斜陽

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斜陽
著者 太宰治
発行日 1947年12月15日
発行元 新潮社
ジャンル 小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 B6版
ページ数 231
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斜陽』(しゃよう)は、太宰治長編小説

新潮1947年7月号から10月号まで4回にわたって連載された。同年12月15日、新潮社より刊行された。定価は70円だった[1]。初版発行部数は1万部。すぐさま2版5,000部、3版5,000部、4版1万部と版を重ねベストセラーとなった[2]

没落していく人々を描いた太宰治の代表作で、没落していく上流階級の人々を指す「斜陽族」という意味の言葉を生みだした。斜陽という言葉にも、国語辞典に「没落」という意味が加えられるほどの影響力があった。太宰治の生家である記念館は、本書の名をとって「斜陽館」と名付けられた。

執筆の時期・背景[編集]

斜陽発表前年の、太宰治(1946年)。斜陽族という言葉が流行語となる。

1946年(昭和21年)11月14日、太宰は疎開先の津軽からようやく東京に戻る。翌日の11月15日、新潮社出版部の野原一夫が長編小説執筆依頼のため、太宰の家を訪問。11月20日、太宰は新潮社を訪れ、河盛好蔵、野原一夫、『新潮』編集長の斎藤十一らと神楽坂の店で酒盃を傾ける。野原の弁によれば太宰はその席で「『桜の園』の日本版を書きたい、自分の実家の津島家をモデルにして没落する旧家の悲劇を書きたい、題名は『斜陽』だ」と述べ、本作品の『新潮』への連載と、新潮社からの刊行を確約したという[3]

1947年(昭和22年)1月6日、かず子のモデルとなった太田静子が三鷹の太宰の仕事部屋を訪問。太宰は静子に日記を見たいと伝える。2月21日、一人暮らししていた静子を神奈川県下曽我村(現小田原市)の雄山荘に訪ねる[4]。この訪問は静子の日記を借り受けることが主目的だったと言われている。2月26日、雄山荘を発ち、静岡県内浦村(現沼津市)の安田屋旅館に止宿。執筆を開始する。

雑誌掲載4回分のうち2回までを4月頃までに脱稿。5月24日、静子は実弟を連れて三鷹を訪問し、太宰の子を受胎したことを告げる[5]。6月末、本作品を脱稿。

執筆中に静子が太宰の子を妊娠(生まれた女児が作家・太田治子である)したこともあり、終盤の展開がいささかチェーホフの『桜の園』から外れ、太宰・静子が実際辿った経緯が反映された感もある。また、主要登場人物四人の設定はいずれも年代別の太宰自身の投影(初期=直治、中期=かず子と母、末期=上原)が色濃い。

作中の貴族の娘の言葉使いが「実際の貴族の女性の言葉使いからかけ離れている」と、志賀直哉三島由紀夫などが指摘している。

本書は、太宰が当時交際していた太田静子の日記を参考にし、箇所によってはほとんどそのまま書き写されたものであることが、娘・太田治子によって明かされた。

あらすじ[編集]

戦争が終わった昭和20年。没落貴族となったうえ、当主であった父を失ったかず子とその母は、生活が苦しくなったため、東京・西片町の家を売って伊豆で暮らすことにする。 一方、南国の戦地に赴いたまま行方不明になっていた弟の直治(戦地では麻薬中毒になっていた)が帰ってくるが、家の金を持ち出し、東京の上原二郎(小説家で既婚者)のもとで荒れはてた生活を送る。しかし、「夕顔日記」と書き記され、麻薬中毒やその理由のみならず、世間の偽善を告発する内容や、母の「札のついていない不良が、怖いんです。」という言葉に触発され、再度上原に宛てた手紙には、「世間でよいと言われ、尊敬されている人たちは、みな嘘つきで、偽物なのを」、「札つきの不良だけが、私の味方」であり、それを非難せんとする世間に「お前たちは、札のついていないもっと危険な不良じゃないか」反論する意思を記す。

直治を介したかず子と上原との運命的出会いや交際、生活が苦しくかつ自身の健康がすぐれなくなってもかず子らを暖かく見守ってくれた「最後の貴族」たる母のもと日々は穏やかに流れていたが、やがて母が結核に斃れ、無頼な生活や画家の本妻への許されぬ愛に苦悩していた直治も母の後を追うように自殺。残した遺書に、直治は自らの弱さと貴族階級出身に由縁する苦悩を告白するが、「人間は、みな、同じものだ。」と言う言葉に「なんという卑屈な言葉であろう。人をいやしめると同時に、みずからをもいやしめ、何のプライドもなく、あらゆる努力を放棄せしめるような言葉。マルキシズムは、働く者の優位を主張する。同じものだ、などとは言わぬ。民主主義は、個人の尊厳を主張する。同じものだ、などとは言わぬ。」と抗議する。直治の死と前後して、かず子は上原の子を妊娠したこと、それを知ってか知らずか、上原が自分から離れていこうとしていることに気付く。

かず子は「(不倫の子を生んだ)シングルマザー」として、マルクス主義に傾倒するローザ・ルクセンブルクや、新約聖書中の「平和にあらず、反って剣を投ぜん為に来れり」[6]と説くイエスのさながらの革命精神をもって、動乱やまぬ戦後社会に腹の中の(やがて生まれてくるであろう)子と強く生きていく決意を上原宛の書簡にしたためる。立場は違えど庶民とは違う階級にあった四人の、四者四様の滅びの様が描かれ、滅びの中の美しさが描かれている。

派生作品[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

『斜陽』(2009年5月9日公開)

出演

朗読[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『太宰治全集 9』ちくま文庫、1989年5月30日、537-539頁。解題(関井光男)より。
  2. ^ 長部日出雄 『桜桃とキリスト もう一つの太宰治伝』文藝春秋、2002年3月30日、335頁
  3. ^ 野原一夫「『斜陽』依頼」 『著者と編集者』1970年6月1日所収。
  4. ^ 山内祥史 『太宰治の年譜』大修館書店、2012年12月20日、307-308頁。
  5. ^ 山内祥史 『太宰治の年譜』前掲書、312頁。
  6. ^ マタイによる福音書第10章、当初節の第6部の冒頭の直後にこの言葉を中心に文語訳聖書の引用がある。

外部リンク[編集]

TBS 月曜22:00 - 22:45枠
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NHK総合テレビ 銀河テレビ小説
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テレビ東京 日本名作ドラマ1993年8月9日 - 8月16日
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