技術

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技術(ぎじゅつ)とは、かなり多義的に用いられる言葉であり[1]

  • ものごとを取り扱ったり処理したりするときの方法や手段。および、それを行うわざ[2]。ものごとをたくみに行うわざ[3]社会の各分野において、何らかの目的を達成するために用いられる手段・手法。
  • (19世紀以降の、東アジア人が持たされたイメージ) 科学を実地に応用して自然の事物を改変・加工し、人間生活に役立てる技[3]

概説[編集]

古代ギリシャで用いられていた語・概念「古希: τεχνη テクネー」が、ラテン語の「ars アルス」という語に訳され、フランス語「art アール」、英語「art アート」、ドイツ語「Kunst クンスト」に引き継がれ、それらの言葉・概念が翻訳され、翻訳語としても用いられている概念で、さらに、現代英語の「art」が「技術」と訳されていることもあれば、「technique」という言葉が「技術」と訳されていることもあり、さらに、technologyという言葉も「技術」と訳されることもあるので、その意味でも多様に用いられている。

そもそも《技術》の歴史というのを考えてみると、技術の誕生は人類の誕生と同じくらいに古い[1]。《技術》は、人類が19世紀ころに科学を作るよりずっと以前から発生していた[1]

《技術》が科学と接近したのは、あくまで1870年代以降の話であって、その年代ころから欧米の先進国で、(富国強兵主義、殖産興業主義が世界中に広まってしまい、各国がさかんに軍備を競い他国を侵略し戦争犠牲者を多数うみだしていた問題だらけの時代に)政府が軍備拡張や産業振興のために自前で研究所を設置するようになったり、また(それ以前には皆無だった)“大企業”がこの世に登場し、それが物理学者や化学者を雇用するようになってからの話なのである[1]

西欧文化圏に属する人々は、西欧における長い《技術》の歴史も、西欧における長い《知識》(フィロソフィアサイエンス)の歴史も、それぞれ別によく理解しており、別の概念として把握できている。だが、日本などの東アジアの人々には、ちょっとした歴史のめぐり合わせが原因で、それらの区別が困難になってしまった。日本などの東アジア諸国に西欧の近代科学が体系的な形で紹介されたのは19世紀後半になってからのことであったのだが、この19世紀後半は、たまたま運悪く(上述のごとく)ヨーロッパやアメリカでさかんに科学と技術を接近させ融合させようとしていた時期に合致し、東アジア諸国の人々は、そのように《技術》と《科学》一緒くたにされてしまった状態で、初めてそれらに出会い、それらを急いで導入しようとした結果、《技術》と《科学》の区別がうまくつけられなくなり、うまく識別できなくなってしまったことを、科学史や科学哲学を専門とする佐々木力も指摘している[4]

中国や日本では「技術」という言葉は古くから登場していたが、今とは意味が異なっており、江戸中期には当時の知識人が身に着けておくべき教養(マナー、弓術、馬術、音楽、文字、算数など)を意味していたことが文献からうかがえる。明治3年(1870年)に西周がMechanical artの訳としては「技術」を使い、これが現在の意味での技術の最初の例であると考えられている。明治4年に欧米の技術を取り入れる工部省という役所が公文書で同様の意味で技術を使い、明治16年には福沢諭吉が論説の中で技術という言葉を多く使用した。科学、技術が現在の意味で使われるようになった当初、科学技術という言葉は用いられず、大淀昇一によると、使われるようになったのは日中戦争が泥沼化していた昭和15年ごろである。当時の技術官僚の間で使われるようになったもので、「技術は科学に基づいていなければならないという課題と、また科学は純学術的なものでもなく、また人文科学でもなく技術への応用を目指したものでなければならぬという課題、この二つの課題をまとめて「科学技術」という」という当時の技術官僚の発言が残されている。昭和15年に有力技術者団体が政府に提出した意見書で、「科学技術」は「科学および技術」の意味で使われた。昭和15年時点では「科学乃技術」の方が一般的だったが、緊迫した戦時下の状況で科学技術を振興しようという機運が高まって急速に普及し、昭和16年には広く受け入れられたと考えられている。平野千博は、「科学技術」普及の背景には、「科学技術の振興により国家に貢献しようという技術官僚の運動があったことがうかがわれる」と述べている。[5]

