新庄直ハツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

新庄 直𩑛(しんじょう なおはつ、慶応元年(1865年)5月 - 慶応3年9月15日1867年10月12日))は、常陸麻生藩の第14代藩主。( 「はつ」の字は、偏が「爻」で旁が「頁」の第二水準外の漢字(𩑛)。)

慶応元年(1865年)5月、第13代藩主・新庄直彪の長男として江戸で生まれる。母は松平康爵の養女(直彪の叔父・新庄直行の娘)。幼名は容丸。7月4日に父が死去したため、生後わずか2ヶ月で家督を継いで第14代藩主となる。しかし慶応3年(1867年)9月15日に夭逝した。享年3。墓所は東京都文京区本駒込の吉祥寺。法名は俊苗院殿秀瑞玉英大居士。

分家の新庄直敬が跡を継いだ。