斎藤文一

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斎藤 文一(さいとう ぶんいち、1925年 8月13日- 2017年10月20日)は、宇宙物理学者、宮沢賢治研究家。新潟大学名誉教授。岩手県北上市出身。

来歴・人物[編集]

岩手県立黒沢尻中学校を経て、東北大学理学部卒業、同大学院で1962年、理学博士号取得。博士論文は「夜光発光機構の研究」。

オーロラの研究者として南極観測隊(第5次夏隊、1960年 - 1961年)[1]に加わったのち、新潟大学理学部教授を務める。退官後、名誉教授。

詩人でもあり、詩誌『歴程』同人。また、宮沢賢治の研究家としても知られ、宮沢賢治学会イーハトーブセンターの設立発起人(1990年)や、宮沢賢治イーハトーブ館の初代館長(1992年-1994年)も務めた。

2017年10月20日、肺炎のため、新潟市内の病院で死去、92歳[2]

長女は、文芸評論家・斎藤美奈子。 次女は、ライターで韓国語の翻訳家・斎藤真理子(パク・ミンギュ『カステラ』の翻訳で2015年に第1回日本翻訳大賞受賞)。

受賞[編集]

著作[編集]

単著[編集]

共著[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 第5次 日本南極地域観測隊”. 南極OB会. 2018年3月2日閲覧。
  2. ^ 斎藤 文一氏(さいとう・ぶんいち=宮沢賢治研究で知られる新潟大名誉教授) 岩手日報 2018年1月18日閲覧