政権戦略研究会

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政権戦略研究会
Tsutomu Hata 199404.jpg
略称 羽田グループ
設立年 2001年10月17日
設立者 羽田孜
種類 民主党グループ
メンバー 民主党所属国会議員
重要人物 羽田孜
関連組織 新生党
自由改革連合
新進党
太陽党
フロム・ファイブ
国民の声
民政党
保守新党

政権戦略研究会(せいけんせんりゃくけんきゅうかい)は、民主党グループ。通称、羽田グループ

概要[編集]

1998年4月の民主党結成に際して民政党から合流した羽田孜内閣総理大臣保守系・ハト派[1]の議員の集まりをもとに結成された。

2002年9月の代表選を契機に若手の多くが凌雲会前原グループ)や花斉会野田グループ)へと移ったため、以後は羽田ら旧民政党出身のベテランが中心となった。政権交代を実現する会鳩山グループ)とともに旧新進党出身の保守系議員の受け皿となってきたが、鳩山グループに移る議員も多かった。保守新党結成の例にみられるように離党者も多く出した。

協調して行動することが多い旧自由党系の小沢グループ、鳩山グループ、旧民社党系の民社協会川端グループ)とともに保守系グループとして一括りにされることもあった。また、小沢一郎に近い石井一から距離を置く渡部恒三まで幅広い議員が存在し、リーダーの羽田の高齢化に伴い求心力も低下したため、グループとしての結束力を低下させていった。

沿革[編集]

1998年4月の民主党結成に際して民政党から合流した国会議員を中心に形成された議員の集合体を前身とする。当初は党内での発言力確保を目的とし、最終目標としてリーダーの羽田孜の首相再登板を掲げていた。

2001年10月17日に保守系議員の結集を掲げて「政権戦略研究会」の名で正式に旗揚げし、10月23日にリーダーの羽田に加えて熊谷弘中野寛成石井一鹿野道彦岩國哲人らを顧問に迎えた集団指導体制をとることを決めた[2]2002年に入ると活動を活発化させ、2月13日にグループのメンバーが中心となって設立した「(選択的)夫婦別姓を慎重に考える会」の初会合を開き[3]、4月3日に「北朝鮮による主権侵害に毅然とした対応を求める要請書」[4]党代表鳩山由紀夫に申し入れた。

2002年9月の代表選では熊谷を中心としたベテラン、中堅の多くが岡田克也擁立に動いたのに対し、若手の多くが野田佳彦を支持して分裂状態となり、野田支持派は凌雲会前原グループ)や花斉会(野田グループ)へと移った。鳩山再選後の党役員人事では代表選への出馬を取りやめて鳩山の支援に回った中野が幹事長に起用され、露骨な論功行賞と批判を浴びた。鳩山の退陣論も出る中でグループは微妙な立場に立たされたが、自由党社会民主党との統一会派構想を提起して党の立て直しを唱えた[5]。12月の代表選で菅直人が岡田を破って代表に選出された直後、国会対策委員長を歴任した熊谷や佐藤敬夫などの有力議員が保守新党結成に参加してさらに打撃を受けた。

2005年9月の代表選で前原誠司が菅を破って代表に選出された後、2006年3月に堀江メール問題の責任を取って野田が国会対策委員長を辞任すると、後任に渡部恒三が起用された。4月の代表選では4月3日にグループとして小沢一郎支持を決定し[6]、小沢が代表に選出された。渡部は続投したが、9月の代表選後の党役員人事で退任した。

2009年5月の代表選では5月14日に自主投票を決定したが、羽田が鳩山支持を表明するなど、大半が鳩山を支持し[7][8][9][10]、鳩山が代表に選出された。8月の第45回衆議院議員総選挙を経た政権交代後の内閣人事では原口一博総務大臣北澤俊美防衛大臣として初入閣し、党役員人事では石井が選挙対策委員長に就任した。

2010年6月2日に鳩山が辞意を表明すると、続く6月の代表選では結成時の世話人を務めた樽床伸二が出馬したが、6月3日に自主投票を決定し[11][12]、菅が代表に選出された。その後の内閣人事では原口、北澤ともに再任され、党役員人事では樽床が国会対策委員長に就任した。

9月の代表選では自主投票の方向となり[13]、羽田ら一部が小沢の支援に回ったが[14][15][16]、菅が再選された。その後の内閣改造では北澤が留任し、鹿野が農林水産大臣に任命され、原口が退任した。2011年1月の内閣改造では鹿野、北澤が留任し、中野が国家公安委員会委員長として初入閣したほか、党役員人事では石井が選挙対策委員長に就任した。

