新城 (川崎市)

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新城
—  大字町丁  —
武蔵新城駅南口前の風景(2012年5月21日)
新城の位置(神奈川県内)
新城
新城
新城の位置
座標: 北緯35度35分9.29秒 東経139度37分52.22秒 / 北緯35.5859139度 東経139.6311722度 / 35.5859139; 139.6311722
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki.svg 川崎市
中原区
面積[1]
 - 計 0.18km2 (0.1mi2)
人口 (2014年(平成26年)6月30日現在)[2]
 - 計 4,217人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 211-0044(中原局集配区)
市外局番 044(川崎MA)
ナンバープレート 川崎
※座標は中原区役所道路公園センター付近[3]

新城(しんじょう)は神奈川県川崎市中原区地名。現行行政町名としては町丁としての新城一丁目から五丁目と、大字としての新城[4]が併存している。このうち新城一-五丁目は1979年(昭和54年)11月5日住居表示が施行されている[5]

なお、「新城」を冠した町(上新城新城中町下新城)が新城の近隣にあるが、これらは新城から分離されて設置された(後述)。

地理[編集]

中原区の西端に位置し[6]、全体に平地である[7]武蔵新城駅の南口を中心として商店街が広がり、その周囲は住宅地となっている[4]

新城は北端で南武線を境界として高津区末長上新城と、東端で新城中町と、南端で下新城と、西端で高津区千年新町新作と接している(特記のない町域は中原区)。

地価[編集]

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、新城4-11-6の地点で30万8000円/m2となっている。[8]

歴史[編集]

中世以前[編集]

当地周辺では平安末期から新田開発が行われており、「稲毛本荘検注目録」にもその様子が残っている[7]。ただ、「小田原衆所領役帳」に「稲毛荘木月郷屋けへ方」とあり、この「屋けへ」が当地内の小名に比定されている[7]ように他村の一部であり、新城が1村となるのは江戸時代に入ってからであった[4]

近世[編集]

江戸時代の当初、当地は天領だったが、天正年間には旗本である中川氏に賜われ[7]、同氏の支配が幕末まで続いた[4]。農地としては「水田多くして陸田少」なく[9]、村は、正保年間の「武蔵田園簿」で200、「元禄郷帳」や「天保郷帳」、幕末の「旧高旧領取調帳」では300石となっていた[4]

用水は二ヶ領用水の分流から取ったほか、岩川村(現在の千年)との間に溜池があった[10]。農間には菰蓆作りも行われたほか[4]、全体が平地でありの確保が困難なので、野川や千年まで出かけて開墾を行い、切り株をもらって来るようなことも行われていた[9]。また、将軍が近隣で鷹狩をする際に、当地からも人足が徴発されていた[11]

近現代[編集]

明治維新後、当地は神奈川県に属し[4]、新城村→中原村中原町川崎市と推移していった。野菜が作られるようになる[12]、不在地主が増える[9]などの現象はあったものの、当地は農地として推移していた。

1927年昭和2年)に南武鉄道(現在の南武線)が開通して武蔵新城駅が設置され、1942年(昭和17年)には武蔵新城駅南側の、現在の新城に当たる地の水田が、南武線経由や近隣から運ばれた土砂で埋め立てられ、規則正しい道路を持った住宅地へと変貌していった[9]。戦後には1950年頃から南側に商店が進出し始め[12]、武蔵新城駅に南口が開設されたのと前後して、駅南側が完全に商業地と化した[9]

当地には明治時代から続く7つの小字があったが、地元にはあまり定着しておらず、上・中・下の3分割で呼ばれており、昭和30年代の土地改良後にはその3つに加え、昭和17年に埋め立てられた区域を含む中央の4町会が成立した[9]1979年(昭和54年)、中原区内で初めて行われた[5]当地の住居表示では、この4町会をほぼそのまま活かす形で、上新城新城中町下新城新城の町が設置された[9]

地名の由来[編集]

平安末期から近隣に存在した「稲毛庄」に対して新しく開かれた地が「新庄」と呼ばれ、のちに文字が転じたものと考えられている[7]

沿革[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

武蔵新城駅南口

南武線が当地の北端を通過しており、武蔵新城駅の南口が当地と隣接している。

路線バス[編集]

武蔵新城駅を基点として、各方面へのバスが運行されている。

施設[編集]

駅周辺には、あいモール・サンモール・マイロードなど商店街が広がっており、大規模な店舗としてはスーパーマーケットのマルエツがある。

金融機関[編集]

学区[編集]

公立の小中学校の学区は、以下のようになっている[13]

町・字 小学校 中学校
新城 川崎市立末長小学校(高津区に所在) 川崎市立橘中学校(高津区に所在)
新城1~5丁目 川崎市立新城小学校 川崎市立西中原中学校

脚注[編集]

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  1. ^ 川崎市:町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値) 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)(XLS形式, 149.00KB) より。数値は新城1-5丁目と新城の合計値。2014年8月17日閲覧。
  2. ^ 川崎市:平成26年町丁別世帯数・人口 6月末日現在 中原区(XLS形式, 42.50KB)より。数値は新城1-5丁目と新城の合計値。2014年8月17日閲覧。
  3. ^ Google Earthより
  4. ^ a b c d e f g 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』、p.495。
  5. ^ a b 川崎市:区別町名一覧表(中原区) 2014年8月17日閲覧。
  6. ^ 川崎の町名』、p.146。
  7. ^ a b c d e f 川崎地名辞典(上)』、p.287。
  8. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  9. ^ a b c d e f g 川崎の町名』、p.147。
  10. ^ 川崎地名辞典(上)』、p.290。
  11. ^ 川崎 新中原誌』、p.221。
  12. ^ a b c d e f 川崎地名辞典(上)』、p.288。
  13. ^ 中原区の小学校”. 川崎市. 2012年4月17日閲覧。
    中原区の中学校”. 川崎市. 2012年4月17日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『川崎の町名』 日本地名研究所 編、川崎市、1995年
  • 『川崎地名辞典(上)』 日本地名研究所 編、川崎市、2004年
  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』 角川書店1984年
  • 新中原誌刊行会 『川崎 新中原誌』 有隣堂1977年

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度35分1秒 東経139度37分48秒