斉藤祐子

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さいとう ゆうこ
斉藤 祐子
プロフィール
出生地 日本の旗 日本京都府綾部市
生年月日 (1960-03-09) 1960年3月9日(58歳)
血液型 B型
身長 153cm
所属 81プロデュース
活動
活動期間 1982年 -
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

斉藤 祐子(さいとう ゆうこ、1960年[1]3月9日[2] - )は、日本女性声優タレント、元お笑い芸人京都府[2]綾部市出身[3][4]81プロデュース所属[2]京都府綾部市出身。血液型はB型[5]、身長153cm[5]。三人姉弟の長女(弟2人)[1]

来歴・人物[編集]

大阪府和泉市育ち[4]大阪府立泉大津高等学校卒業[4]。高校生時代は1年生の時から生徒会で会計を務めた[3]他、「ミルキーウェイ」という女子4人組のバンドでサイドギターパーカッションを務めた[3]。この頃から「超人前出たがり人間」だったという[3]。高校卒業後、美術の先生を目指すために大阪芸術大学を受験するも失敗[5]デザイナー志望だったこともあった)[1])。その後は盲学校の事務員、保母手伝い、学校の理科実習助手、スーパーマーケット店員、着ぐるみ俳優仮面ライダーショーの司会、イルカショーの司会などのアルバイトを務める[6]。その後、母親にアナウンサーを勧められたこともあって[3]アナウンサー志望となり、アルバイトをしながらアナウンサー学校に通うようになる[6]

1982年に『笑ってる場合ですよ!』の『お笑い君こそスターだ』でグランプリを獲得し、「斉藤ゆう子」の芸名にて吉本興業所属のお笑いタレントとしてデビュー[6]DJ志望でもあったこともあって、吉本から「今吉本に入るとラジオに出られます」という言葉一つで吉本入りを決めたという[3]。縁の厚い伊達眼鏡をトレードマークに知名度を得た。当時、アニメDr.スランプ アラレちゃんが空前のヒットを飛ばし、主人公の「則巻アラレ」のトレードマーク・大きな縁のメガネに似ていたこともあり、作中でアラレが呼ばれていた「メガネっこ」と同様にキャプションをつけられることもあった[6]。中学1年生の時に高野悦子の著書『二十歳の原点』の中の「二十歳になったら眼鏡をかけよう」という一文にすごく感動し、本当に20歳になったらメガネをかけると決心して20歳からかけ始める[3]。メガネは1983年の時点で25個持っていた[1]。なお、視力は左右とも1.5であった(1982年当時)[3]

お笑いタレントとして活躍していたが(「今日は飛びませんね」という台詞の、セブンイレブンCMなどが有名[7])、一旦引退後[要出典]声優として復帰。

私生活では構成作家東野博昭1986年に結婚したが[8]およそ1年で離婚[9]。その後ミュージシャンと再婚したが[10]1年半後に2度目の離婚[11]1995年7月7日に一般男性と3度目の結婚をした[12]。また、吉本所属時代に明石家さんまからネタのアドバイスを受けたそのお礼の電話で「何が欲しいですか?」と訊いた時にさんまに「あなたが欲しい」と“告白”されたことを、2014年4月13日放送の『行列のできる法律相談所』(日本テレビ)にて明かした[12]

出演作品[編集]

テレビアニメ[編集]

1997年

1998年

1999年

2000年

  • おジャ魔女どれみ♯(ミミ、かずひろ、主婦、ノラネコ)
  • とっとこハム太郎(パンダくん)

2001年

  • クレヨンしんちゃん(いじめっこA)
  • も〜っと!おジャ魔女どれみ(ミミ、はづきのばあや、かずひろ)

2002年

  • おジャ魔女どれみドッカ〜ン!(かずひろ、ばあや、母親C)

2007年

2008年

2011年

  • とっとこハム太郎でちゅ(パンダくん)

2012年

OVA[編集]

2004年

劇場アニメ[編集]

1984年

ドラマCD[編集]

  • おジャ魔女どれみシリーズ
    • おジャ魔女CDくらぶ その3 おジャ魔女ハッピッピドラマシアター(ミミ、はづきのばあや)
    • MAHO堂CDコレクション その2 すくりーんテーマ&しーくれっと すと〜り〜(ミミ)

吹き替え[編集]

  • おてんばソフィー(アルビオン)
  • キャッツ&カンパニー(リフラフ)

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

バラエティ[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 解答者の紹介の際、司会の土居まさるからは、必ずと言っていいほど、「ゆう子ちゃん、このメガネ、レンズ入ってるの」と言い、それに対して斉藤は、そのメガネを外して、「入ってないよ~」と言っていた。
  2. ^ レギュラー前は1983年8月28日放送分にゲスト出演。

出典[編集]

  1. ^ a b c d サンデー毎日 1983年4月24日号 p135~137
  2. ^ a b c 斉藤 祐子”. 81プロデュース. 2018年4月27日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h Seventeen 1982年11月19日号 44-47ページ
  4. ^ a b c 週刊平凡 1984年11月30日号 82-83頁
  5. ^ a b c 週刊宝石 1983年8月5日号 150-153頁「人物日本列島」
  6. ^ a b c d 週刊文春 1983年1月27日号 109頁
  7. ^ 広告批評 1984年6月号 72-73頁
  8. ^ 主婦と生活 1986年8月号 168-169頁
  9. ^ 週刊文春 1988年6月16日号 61頁
  10. ^ 週刊明星 1991年8月22日・29日号 164頁
  11. ^ 週刊現代 1996年11月30日号 189-193頁
  12. ^ a b 元祖“バラドル”斉藤祐子 さんまに30年前“告白”されていた”. スポーツニッポン (2014年4月13日). 2014年4月14日閲覧。
  13. ^ SF新世紀 レンズマン”. マッドハウス. 2016年6月8日閲覧。

外部リンク[編集]