日本では、(上述のように)科学と技術が融合したような独特の状態を区別する時は「科学技術」と表現されるようになった。欧米でアメリカのジャクソニアン・デモクラシー時代から「en:technology」という言葉が人々に普及するようになり[1]、日本人が「科学技術」と表現するような概念を表現するのにも用いられるようになった。(テクノロジーについては別記事で解説する)

ドイツ語の語彙に「Technik テヒニーク」と「Techinologie テヒノロギー」があり、テヒニークは即物的なものに用い、テヒノロギーは「学問」の意味に使うことが多いものの、両者は必ずしも厳密に区別して使われているわけではない。さらに、英語の「technique テクニク」と「technology テクノロジー」では、しばしば混同され、それが翻訳されることによってさらに混線が生じ、日本語では英語でtechnologyと表現しているものを翻訳する時に、短く「技術」としてしまうこともしばしばである[1]。普段は特には問題は生じないが、「《技術》とは何か?」という本質的な問題を論ずるときには、この混同・混線が原因で、しばしば混乱が生じている[1]

technologyの用法のひとつに、「技術学」(技術についての学問)として用いる用法がある。なお、技術学の中で技術を論じる場合には手段と能力とは明確に区別される。

ここでは学問における技術ではなく、一般的な技術について記述している。

概念史、翻訳史[編集]

古代ギリシャで用いられていた語・概念「古希: τεχνη テクネー」が、ラテン語の「ars アルス」という語に訳され、フランス語「art アール」、英語「art アート」、ドイツ語「Kunst クンスト」に引き継がれ、それらの言葉・概念が翻訳された。

18世紀フランスの百科全書派ディドロは、技術に「同一の目的に協力する道具規則」という定義を与えてみせた[1]。同じくダランベールは『百科全書』の序論で、フランシス・ベーコンの「変化させられ、加工される自然」という概念を用いつつ、技術の歴史というのを描いてみせた[1]

日本では明治時代には、mechanical artの訳語として「技術」が用いられた。明治時代に西周が『百学連環(百學連環)』で「mechanical artを直訳すると器械の術となるが適当でないので技術と訳して可である」としたことによる。そこには「術にまた二つの区別あり。mechanical art and liberal art」とも述べられている。

技法と技能(スキル)[編集]

創作活動等において技・技術を屈指して用いるさまざまな手法を技法(ぎほう)という。技術を用いる能力は技能(ぎのう)と呼ぶこともある。希少価値のある高度な技能は一般に高く評価され、保護の対象となる。

技と術[編集]

技と術(すべ・じゅつ)は人の能力・機能・動きを表す概念である。は特定の目的を持ち、その目的を果たすための手段・手法であるが、これを体系的にまとめたものをという。取りまとめた人・集団により流派が派生しており、途中で改変を施されて分派が進んでいる。その一方で混乱を避けるために統一を図る動きもあり、分野によっては、世界的に統一されているものもある。

技の一覧[編集]

術の一覧[編集]

編み出す技術(エンジニアリング)[編集]

エンジニアリングengineering)とは、産業革命時代のイギリスでのエンジンに由来し、当時は蒸気機関をさした。蒸気機関を製作・操作・修繕維持改良する人をエンジニアと呼ぶようになった。現在の意味は、自然界の現象を現実的な人間の手段として利用するため、道具(ツール)や体系(システム)をつくる(設計(デザイン)・構築(ビルド)する)という目標(ゴール)があり、そのなかでの「設計や構築の方法」をエンジニアリングという。現代ではエンジニアとは、自然法と社会の必要性の制限の中でテクノロジーを創り出す人のことをいう。また、エンジニアリングの学問として工学がある。

技術の伝承[編集]

先人の編み出した技術は修行や模倣により伝承されるが、職人芸(技能)と言われるような個性的・独創的な技を継承することは困難である。ただ、作品に込められた技の痕跡を確認することによってその業績を知ることができる。

技術と道具[編集]