2011年8月26日に菅が辞意を表明すると、続く8月の代表選では結成時の顧問を務めた鹿野と結成時の世話人を務めた後に自身のグループを立ち上げた野田が出馬したが、8月25日に自主投票を決定した[17][18]。結果は野田の当選に終わったが、代表幹事を務めた吉田公一や結成時の世話人を務めた松崎公昭など残るメンバーの多くが鹿野陣営につき、これをもとに素交会(鹿野グループ)が立ち上げられたため、党内主要グループとしての地位を譲ることとなった。

野田が代表に選出された後の内閣人事では鹿野が再任され、中川正春文部科学大臣前田武志国土交通大臣として初入閣し、中野が退任したほか、党役員人事では樽床が幹事長代行に就任した。2012年1月の内閣改造では鹿野、前田が留任し、中川が防災担当大臣「新しい公共」担当大臣少子化対策担当大臣男女共同参画担当大臣に横滑りしたほか、党役員人事では城島光力が国会対策委員長に就任した。6月の内閣改造では中川が留任し、羽田雄一郎が国土交通大臣として初入閣し、鹿野、前田が退任した。9月の代表選後の内閣改造では羽田が留任し、樽床が総務大臣、城島が財務大臣として初入閣し、中川が退任した。

2012年12月の第46回衆議院議員総選挙では羽田と渡部が政界引退を表明し、現職閣僚の樽床と城島が落選したほか、原口も小選挙区で落選して比例復活となった。12月の代表選後の党役員人事では中川が幹事長代行に就任した。2013年7月の第23回参議院議員通常選挙では石井が落選し、輿石東参議院副議長就任に伴う参議院議員会長選では北澤が出馬したが輿石に近い郡司彰に敗れた[19]

所属国会議員一覧[編集]

民進党結党時はグループとして存在していないため、元メンバーの2017年10月現在の状況を記す。

役員[編集]

顧問
羽田孜[2][注 1]
熊谷弘[2][注 2][注 1]
中野寛成[2][注 1]
石井一[2][注 1]
鹿野道彦[2][注 3][注 1]
岩國哲人[2][注 1]

衆議院議員[編集]

無所属(2名)
中川正春[注 4]
(8回、三重2区
金子恵美[注 5]
(2回・参院1回、福島1区
国民民主党(1名)
原口一博[4][注 6]
(8回、佐賀1区

参議院議員[編集]

国民民主党(2名)
羽田雄一郎[4]
(4回、長野県
増子輝彦
(3回・衆院3回、福島県

過去の在籍者[編集]

衆議院議員[編集]

国民民主党
無所属・その他

参議院議員[編集]

国民民主党
希望の党
無所属・その他

元衆議院議員[編集]

民進党
国民民主党
立憲民主党
希望の党
無所属・その他

元参議院議員[編集]

