小樽航路に就航[4]。
- 2012年4月1日 - 船室等級の名称を変更。(特等A→デラックスA、特等→デラックスB、1等→ステートB、S寝台→ツーリストS、2等寝台→ツーリストA寝台・ツーリストB、2等→ツーリストA和室・ツーリストJ)
- 2017年3月9日 - 「らべんだあ」が新潟 - 小樽航路に就航。それに伴い「らいらっく」が敦賀 - 新潟 - 秋田 - 苫小牧航路に転配。
- 6月28日 - 「あざれあ」が新潟 - 小樽航路に就航。それに伴い「ゆうかり」が敦賀 - 新潟 - 秋田 - 苫小牧航路に転配。
航路[編集]
繁忙期・ドック入り・気象条件などにより航路・就航船を変更する場合があり、毎日運航の航路では一部臨時運休日が設定される。
舞鶴・敦賀⇔北海道航路の2等運賃は、近畿地方と北海道を直接結ぶ公共交通機関では最も安価とされていたが、格安航空会社の登場によりピーク時の2等運賃が格安航空会社の最高値運賃を上回るなど必ずしも割安な公共交通機関ではなくなりつつある[9]。
定期運航の航路[編集]
- 毎日運航
- 所要時間:小樽行き20時間55分 舞鶴行き21時間45分。
- 就航船:あかしあ/はまなす
- 両船就航以前は、フェリーらいらっく/ニューあかしあ/フェリーらべんだあの3隻体制約30時間で運航。
- 毎日運航
- 所要時間:苫小牧行き20時間00分 敦賀行き21時間00分
- 就航船:すずらん/すいせん
- 両船就航当初は敦賀港⇔小樽港、2002年9月から北海道側対地を苫小牧東港に変更。
敦賀 - 新潟 - 秋田 - 苫小牧東港航路(敦賀港 - 新潟港 - 秋田港 - 苫小牧東港 寄航便)
- 敦賀発着は週1便 新潟発着は週5便運航
- 所要時間:敦賀 - 苫小牧 苫小牧行き31時間20分 敦賀行き35時間00分/新潟 - 苫小牧 苫小牧行き18時間15分 新潟行き20時間00分
- 就航船:らいらっく/ゆうかり
- 両船の新潟 - 小樽航路から転配以前は、フェリーしらかば/フェリーあざれあの2隻体制で運航。
新潟 - 小樽航路(新潟港 - 小樽港)
- 週6便運航(小樽発は日曜日、新潟発は月曜日が運休日)
- 所要時間:小樽行き16時間30分 新潟行き16時間15分
- 就航船:らべんだあ/あざれあ
- 両船就航以前は、らいらっく/ゆうかりの2隻体制で運航。
その他の航路[編集]
- 臨時運航航路(主にドックダイヤ)
敦賀 - 小樽航路(敦賀港 - 小樽港)
- 特定日運航
- 所要時間:小樽行き19時間15分 敦賀行き19時間30分
- 就航船:あかしあ/はまなす
舞鶴 - 苫小牧東港航路(舞鶴港 - 苫小牧東港)
- 特定日運航
- 所要時間:苫小牧行き19時間45分 舞鶴行き21時間20分
- 就航船:あかしあ/はまなす
新潟 - 苫小牧東港航路(新潟港 - 苫小牧東港 直行便)
- 特定日運航
- 所要時間:苫小牧行き18時間00分 新潟行き19時間30分
- 就航船:らいらっく/ゆうかり
船舶[編集]
就航中の船舶[編集]
新日本海フェリーでの就航順に解説。
- 喫煙所以外は個室を含めて全面禁煙
- 全船共通の主な設備:レストラン/グリル/カフェテラス/売店/ゲームコーナー/大浴場/サウナ/ランドリー/キッズルーム/喫煙室/船舶電話
- らいらっく:2001年6月竣工/2002年4月5日就航/最大速力25.1ノット
- ゆうかり:2001年9月竣工/2003年2月2日就航/最大速力25.4ノット
- 以下共通諸元
- 2006年・2017年改造/18,229総トン/全長199.9m/幅26.5m/出力21,200kW/航海速力22.7ノット(42.0km/h)
- アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(横浜)建造
- 旅客定員892名/車両積載数:トラック146台・乗用車58台
- 交通バリアフリー法に沿った客室設備設計を実施
- 船室
- スイートルーム 海側専用テラス付(ツイン4室)
- デラックスルームA 海側専用テラス付(ツイン20室)
- デラックスルームB 海側(ツイン6室/和室4室)
- ステートルームB 海側(2段ベッド24室/和室20室) 内側(ツイン30室)
- ツーリストS 内側(シングル36室)
- ツーリストB 内側(2段ベッド10室)