技術と道具は協調して発展してきた。技術の必要を満たすために道具が開発され、新たな道具の出現により技術が進歩してきた。さらに科学的発見による科学理論の深化発展が応用(科学技術)され、画期的な発明が数々なされることにより、地球環境を大きく変動させるまでにいたっている。

編み出された技術(テクノロジー)[編集]

人間が産みだした技術は、長い歴史の中で蓄積されて利用されており、文明社会を支えている。人間が社会の機械化・情報化を推し進めたことで、技術は人間に欠けている機能を補完し、人間の意思決定の影響を巨大化させた。更には、特定の用途のみでは有るが、人間に代わって膨大なデータを利活用して高度な意思決定を行う人工知能技術が社会インフラとして機能するようになってきている。この結果、人間の役割は技術自体の開発から利用に比重が移りつつあり、少数の人間の意思決定により地球環境を激変させることも可能となった。

科学技術[編集]

mechanical artとはテクノロジー(technology)のことである。mechanical artの訳としての「技術」は日本的視点におけるいわゆる西洋的な概念である。この意味でのテクノロジーとはサイエンスとエンジニアリングによって生み出されたものをさす(詳細は以下のテクノロジー)。

日本語としての技術という語は技能や技の意味も含み、英語: skillスキル)がその対訳となる。英語でのテクノロジーとスキルは明確に異なるが、日本語を使う上で技術は文脈によって使い分けられる。たとえば、「ものづくり日本」という中で使用される技術という言葉にはテクノロジーもスキルの意味も含まれることがある。

テクノロジー[編集]

サイエンス(science)とは、自然界の現象を探求する公式な方法のことであり、サイエンスにより世界についての情報と知識を得るが、テクノロジーは、このサイエンス及びエンジニアリングという2つの方法に、社会の要請があって生み出されたものをいう。一般的にはテクノロジーといえば、(サイエンスの結果はどうあれ)「エンジニアリングによって生み出された(結果の)もの」をさす名称として用いられることが多い (en:Technology#Definitions)。

日本語として、サイエンスが科学と訳されるのは一定しているが、エンジニアリングとテクノロジーについては、おのおの工学および技術と当てはめられることもあるが、一般には文脈によってそれぞれともに技術と訳されたり工学と訳されたりする場合も多い。そのため、エンジニアリングとテクノロジー双方を含む概念として使用されていることも多い。技術がテクノロジーの対訳となる場合、上記にあげたようにエンジニアリングの結果生み出されたものをさす。

つまり、日本語の技術とは文脈によってエンジニアリング(編み出す技術)、テクノロジー(編み出された技術)、スキル(技法と技能)のどれかひとつをさすこともあれば、いずれか二つの意味を持つ場合や、さらには、それらが一体となった意味としても使用されることもある。

以下にあげるカテゴリーはエンジニアリング、テクノロジー、スキルいずれのカテゴリーでもある。

失われた技術[編集]

また、技術には失われるものもある。何らかの理由により現代では失われてしまった技術で主に、過去に開発されながら後世に伝えられず絶えた技術体系について述べる。

発生の要因[編集]

技術が失われる要因は様々であるが、主に以下のことが原因であると考えられている。

後継者が途絶え、技術が失われる(例:ギリシアの火
職人による普遍的な工程が秘儀的な扱いになるなどした結果、後継者となる世代に広く十分に技術が伝承されなくなる。
環境の変化により、技術が育まれる基盤が消失する(例:ローマ水道
技術を伝えていた集団の属する文明が衰退したり、社会基盤を喪失したり、あるいは特定の原料が産出される地域から原料が得られなくなるなど。またかつて権力者がその権力と財力で保護していた産業が、後ろ盾となっていた権力を失って衰退するケースも挙げられる。これについては、大規模な天変地異や気候の変化による文化の変質、異文化による侵略略奪なども要因となる。
別のテクノロジーの発展により、衰退する(例:和算
新しい技術が単純により優れていたり、または「品質面ではやや劣るが、コストや時間的に効率よく大量に製造できる」という場合には、旧来技術は失われやすい。これは旧来技術では製造にコストや時間が掛かりすぎる場合、それに見合わない質の高い製品を作るより、新技術でやや質の低い製品を短時間で大量に提供できた方が、社会全体にとって有益であるためである。