民進党
無所属・その他

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b c d e f 元職の国会議員。
  2. ^ a b 2002年12月に民主党除籍。その後の所属は保守新党
  3. ^ a b 羽田グループ離脱後の所属は鹿野グループ
  4. ^ 2018年5月に民進党離党。
  5. ^ 2018年5月に民進党離党。
  6. ^ a b c d e f g h i j 結成時の世話人。
  7. ^ 羽田グループ離脱後の所属は前原グループ。2017年10月に希望の党に合流。
  8. ^ a b c d e f g h i j k l 結成時の代理出席者。
  9. ^ 羽田グループ離脱後の所属は前原グループ。2017年10月に希望の党に合流。
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 結成時の出席者。
  11. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ。2012年7月に民主党除籍。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党生活の党無所属結いの党維新の党民進党旧維新の党グループ→江田グループ・松野グループ)→希望の党→国民民主党。
  12. ^ 2017年10月に希望の党に合流。
  13. ^ 羽田グループ離脱後の所属は野田グループ
  14. ^ 羽田グループ離脱後の所属は前原グループ細野グループ→細野派→旧細野グループ。2017年8月に民進党離党。その後の所属は希望の党→無所属。
  15. ^ a b 結成時の事務局員。
  16. ^ 羽田グループ離脱後の所属は 川端グループ鳩山グループ小沢グループ平野グループ高木グループ。2017年9月に民進党除籍。その後の所属は希望の党→無所属。
  17. ^ 羽田グループ離脱後の所属は野田グループ樽床グループ→無派閥。2015年11月に民主党離党。その後の所属は無所属(所属会派は「自由民主党無所属の会」)→自由民主党
  18. ^ 羽田グループ離脱後の所属は樽床グループ。2016年4月に民進党離党。その後の所属は無所属→希望の党→無所属。
  19. ^ 羽田グループ離脱後の所属は玄葉グループ。2014年2月に民主党除籍。その後の所属は無所属自由民主党二階派)。
  20. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ細野派→旧細野グループ旧高木グループ
  21. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鹿野グループ細野派→旧細野グループ(希望の党のグループ時代は客員参加)。
  22. ^ 2003年2月に民主党離党。2003年神奈川県知事選無所属で出馬し当選。2013年参院選当選後の所属はみんなの党次世代の党無所属(所属会派は「無所属クラブ」)→希望の党
  23. ^ 2002年12月に民主党除籍。その後の所属は保守新党自由民主党森派→町村派→細田派)。
  24. ^ 羽田グループ離脱後の所属は野田グループ。2018年10月に国民民主党除籍。
  25. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ。2012年7月に民主党離党。その後の所属はみどりの風無所属(所属会派は「民進党新緑風会」)。
  26. ^ 羽田グループ離脱後の所属は野田グループ
  27. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ鹿野グループ
  28. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鹿野グループ
  29. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ樽床グループ
  30. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鹿野グループ
  31. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ樽床グループ細野派→旧細野グループ高木グループ
  32. ^ 羽田グループ離脱後の所属は野田グループ。2017年10月に希望の党に合流。2018年5月に国民民主党に不参加。
  33. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ。2012年10月に民主党除籍。その後の所属は日本維新の会維新の党民進党旧維新の党グループ松野グループ)→希望の党
  34. ^ 2002年12月に民主党除籍。その後の所属は保守新党自由民主党二階グループ)。
  35. ^ 羽田グループ離脱後の所属は玄葉グループ細野派。2014年11月に民主党離党。2015年山梨県知事選無所属で出馬し当選。
  36. ^ 2003年8月に民主党離党。2003年埼玉県知事選に無所属で出馬し当選。
  37. ^ 2002年12月に民主党除籍。その後の所属は保守新党自由民主党山崎派)。
  38. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ小沢鋭仁グループ
  39. ^ 羽田グループ離脱後の所属は平野グループ鹿野グループ。2012年8月に民主党除籍。その後の所属は減税日本減税日本・反TPP・脱原発を実現する党日本未来の党無所属維新の党
  40. ^ 2003年1月に民主党離党。その後の所属は無所属自由民主党
  41. ^ 2007年4月に民主党離党。2007年練馬区長選無所属で出馬し落選。
  42. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鹿野グループ。2014年2月に民主党離党。同年11月に復党。2017年10月に希望の党に合流。2018年1月に希望の党離党。
  43. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鹿野グループ。2012年7月に民主党除籍。その後の所属は無所属日本維新の会次世代の党おおさか維新の会→日本維新の会
  44. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ。2008年10月に民主党離党(後に復党し再び離党)。その後の所属は減税日本日本未来の党無所属
  45. ^ 2002年12月に民主党除籍。その後の所属は保守新党自由民主党二階グループ)。
  46. ^ 2007年9月に民主党離党。2007年所沢市長選に無所属で出馬し落選。その後の所属は国民新党
  47. ^ 2005年9月に民主党除籍。
  48. ^ 2006年12月に民主党離党。2007年浜松市長選無所属で出馬し当選。
  49. ^ 2003年3月に民主党離党。2003年大分市長選無所属で出馬し当選。
  50. ^ 2003年7月に民主党離党。2003年福山市長選に無所属で出馬し落選。
  51. ^ 2002年12月に民主党除籍。
  52. ^ 2006年2月に民主党離党。2007年7月に復党。
  53. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鹿野グループ→大畠グループ
  54. ^ 羽田グループ離脱後の所属は平岡・近藤グループ。2012年7月に民主党離党。その後の所属は国民の生活が第一日本未来の党生活の党→生活の党と山本太郎となかまたち無所属民進党
  55. ^ 2003年12月に民主党離党。2004年大阪府知事選無所属で出馬し落選。その後の所属は国民新党
  56. ^ 2006年10月に民主党離党。2006年福島県知事選に無所属で出馬し当選。
  57. ^ 羽田グループ離脱後の所属は鳩山グループ。2013年11月に民主党離党。
  58. ^ 1999年8月に民主党会派離脱。その後の所属は自由民主党小渕派→橋本派→津島派→額賀派)→無所属
  59. ^ 2013年9月に民主党離党。その後の所属は無所属おおさか維新の会→日本維新の会
  60. ^ 2013年4月に民主党除籍。2013年佐賀市長選に無所属で出馬し落選。

