擬凸性

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数学多変数複素函数の理論において、擬凸集合(ぎとつしゅうごう、: pseudoconvex set)は n 次元複素空間 Cn 内のある特殊なタイプの開集合である。擬凸集合が重要となるのは、それらが正則領域の分類に有用となるからである。

を領域、すなわち、連結部分集合とする。G が擬凸(あるいは、ハルトークス擬凸)であるとは、すべての実数 x に対して

G相対コンパクトな部分集合となるような、G 上のある連続多重劣調和函数 φ が存在することを言う。言い換えると、G が連続かつ多重劣調和なエグゾースチョン函数 (exhaustion function) を持つとき、その領域は擬凸である。

GC2(二階連続的微分可能)級の境界を持つとき、この概念はより簡単に扱えるレヴィ擬凸性となる。より具体的に、C2 級の境界を持つ G には定義函数が存在することが示される。すなわち、G = {ρ < 0} および G = {ρ = 0} を満たすような C2 級の ρ: CnR の存在が示される。今、G が擬凸であるための必要十分条件は、すべての p ∈ ∂G と、p での複素接空間内の w, すなわち

を満たすような w に対して、

が成立することである。

G の境界が C2 級でないなら、次の近似的な結果が有用となる。

命題1 G が擬凸であるなら、境界が C 級(滑らか)で、G 内で相対コンパクトであるような有界強レヴィ擬凸領域 GkG

を満たすものが存在する。

この命題がなぜ成立するかと言うと、定義におけるような φ に対して、実際に C エグゾースチョン函数 (exhaustion function) を得ることが出来るからである。

n = 1 の場合[編集]

複素一次元において、すべての開領域は擬凸である。したがって擬凸性の概念は、より高次元の場合においてより有意義となる。

レヴィの問題[編集]

「擬凸領域は正則領域か?」と問う問題をレヴィの問題という[1]。1911年にエウジェーニオ・エリア・レヴィ英語版によって提出された。

多変数函数論の発展に大きな影響を与えたこの問題は1942年に岡潔によって2変数の場合にまず解かれた[2]。その後1953年に岡によって一般次元の場合にも解かれ、1954年にハンス=ヨアヒム・ブレメルマン英語版フランソワ・ノルゲドイツ語版によっても独立に解かれた。なお、未公表ではあったが1943年に岡は一般次元の場合も解いていた[3]一松信も1949年に公表された日本語の論文の中で一般次元の場合を解いていた[4]

1958年にハンス・グラウエルト英語版は岡の証明を簡易化した[5]。1965年にラース・ヘルマンダー 方程式を直接解く方法による別証明を得た。

岡潔だけはこの問題をフリードリヒ・ハルトークスにちなむハルトークスの逆問題という名前で呼んでいた[6]。レヴィの問題と異なり、ハルトークスの逆問題では境界の2回連続微分可能性を課さないので、その意味でより一般的なのだという[7]

この問題の解決により、正則領域がはじめて境界局所的な概念によって特徴づけられた[8]

出典[編集]

  1. ^ 酒井 1960, p. 157.
  2. ^ 酒井 1957, p. 26.
  3. ^ Noguchi 2019, p. 19.
  4. ^ Noguchi 2019, p. 22.
  5. ^ Noguchi 2019, p. 23.
  6. ^ 高瀬正仁数学史における本質的連鎖と論理的連鎖  ---多変数函数論と虚数乗法論からの二つの例---」『19世紀数学史, 第1回数学史シンポジウム報告集』1号、津田塾大学数学・計算機科学研究所〈津田塾大学数学・計算機科学研究所報〉、1991年、11頁https://www2.tsuda.ac.jp/suukeiken/math/suugakushi/sympo01/01takase.pdf 
  7. ^ Noguchi 2019, p. 20.
  8. ^ 倉田令二朗『多変数複素関数論を学ぶ』高瀬正仁 解説、日本評論社、2015年、169頁。 

関連項目[編集]

参考文献[編集]

レヴィの問題[編集]