- ツーリストJ 内側(カーペットルーム22室)
- ドライバールーム・内側(8室)
- 主な設備:ビデオシアター・ビデオルーム・スポーツコーナー
- はまなす:2003年8月竣工 最大速力32.0ノット
- あかしあ:2003年10月竣工 最大速力31.8ノット
- 以下共通諸元
- 2004年7月就航/16,810総トン/全長224.8m/幅26.0m/出力42,800kW/航海速力30.5ノット(56.4km/h)
- 三菱重工業長崎造船所建造
- 旅客定員820名/車両積載数:トラック158台・乗用車66台
- 船室
- スイートルーム 海側専用テラス付(ダブル4室)
- デラックスルームA 海側専用テラス付(ツイン34室/和室6室)
- ステートルームB 海側(2段ベッド14室/和室20室) 海側/内側(ツイン66室)
- ツーリストS 内側(シングル14室)
- ツーリストA 内側(ベッド8室/カーペットルーム22室)
- ドライバールーム 内側(4室)
- 主な設備:ビデオルーム・コンファレンスルーム・マッサージルーム・バリアフリー浴室
- 2009年現在就航している日本のカーフェリーとしては最も長い全長を持ち、航海速力が最も速い[10]。高速航行のために推進器に通常のスクリューと舵を兼ねたポッド推進器(アジポッド)を互いに逆回転させ、2重反転プロペラの原理で高出力を生み出す世界初のシステム[11]を採用。シップオブザイヤー受賞。
- 2012年にすずらん(初代)・すいせん(初代)からの新造置換え[12]
- すずらん:2012年6月20日就航
- すいせん:2012年7月1日就航
- 以下共通諸元
- 2012年1月27日進水/17,382総トン/全長224.5m/幅26m/出力30,300kW/最大速力29.4ノット、航海速力27.5ノット(50.9km/h)
- 前船に引き続きポッド推進システムを採用するが、必要な速力が小さいことから全く同じものではない
- 三菱重工長崎造船所建造
- 旅客定員613名/車両積載数:トラック158台・乗用車58台
- 船室
- スイートルーム 海側専用テラス付(ツイン2室)
- ジュニアスイートルーム 海側専用テラス付(ツイン2室)
- デラックスルームA 海側専用テラス付(ツイン/和室)
- ステートルームA(ツイン/2段ベッド/和室)
- ツーリストS 内側(シングル)
- ツーリスト A内側(ベッド)
- ドライバールーム 内側
- 主な設備:スポーツルーム・コンファレンスルーム・マッサージコーナー・PCコーナー・露天風呂・ドッグフィールド
- 船体ははまなす・あかしあとほぼ同型だが、航海速力・水線下船型・プロペラ等の見直しにより二酸化炭素 (CO2) や窒素酸化物 (NOx) の排出量を削減。また両船と比較して車両積載数はほとんど変わらない一方で旅客定員が減少したが、これは最下クラスの船室も桟敷席を設けず寝台とするなど客室を個室重視で設置したためである。
- らべんだあ:2016年9月6日進水・2017年3月9日就航
- あざれあ:2017年1月12日進水・同年6月28日就航
- 14,125総トン/全長約197.25m/出力22,000kW[13]、航海速力25ノット[14]
- 三菱重工下関造船所建造
- 以下共通諸元
- 旅客定員600人/車両積載数:トラック150台・乗用車22台[13]。
- 船室
- スイートルーム 海側専用テラス付(ツイン4室)
- デラックスルームA 海側専用テラス付(ツイン/和室)
- ステートルームA 一部を除き海側(ツイン/和洋室/ツインwithペット)
- ツーリストS 内側(シングル)
- ツーリストA 内側(ベッド)
- ツーリストC 内側(ベッド)
- ドライバールーム 海側
- 主な設備:スポーツルーム・露天風呂・ドッグフィールド・アミューズボックス(ビデオコーナー)等
- 本船の特徴としてコンファレンスルームを廃止、外側にスィート・デラックス・ステートの上等船室、内側にツーリストを配置。また内側のステートは割引料金を適用。船体自体も船首を直角構造にすることにより、航海速力を引き上げた上で10%の燃料削減を実現した。
過去に就航していた船舶[編集]
- ※本項では新日本海フェリーでの就航順に解説を行うと共に各船の詳細はそれぞれのリンク先も参照のこと。
- すずらん丸→フェリーライラック
