手塚強

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
D1GPドライバー 手塚強
生年月日1975年12月14日
D1GP参戦マシントヨタ・チェイサー (JZX81)
マシン 2台目トヨタ・マークⅡ (JZX81)
マシン 3台目 日産・スカイライン (HCR32)
マシン 4台目日産・スカイラインGT-R (BNR32)
マシン 5台目日産・スカイラインGT-R (BNR34)
マシン 6台目トヨタ・マークⅡ (JZX100)
マシン 7台目トヨタ・86 (ZN6)
所属チーム GOODYEAR Racing with Bee☆R
初参戦 2001年 第1戦
最高位 優勝

手塚 強(てづか つよし、1975年12月14日 - )は、岐阜県各務原市出身の全日本プロドリフト選手権(D1グランプリ)に参戦するレーサー。 自動車販売会社「BEAST-R(ビーストアール)」の代表。

愛称は「つよぽん」。

略歴[編集]

D1には初年度の2001年より参戦。JZX81型マークIIを駆り、迫力のある走りを持ち味としていた。2001年開幕戦エビスでは3位に入賞したが、その後はミスの多さやマシンの老朽化からなかなか結果を残せず、ランキング中位から抜け出せずにいた。しかし、2005年よりBee☆R(ビーレーシング)のBNR32スカイラインGT-Rにマシンをチェンジしてから、追走にも進出するようになる。2006年第7戦では、チャンピオン争いをしていた野村謙(ベスト16)、風間靖幸(ベスト8)、熊久保信重(ベスト4)を次々と破り、自己最高位の2位を獲得。2007年に入ってからは安定して上位に顔を出し、シードの常連となっている。攻撃的な走りから、追走でのクラッシュが多い。2008年第3戦での鈴鹿サーキットでは念願の初優勝を飾った。

2008年途中より、ER34型スカイラインクーペにて、D1ストリートリーガルにも参戦している。

2009年5月に東京お台場で開催された、D1エキシビジョンマッチTOKYO DRIFTにて、野村謙とサドンデス3回に渡る接戦の末、見事な攻撃的追走により、優勝を飾る。 シリーズランキングトップのまま最終戦を迎えたが、今村陽一選手に僅かな差でポイントを逆転されてしまい、シリーズチャンピオンを逃し、ランキング2位で2009年シリーズを終える。


2010年 D1GPシリーズ第4戦の岡山国際サーキット戦では、決勝で同チーム(GOODYEAR RACING)のゼロクラウンに乗る時田雅義を破り、シリーズ2勝目を挙げる。

2014年JZX100型マークIIで参戦発表するが、初戦の富士はマシン製作が遅れてしまいBee☆Rスカイラインで参戦する。 第二戦鈴鹿から新車トヨタ・マークIIで参戦する。

2014年 2015年 D1GPロシアシリーズに、自身の練習機JZX100型マークIIを運び参戦。

2016年 D1GP参戦休止。

2017年 D1GPへ復帰。 チームBee☆R製作の最大約1000馬力を発生する2JZエンジン搭載のFT86にて参戦。 復帰1戦目にてベスト8まで勝ち進みシード入りし、続く2戦もベスト8入りを果たす。

2018年 D1GP引退。

2019年 仲良しである内海彰乃のスポッターとして起用され、シリーズを通してD1GPに参加。

2020年 昨年に引き続き、内海彰乃のスポッターに抜擢され、D1GPシリーズに参加する事に決定。

エピソード[編集]

  • 根っからの暑がりであり、真夏のシーズン戦はやや苦手としている。そのため、オートポリスやエビス南などのサマーラウンドでは、よく熱中症でフラフラしている姿を見ることができる。
  • 強面な外見から絡みづらく思えるが、実は心根は優しいアニキ的存在である。
  • 彼の操るスカイラインには、痛車を思わせるステッカー(ちゅるやさん)がBee★R今井代表の趣味で貼られている。しかし手塚選手本人はちゅるやさんの事を知らない。
  • パソコンが得意で、自身のHPも自分ひとりで作り上げたという。
  • カレーを「飲みもんや!」とかたくなに主張している。
  • 座右の銘は、記録より記憶。
  • 超接近ドリフトで、自車のフロントタイヤを軽く当てて、前車のボディーに、自車のフロントタイヤの跡を付けるのが最近の趣味らしい。
  • 同じD1グランプリドライバー内海彰乃とは仲良しである。
  • エンジン付きの乗り物が大好きで、普通自動車以外にも、大型自動二輪、2級船舶免許、特殊小型船舶免許も取得している。
  • 趣味はドリフトラジドリオートバイ釣り水上バイクなど比較的乗り物に関する物が多い。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]