押部谷町

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押部谷町(おしべだにちょう)は兵庫県神戸市西区の地域冠称である。本項では同一地域にかつて所在した明石郡押部谷村(おしべだにむら)についても記す。

概要[編集]

押部谷町福住

神戸市の北西部にあり、かつては純農村地帯であったが、1970年代に神戸・大阪ベッドタウンとして西区の中では早くにニュータウン開発が進み[要出典]、人口が増えた。現在はニュータウン地区に人が多く住んでいるが、地区内には田畑が多く、特にイチゴの栽培が盛ん[要出典]である。

地理[編集]

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  • 笠松峠

歴史[編集]

おしべだにむら
押部谷村
廃止日 1947年3月1日
廃止理由 編入合併
岩岡村伊川谷村平野村神出村押部谷村櫨谷村玉津村神戸市垂水区
現在の自治体 神戸市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
明石郡
団体コード 存在せず
面積 29.52km²
総人口 3,443
国勢調査、1940年)
隣接自治体 明石郡神出村、櫨谷村、平野村、伊川谷村
美嚢郡志染村
武庫郡山田村
押部谷村役場
所在地 兵庫県明石郡押部谷村
外部リンク 存在せず
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沿革[編集]

村時代の人口・世帯数[編集]

  • 1905年 - 3765人604世帯
  • 1921年 - 3536人675世帯
  • 1930年 - 3505人657世帯
被差別部落の調査報告書『全国部落調査』(兵庫県 昭和10年1月現在)によれば、明石郡押部谷村の上西盛は「戸数42、人口211、主業は農業竹箒、副業は製品、生活程度は下」、同村の養田は「戸数24、人口152、主業は農業、竹箒、副業は藁製品、生活程度は下」である[1]
  • 1940年 - 3443人649世帯

経済[編集]

産業[編集]

  • 農業
『大日本篤農家名鑑』によれば、押部谷村の篤農家は「藪内正夫、藤本太右衛門、大西密治、大中役松、山口常七、寺口直三」などである[2]

地域[編集]

商業施設[編集]

住宅地[編集]

富士見が丘4丁目
美穂が丘4丁目

1970年から1980年代にかけて開発された。

  • 高雄台
  • 北山台
  • 富士見が丘
  • 月が丘
  • 美穂が丘
  • 桜が丘
  • 秋葉台

教育[編集]

中学校
小学校
特別支援学校

交通[編集]

道路[編集]

鉄道[編集]

バス[編集]

観光[編集]

特産物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『全國部落調査』財団法人中央融和事業協会、1936年、p29
  2. ^ 『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年、p125(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年4月28日閲覧。

関連項目[編集]