敷波型駆逐艦

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敷波型駆逐艦
日本海軍の敷波
艦級概観
艦種 駆逐艦
艦名
前級
次級
要目
排水量 常備:400トン
全長 垂線間長:58.0m
全幅 7.4m
吃水 3.4m
機関 宮原2基
3気筒3段膨張レシプロ2基
2推進、3,000馬力
速力 22ノット
航続距離
燃料 石炭: 90トン
乗員 64名
兵装 47mm単装砲6基
37mm単装砲3基
45cm水上発射管2門

敷波型駆逐艦(しきなみがたくちくかん)は、大日本帝国海軍駆逐艦艦級英語版。本級も山彦型同様ロシア帝国からの捕獲艦であった。

概要[編集]

日露戦争でロシアから多数の艦艇を捕獲した海軍は、整備の上艦籍に編入した。本級は元ロシア水雷巡洋艦カザルスキー級 (Казарский) の「ガイダマーク」(Гайдамак) ならびに「フサードニク」(Всадник)[1]である。両艦とも1894年(明治27年)に竣工され、日露戦争で旅順港に沈没していたのを引き上げ、再整備した。

同型艦[編集]

敷波(しきなみ)
元ロシア水雷巡洋艦「ガイダマーク」。1905年(明治38年)8月に旅順で引き上げ、整備。同年10月31日に「敷波」と命名。1913年(大正2年)4月1日に除籍され、1914年(大正3年)8月23日に雑役船「敷波丸」となる。1915年(大正4年)6月28日に廃船となり、売却される。
巻雲(まきぐも)
元ロシア水雷巡洋艦「フサードニク」。1905年(明治38年)8月に旅順で引き上げ、整備。同年10月31日に「巻雲」と命名。1907年(明治40年)に整備完了。1913年(大正2年)4月1日に除籍され、1914年(大正3年)8月23日に雑役船「巻雲丸」となる。1915年(大正4年)6月28日に廃船となる。

出典[編集]

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  1. ^ 艦名表記と艦種ロシア語版は、児島襄日露戦争 第一巻文藝春秋東京1990年、586頁(ほか)(日本語)。ISBN 9784165063605。「水雷巡洋艦「ガイダマーク」と「フサードニク」」 を参照。

参考文献[編集]

  • 艦船模型スペシャル No.17 日本海軍 駆逐艦の系譜 1
  • 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』光人社、1993年
  • 福井静夫『福井静夫著作集第5巻 日本駆逐艦物語』(光人社、1993年)ISBN 4-7698-0611-6