- 9,053総トン[15]/全長160.5m/旅客定員1,107名/車両積載数:トラック103台・乗用車150台
- 遍歴
- すずらん丸:1970年8月 - 1975年
- 東九フェリー(現・オーシャントランス) フェリー伊豆:1975年 - 1977年
- フェリーライラック:1977年 - 1979年
- 西日本汽船:ゆうとぴあ:1979年 - 1994年
- 海外売船:1994年
- 2008年7月:廃船のためインドで解体
- 9,875総トン/全長162m/旅客定員1,173名/車両搭載数:トラック103台・乗用車124台
- 遍歴
- 1972年5月 - 1987年
- ギリシャ ANEK LinesLISSOS:1987年 - 2011年
- 2011年:スクラップとしてインドに売却
- 11,210総トン/全長180.5m/旅客定員1,387名/車両積載数:トラック119台・乗用車150台
- 遍歴
- 1973年7月 - 1988年
- フィリピン Sulpicio LinesFILIPINA PRINCESS:1988年 - 2011年
- 2011年:廃船解体
- 9,081総トン/全長162.0m/幅26.0m
- 遍歴
- 東九フェリー フェリーとね:1973年12月 - 1975年10月
- フェリーしらゆり:1975年10月 - 1987年
- 大阪国際フェリー 壇皇:1988年 - 1993年
- 1997年:フィリピンに売却
- 8,194総トン/全長162.0m/幅26.0m
- 遍歴
- 東九フェリー フェリーてんりゅう:1973年12月 - 1975年10月
- フェリーすずらん:1975年10月 - 1995年[16]
- 西日本汽船 ゆうとぴあ3:1995年 - 2003年
- フィリピン Carlos A. Gothong Lines Manila Bay 1:2003年 -
- 1979年5月 - 1996年6月
- ギリシャ ANEK Lines KRITI I:1997年 -
- 14,374総トン/全長191.8m/航海速力22.5ノット/旅客定員872名/車両積載数:トラック189台・乗用車85台。
- 遍歴
- 1979年7月 - 1996年6月
- ギリシャ ANEK Lines KRITI II:1997年 -
- フェリーらいらっく(二代目)
- 1984年7月 - 2004年
- フィリピン Sulpicio Lines Princess of the Stars:2004年 - 2008年
- 17,304総トン/全長184.5m/航海速力22.6ノット/旅客定員929名/車両積載数:トラック150台・乗用車103台
- 遍歴
- 17,305総トン/全長184.5m/航海速力22.6ノット/旅客定員929名/車両積載数:トラック150台・乗用車103台。
- 遍歴
- 1987年4月 - 2003年2月
- 上海下関フェリー(現・蘇州下関フェリー) ゆうとぴあ2:2003年2月 - 2009年10月
- IHI相生で係船:2009年10月 - 2016年6月
- 2016年7月:インドで解体
- 1988年7月 - 2004年7月:舞鶴 - 小樽航路
- ギリシャ Endeavor Lines IONIAN QUEEN:2005年 - 2012年
- Endeavor Lines倒産により係船:2012年 -
- 19,904総トン[15]/全長192.9m/航海速力21.8ノット/旅客定員796名/車両積載数:トラック186台・乗用車80台
- 遍歴
- 1991年9月30日 - 2004年6月30日:舞鶴 - 小樽航路
- ギリシャ Agoudimos Lines IONIAN KING:2004年7月 - 2011年
- HTBクルーズ OCEAN ROSE:2012年2月29日 - 10月13日
- シンガポール Oceanic Group Ocean Grand:2013年2月1日 - 2016年1月31日
- 20,554総トン/全長195.4m/幅29.4m/出力32,400ps/最大速力26.0ノット/航海速力22.7ノット(42.0km/h)/旅客定員926名/車両積載数:トラック186台・乗用車80台
- 遍歴