失われた技術の例[編集]

北宋汝窯青磁
青磁の最高級品として著名。澄み切った青空のような色彩(一部釉薬にメノウを混ぜ込んでピンク色を呈することもある)で知られ、現存数は少ない。復元への試みがなされている。
南宋曜変天目茶碗
漆黒を背景に青・群青・銀・黄色など玄妙な光沢・色彩を呈する陶器。世界で3点(ないし4点。すべて日本に存する)しか現存しない。現在、技術復元への努力が一部の陶芸家によって続けられている。
共和政ローマおよびローマ帝国ローマ水道
大繁栄を誇っていたローマ帝国の分裂、滅亡によって技術が大幅に衰退。
東ローマ帝国ギリシアの火
国家機密とされていたために、帝国の滅亡とともに製造方法が失われた。
古代ローマガルム(魚醤)
醍醐
仏教の影響により平安時代以降、日本において乳飲料を飲用する習慣がなくなり、製法が絶える。
ダマスカス鋼
古刀と呼ばれる日本刀
慶長年間以前に製作された刀を古刀と呼ぶが、この年代を境として日本刀の製作方法や用いられる鉄材に大きな変化があった。慶長年間以降の日本刀を新刀と呼ぶが、不思議なことに鉄の精錬技術が未熟であったはずの古刀期の日本刀の方が、刀鍛冶同士の技術交流や鉄の精錬技術が進んだ新刀期以降の日本刀よりも優れた作品が多いとされている。
西洋剣術
ヨーロッパでは銃器の発達により戦場での実践剣術は失われた。現在では武術考古学とでもいうべきアカデミックな研究が行われており、古い文献などから復元を試みている研究者や観光資源として再現している人物がいるが、日本の剣術のように代々伝えている伝承者は存在しない。
ストラディバリウスの製作技術
弦楽器の代表的な名器を生んだ職人アントニオ・ストラディバリには純然たる後継者がおらず、その製作技術は失われた。後に多くの楽器職人や研究者がその音の秘密に挑んでいるが、未だに完全な解明はなされていない。
戦艦主砲
第二次世界大戦後は、主に航空母艦の台頭や航空機ミサイルの発達という理由により戦艦が無用の存在となり、12インチ(30.5cm)~20インチ(50.8cm)クラスの大口径砲の製造技術も失われてしまっている。
SDガンダムプラモデルにおける輝羅鋼
1990年代末期に大ブームとなったSDガンダムにおける戦国伝では、その章のラストキットにおいて『輝羅鋼』と称される多色成形メッキパーツが付属したが、分社化や不況に伴う子会社の倒産などの影響があり、金型からの成形技術が僅かな期間で喪われている。

フィクション作品における位置付け[編集]

サイエンス・フィクション(SF)などでは、現実的な科学的見地に立つハードSFのような作品では余り扱われない題材だが、より空想の範囲を広げたガジェットSFやスペースオペラに類する作品においては、オーバーテクノロジーと共にしばしば「理解できない(ブラックボックスの)物品なので、細部の機構的な説明ができない」として、現実的な既存の技術を無視する事が出来るために格好の題材として扱われ、「原理のみが大まかに語られる」という扱われ方をしている。

また、ファンタジーや歴史劇的な世界観にSF的な要素を持ち込む手段としてこの『失われた技術』が登場することもあるが、こちらはいわゆる超古代文明などの延長的なものに過ぎず、オーパーツなどとの概念上の交雑が見られ、作中の世界観からすれば定義どおりではあるが、現実の『失われた技術』とは隔たりが大きい。

失われた技術の関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i [1][リンク切れ]
  2. ^ デジタル大辞泉 [2]
  3. ^ a b 広辞苑 第五版 p.643 技術
  4. ^ 佐々木力 『科学論入門』 岩波書店1996年、20頁。
  5. ^ 平野千博「「科学技術」の語源と語感 (PDF) 」 、『情報管理』第42巻、1999年8月

関連項目[編集]