斑鳩寺 (兵庫県太子町)

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斑鳩寺
Hankyuji Taishi Hyoto Pref14s3s4272.jpg
三重塔(国の重要文化財)
所在地 兵庫県揖保郡太子町鵤709
位置 北緯34度50分13.41秒
東経134度34分31.62秒
座標: 北緯34度50分13.41秒 東経134度34分31.62秒
山号 斑鳩山
宗派 天台宗
本尊 釈迦如来薬師如来如意輪観音(全て重文)
創建年 (伝)推古天皇14年(606年
開基 (伝)聖徳太子
正式名 斑鳩山斑鳩寺
別称 はんきゅうじ
札所等 新西国三十三箇所32番
西国薬師四十九霊場23番
播州薬師霊場18番
聖徳太子霊跡28番
文化財 三重塔、釈迦如来坐像、薬師如来坐像、如意輪観音坐像ほか(国の重要文化財)
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仁王門
講堂
聖徳殿
聖徳殿奥殿

斑鳩寺(いかるがでら、はんきゅうじ)は、兵庫県揖保郡太子町(いかるが)にある天台宗寺院新西国三十三箇所第32番札所。

歴史[編集]

伝承によれば、606年推古天皇14年)、聖徳太子が推古天皇から播磨国揖保郡の土地360町歩を賜り、大和国斑鳩宮から移住し当地を斑鳩荘(鵤荘)と命名、伽藍を建立した、とされ、これを斑鳩寺の始まりと伝える。

606年、聖徳太子が推古天皇に法華経を講義して、播磨国の水田を賜ったことは史実と認められ、その縁で当地に斑鳩寺が建てられたものと思われる。

長らく大寺院であったが、室町時代後期の1541年天文10年)、守護大名である赤松氏山名氏の戦禍を受け、灰燼に帰した。後に、播磨を地盤とする赤松氏等が発願し、徐々に復興していったとされる。また復興を機に、従来法隆寺支院であったのを天台宗へ改めた。

聖徳太子の生誕地奈良県明日香村橘寺と、墓所の大阪府太子町叡福寺を結んだライン延長上に、この兵庫県太子町の斑鳩寺が位置する。

建築物[編集]

  • 仁王門
  • 講堂
  • 三重塔 - 室町時代後期、永禄8年(1565年)建立、重要文化財
  • 聖徳殿
  • 聖徳殿奥殿 - 太子十六歳像を祀る。
  • 聖宝堂ほか

文化財[編集]

重要文化財(国指定)
以上三尊は講堂に安置される秘仏で、2月22・23日の太子忌に開帳される。これらの像を止利仏師の作とするのは伝承にすぎず、実際には室町時代の斑鳩寺復興時の造立であるが、着衣の形式などが古様で、飛鳥時代の古像を手本に造られたものと推定される。
  • 木造日光・月光菩薩立像
  • 木造十二神将立像 8躯
  • 紺紙金泥釈迦三尊十六羅漢像 5幅
  • 絹本著色聖徳太子勝鬘経講讃図
  • 峯相記 永正八年慶紹書写奥書(1511年)
  • 鵤庄引付
登録有形文化財
  • 聖徳殿後殿
  • 聖徳殿中殿

御詠歌[編集]

神代(かみつよ)の 聖(ひじり)の徳は いかるがの 蓮(はちす)の花と かほるなりけり

年中行事[編集]

  • 2月7日 - 大般若転読会
  • 2月9、16-18日 - 勝軍会
  • 2月22-23日 - 聖徳太子春会式
  • 3月22日 - 彼岸会
  • 8月22日 - 夏会式(施餓鬼)
  • 10月7日 - 大般若転読会
  • 12月16日 - 天台大師講

所在地[編集]

〒671-1561 兵庫県揖保郡太子町鵤709

交通[編集]

姫路駅前から神姫バス「鵤経由龍野行き」乗車、「鵤」バス停下車。北西へ徒歩200m。

拝観案内[編集]

  • 9:00~17:00 宝物館の拝観は有料、聖徳殿は要予約。

前後の札所[編集]

31 花岳寺32 斑鳩寺 - 33 瑠璃寺
17 圓明寺18 斑鳩寺 - 19 長楽寺

周辺施設[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]