- 20,563総トン/全長195.4m/幅29.4m/出力32,400ps/最大速力25.6ノット/航海速力22.7ノット(42.0km/h)/旅客定員926名/車両積載数:トラック186台・乗用車80台
- 遍歴
- 竣工:1994年2月
- 新潟 - 小樽航路に就航:1994年7月12日 - 2002年
- 改造後に敦賀 - 新潟 - 秋田 - 苫小牧寄港便へ転配:2002年 - 2017年6月28日
- IHI相生工場で係船:2017年7月 -
- 17,345総トン/全長199.5m/幅25.0m/出力64,800ps/航海速力29.4ノット(54.4km/h)[23]/旅客定員507名/車両積載数:トラック122台・乗用車80台
- 第7回シップ・オブ・ザ・イヤー受賞
- 遍歴
- 17,329総トン/全長199.5m/幅25.0m/出力64,800ps/航海速力29.4ノット(54.4km/h)/旅客定員507名/車両積載数:トラック122台・乗用車80台
- 第7回シップ・オブ・ザ・イヤー受賞
- 遍歴
- 竣工:1995年6月
- 敦賀 - 小樽航路に就航:1996年6月11日 - 2002年8月
- 北海道側発着地の変更により敦賀 - 苫小牧航路で運航:2002年9月 - 2012年6月30日
- IHI相生工場で係船:2012年7月 -
事業所[編集]
- 本社 (大阪市北区梅田2丁目5-25 梅田阪神第1ビル(ハービスOSAKA)15F)
- 小樽本店 (北海道小樽市築港7-2 勝納埠頭)
- 舞鶴支店 (京都府舞鶴市字浜小字浜 前島埠頭)
- 敦賀支店 (福井県敦賀市鞠山95-4 敦賀新港)
- 新潟支店 (新潟市東区古湊町2-20 山の下埠頭)
- 苫小牧支店 (北海道勇払郡厚真町浜厚真17-6 苫小牧東港 周文埠頭)
- 秋田支店 (秋田市土崎港西1-13-13 中島埠頭)
- 東京支店 (東京都千代田区内幸町1-1-7 NBF 日比谷ビル22階)
- 札幌支店 (札幌市中央区北2条西2-1 ハクオウビル)
- 名古屋営業所 (名古屋市中村区名駅3-16-22 名古屋ダイヤビルディング1F)
関連会社[編集]
- 関光汽船 - SHKライングループの中核企業(同グループについては本項目を参照)。
- 日本クルーズ客船
- オーセントホテルズ(オーセントホテル小樽)
- 新協和商事
- 新日本海サービス
- ヴィーナストラベル
- マリネックス
- 日本デリカフーズ
- マリネックス西日本
- シートランス
- ノーザントランスポートサービス
- マリネックストランスポートサービス
- 協和リアルエステート
- 協和ロジスティクス
- エス.エッチ.ケイ総合案内所
- SHK調査広報センター
連絡輸送[編集]
- バス得きっぷ(2013年より夏季限定で設定。)
- 設定区間:小樽港/苫小牧東港 - 舞鶴港(新日本海フェリー)、舞鶴港 - 神戸三宮バスターミナル(日交シティバス/京都交通 高速バス神戸(三宮) - 舞鶴線)
- 過去の設定
- 東京⇔小樽エコノミーきっぷ
- 小樽⇔大阪エコノミーきっぷ
脚注[編集]
- ^ Suik 最新業績
- ^ 「さんふらわあ」や「クイーンコーラル」(いずれも1972年就航)などの「豪華フェリー」が建造された時期でもあった。
- ^ a b c d e f 小樽市史 第八巻 行政編(中)第四編 市政三〇年 第十節「新日本海フェリー航路」
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z 沿革|会社案内 - 新日本海フェリー
- ^ “フォト海道「日本最大のフェリー入港*小樽」”. 北海道新聞社. 2018年1月25日閲覧。
- ^ “大規模災害時の船舶の活用等に関する調査検討会 資料4 大規模災害時のフェリーの役割と課題 (PDF)”. 国土交通省 (2013年5月28日). 2018年1月15日閲覧。
- ^ a b “大規模災害時の船舶の活用等に関する調査検討会 資料7 阪神淡路大震災における船舶活用事例 (PDF)”. 国土交通省 (2013年5月28日). 2018年1月15日閲覧。
- ^ 神戸地方海難審判庁 (1997-01-31) (PDF). 平成8年神審第71号 旅客船フェリーらいらっくプレジャーボート飛龍衝突事件 (Report). 海難審判・船舶事故調査協会 2016年2月14日閲覧。.
