文化語 (朝鮮語)

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文化語
各種表記
ハングル 문화어(標準語: 북한어/북한말)
漢字 文化語(標準語: 北韓語/北韓말)
発音 ムンファオ(標準語: プッカノ/プッカンマル)
日本語読み: ぶんかご
ローマ字 Munhwaŏ(MR式
Munhwa-eo(2000年式
Pukhanŏ/Pukhanmal(標準語、MR式)
Bukhan-eo/Bukhan-mal(標準語、2000年式)
英語表記: North Korean standard language
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文化語(ぶんかご、문화어)は、朝鮮民主主義人民共和国(以下、「北朝鮮」)の標準朝鮮語である。『조선말대사전(朝鮮語大辞典)』(1992年刊)によれば、「主権を執った労働階級の党の指導のもとに、革命の首都を中心地とし、首都の言葉を基本として成り立つ、労働階級の志向と生活感情に合うように革命的に洗練され、美しく整えられた言語」とある。また、『朝鮮語規範集』(1987年,2010年)中の「文化語発音法」の総則によれば、「朝鮮語発音法は革命の首都・平壌を中心地とし、平壌語を土台として成り立った文化語の発音に基づく」とある。これらの規定によれば、北朝鮮の標準語は西北方言に属す平壌語を土台としていることになる。だが、標準語制定の歴史的経緯などを考えれば、文化語は純粋な平壌方言に基づくものではなく、ソウル方言を中心とした中部方言を土台とし、それに平壌方言的な要素や醇化による語彙整理の成果などを若干加味させつつ形作られたものであると考えられる。

背景[編集]

1945年の朝鮮解放後、38度線以北の北朝鮮では民間学術団体の朝鮮語学会(現・ハングル学会)が解放前に制定した「朝鮮語綴字法統一案」(1933年)と「査定した朝鮮語標準語集」(1936年)を引き続き使用した。朝鮮語学会の定めた標準語は「中流社会で用いるソウル語」としていたので,この当時の北朝鮮の標準語もこれに準拠していたと見られる。北朝鮮では「朝鮮語綴字法統一案」に代わる正書法として、1954年に「朝鮮語綴字法」を定めたが、この段階ではまだ旧来の「標準語」という概念を用いていた(第6章は「標準発音法および標準語と関連した綴字法」という見出しである)。その一方で、「朝鮮語綴字法」では「달걀닭알」(鶏卵)、「도둑도적」(泥棒)など、13の標準語の単語について修正を加えており、北朝鮮の言語使用の実情に合わせたと見られる若干の修正も試みられている。

1960年代に入り、いわゆる「主体思想」が台頭するとともに、言語政策においても北朝鮮の独自性を唱えるようになる。そのような中、1966年5月14日に金日成により「朝鮮語の民族的特性を正しく活かしていくことについて(조선어의 민족적특성을 옳게 살려나갈데 대하여)」が発表される。これはロシア語、英語、日本語などから導入された不要な外来語や不要な漢字語を固有語に言い換える国語醇化を推進することを主眼としたものであるが、標準語については以下のような言及がある。

「標準語」という言葉は別の言葉に言い換えねばなりません。「標準語」というと、あたかもソウル語を標準とするかのように誤って理解されるおそれがあるので、そのまま使う必要がありません。社会主義を建設している我々が、革命の首都たる平壌語を基準とし発展させた朝鮮語を、「標準語」と言うより別の名で呼ぶのが正しいです。
「文化語」という言葉もあまりよいものではありませんが、それでもそのように言い換えるのがよいです。

このようにして、ソウル語を基礎とした「標準語」と差別化を図る形で、北朝鮮の「文化語」という概念が形作られた。

特徴[編集]

文化語は、「平壌語を基準」としているとはいえ、その特徴をみる限り、平壌方言がそのまま導入されて形作られたとは見なすことが困難である。上述のような経緯から、朝鮮語学会が定めた(ソウル方言を土台にした)標準語を基に、醇化語を導入したり、いくつかの平壌方言的な要素を取り入れたりして修正した標準語が文化語であるということができる[1]

音韻[編集]

平壌を含む旧平安道一帯で使用されている西北方言(平安道方言)の特徴として、口蓋音化が起きていないことが挙げられる。朝鮮半島中南部の方言では、近世朝鮮語期において /i/ あるいは半母音 /y/ に先行する // が口蓋化し // に変化した。例えば、中期朝鮮語の「둏다(よい)」はソウル方言ではが口蓋音化して「좋다」となるが、平壌方言では「돟다」のようにが保たれる。また、平壌方言では母音 /i/ あるいは半母音 /y/ に先行する語頭の子音 // が脱落しない。例えば、「歯」の意の単語は、ソウル方言「」に対して平壌方言「」である。しかしながら、文化語はこのような平壌方言の典型的な音的特徴を反映しておらず、原則的に朝鮮語学会が定めた標準語と同様の音的特徴、すなわちソウル方言的な特徴をよく反映している。

なお、「로동(労働)」など語頭の /r/ 音を維持する発音規則は、1954年の「朝鮮語綴字法」においてすでに規定されている。

文法[編集]

文法項目を見ても、平壌方言的な特徴は文化語にほとんど見られない。例えば、「바다이(海が)」における母音語幹の体言に付く主格「-」、「(見たの?)」における下称の疑問形「-/-」など、平壌方言に見られるさまざまな文法的な形態の多くは、文化語に採用されていない。平壌方言に由来する文法形式で文化語に採用されたものとしては,過去継続を表す「-더랬-」などがある。

  • 학창시절에 권투를 하더랬다. 「学生時代にボクシングをしていた。」

文化語には、中部方言に由来すると推測される形式であっても、大韓民国(以下、「韓国」)の標準語と微妙に形式の異なるものがいくつかある。例えば,韓国の標準語形「-고자 하다」(…しようとする)に対して、文化語形は「-고저 하다」である。「-고저 하다」という形式は韓国の話し言葉においても現れる形式であり、そのような形式を文化語で採用したものと考えられる。

語彙[編集]

語彙は韓国の標準語との違いが最も大きい部分である。その要因として、(1) 社会制度の差異により諸般の社会的な用語が異なった、(2) 国語醇化により語彙に違いが生じた、という2点が挙げられよう。

方言的な要因による南の標準語との違いを見ると、若干の語彙において平壌方言に起因すると見られる語彙が存在する。

  • 강냉이(北)― 옥수수(南) 「とうもろこし」
  • 마스다(北)― 부수다(南) 「壊す」
  • 눅다(北)― 싸다(南) 「安い」

参考文献[編集]

  • 김일성

(1966) “조선어의 민족적특성을 옳게 살려나갈데 대하여

  • 김일성종합대학 조선어학강좌 (1968) ‘혁명의 붉은 수도 평양에서 이루어진 우리의 문화어’,“문화어학습창간호사회과학원출판사

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ リ・ギマン「朝鮮語の基準は平壌語」(文化語学習2003年第4号)では,「平壌語は,(中略)共和国北半部は勿論,ソウル語を始めとし南朝鮮各地で伝統的に用いてきた良い言語要素も吸収し発展させたものとして全体朝鮮人民が基準とし,発展させていかなければならない規範化された言語である。」とする。