出典[編集]

  1. ^ 世界情勢を読む会 『面白いほどよくわかる政治のしくみ : 国会、政党、官僚、選挙制度…日本政治のすべてがわかる!』 日本文芸社〈学校で教えない教科書〉、2010年、101頁、197頁。ISBN 9784537257984
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m “憲法改正などに取り組み/民主の政権戦略研究会”. 四国新聞. (2001年10月23日). オリジナル2012年9月12日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20120912075951/http://www.shikoku-np.co.jp/national/political/article.aspx?id=20011023000395 
  3. ^ “夫婦別姓が新たな火種に/民主、保守系議員が異論”. 四国新聞. (2002年2月16日). http://www.shikoku-np.co.jp/national/political/20020216000283 
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am “民主党若手議員が申し入れ” (プレスリリース), 救う会全国協議会, (2002年4月3日), http://www.sukuukai.jp/mailnews/item_631.html 
  5. ^ “統一会派構想も議論 民主の保守系議員が会合”. 朝日新聞. (2002年11月27日). オリジナル2002年12月1日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20021201101102/http://www.asahi.com/politics/update/1127/015.html 
  6. ^ 代表選を前にして - しのはら孝”. 2007年3月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月15日閲覧。
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  8. ^ “「鳩山優勢」民主代表選 でも世論調査は「岡田支持」”. J-CASTニュース. (2009年5月13日). オリジナル2009年5月17日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090517010419/http://www.j-cast.com/2009/05/13041061.html 
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  10. ^ “民主代表戦票読み…鳩山 115、岡田 105で大接戦”. 夕刊フジ. (2009年5月15日). オリジナル2009年5月18日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20090518100030/http://www.zakzak.co.jp/top/200905/t2009051553_all.html 
  11. ^ “【民主党代表選】羽田グループは自主投票”. 産経新聞. (2010年6月3日). オリジナル2010年10月19日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20101019172221/http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100603/stt1006031756022-n1.htm 
  12. ^ “【民主党代表選】「小沢氏はしばらく静かにした方がいい」 出馬会見で菅氏明言”. 産経新聞. (2010年6月3日). オリジナル2010年6月6日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100606173844/http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100603/stt1006032033028-n2.htm 
  13. ^ “民主代表選:世論重視 VS 組織固め”. 毎日新聞. (2010年8月28日). オリジナル2010年8月28日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100828052037/http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100828k0000m010088000c.html 
  14. ^ “民主代表選:激しさ増す多数派工作”. 毎日新聞. (2010年8月26日). オリジナル2010年8月27日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100827075630/http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100827k0000m010105000c.html 
  15. ^ “【小沢氏出馬】一騎打ちの民主代表選、多数派工作激化 鳩山、羽田両氏が小沢氏支持に”. 産経新聞. (2010年8月27日). オリジナル2010年8月29日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100829154548/http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100827/stt1008270027004-n1.htm 
  16. ^ “菅氏、地方でリード 国会票、小沢氏と競る 民主代表選”. 朝日新聞. (2010年9月11日). オリジナル2010年9月11日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20100911223024/http://www.asahi.com/politics/update/0910/TKY201009100540.html 
  17. ^ “鳩山氏・小沢元代表「マニフェスト重視」で一致 民主代表選巡り協議”. 日本経済新聞. (2011年8月25日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2502P_V20C11A8MM8000/ 
  18. ^ “海江田氏リード、過半数は微妙=野田、前原、鹿野氏2位競う―民主新代表29日選出”. ウォール・ストリート・ジャーナル. 時事通信. (2011年8月28日). http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-296051.html 
  19. ^ “民主参院議員会長に郡司氏 参院幹事長には羽田氏”. 朝日新聞. (2013年8月6日). オリジナル2013年8月8日時点によるアーカイブ。. https://archive.fo/20130808114942/http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130806-00000033-asahi-pol 

関連項目[編集]