- ^ 旅客運送業を営む各社による国土交通省への届出運賃など、いわゆる「定価」での比較であり、割引航空券などを利用する場合はこの限りではない。
- ^ 過去に就航していた船を含むと東日本フェリーの「ゆにこん」(航海速力35ノット/最大速力42.4ノット)ナッチャンRera・ナッチャンWorld(航海速力36ノット/最大速力42ノット)に次ぎ3番目。なおこの3船はいずれもウォータージェット推進方式である。
- ^ 世界初のハイブリッド型CRP ポッド推進高速フェリー (PDF) (三菱重工技報 Vol.41 No.6 p.338)
- ^ 新日本海フェリー、新造船2隻建造を正式発表(クルーズニュース) - ウェブクルーズ(海事プレス、2011年3月1日付、同月3日閲覧)
- ^ a b 新日本海フェリー、新潟-小樽航路などに新造船を来春就航 - 新潟日報
- ^ 2017年3月就航の新造船は「らべんだあ」に命名。続き、姉妹船就航! - 新日本海フェリー
- ^ a b c d e 就航当時カーフェリーとしては日本最大トン数。
- ^ 1984年以降は予備船。
- ^ a b c 就航当時カーフェリーとしては日本最長。
- ^ 台風通過中のフィリピンでフェリー沈没、700人超が行方不明 - ロイター(2008年6月22日)
- ^ 乗客ら800人の捜索続く 新たに28人の生存者 - 47NEWS(共同通信社、2008年6月23日)
- ^ marinetraffic FERRY AZAREA - ウエブ魚拓 2017年3月25日7時42分取得
- ^ 船名は、就航当初は敦賀 - 小樽航路(現・敦賀 - 苫小牧東航路)に就航したことから、北海道を代表する花スズランに由来。
- ^ 以前は、マリンエキスプレス(現・宮崎カーフェリー)の「フェニックス エキスプレス」「パシフィック エキスプレス」による約26ノットが日本最速。
- ^ 就航当時は日本最速のフェリー[22]。
- ^ アイデリックオーシャン はくおう(2015年2月15日閲覧)
- ^ 新日本海フェリー株式会社 (2016-06-29). 有価証券報告書 第49期(平成27年4月1日 - 平成28年3月31日) (Report). 金融庁 2016年7月4日閲覧。.
- ^ 船名は、就航当初は敦賀 - 小樽航路(現・敦賀 - 苫小牧東航路)に就航したことから、福井県の県花スイセンに由来。
参考文献[編集]
- にっぽん全国たのしい船旅2007-2008 - イカロス出版 イカロスMOOK(2007年8月発行)ISBN 9784871499736
- 『新日本海フェリー、巨大船隊発達史』徳光康・著(p.56-p.61)
- 日本船舶明細書I 2008年版 - 社団法人 日本海運集会所(2007年12月30日発行)
関連項目[編集]
- 日本のフェリー会社一覧
- 阪九フェリー、関釜フェリー - 「SHKライン」の名称は、当社を含む3社の頭文字に由来。
- 日本長距離フェリー協会
- 北前船
外部リンク[編集]
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