戸越銀座
戸越銀座(とごしぎんざ)は東京都品川区豊町および、戸越、平塚にまたがる戸越銀座通りに沿った商店街で、3つの商店街からなっている。
全長約1.3キロメートル (km) にわたる関東有数の長さの商店街である[1]。店舗数は約400店でキャッチコピーは「遊びにおいでよ 戸越銀座」[2]。
概要
[編集]JR山手線の五反田駅から南に約1.3 kmの位置にあり、戸越銀座商栄会商店街(商栄会)、戸越銀座商店街(中央街)、戸越銀座銀六商店街(銀六会)の3つの商店街からなる。一般に戸越銀座とはこの3つの商店街の総称として使われ、商店数は約400軒にのぼる[3]。全国各地に300以上あるといわれる「○○銀座」の第一号でもある[1]。
一番長いのが戸越銀座商店街(中央街)、次いで戸越銀座商栄会商店街(商栄会)、戸越銀座銀六商店街(銀六会)であり、商店街ごとにアーチや街路灯のデザインが異なる。
マスコットキャラクターに戸越銀次郎(通称、銀ちゃん)がいる。
1923年(大正12年)の関東大震災で大きな被害を受けたあと、低地であったため冠水に悩み、道路は雨のたびに泥濘(ぬかるみ)になる有様であった[3]。同じように関東大震災で被災した銀座では、東京が国から援助を受けて大規模な復旧に乗り出した際に、道路舗装に使用していたレンガを撤去してアスファルト化することとなり、レンガが大量のがれきとなった[4]。そこで戸越商店街では、不要になった銀座のレンガを貰い受けて道路に敷き詰め、排水や下水工事に活用した[1]。戸越が震災からいち早く復旧できたのは、銀座から貰い受けたレンガによるところが大きかったため、この縁から戸越で商店会を設立する際に「戸越銀座商店街」と命名された[5]。
「戸越銀座商店街」として地域団体商標に登録されている[6]。
歴史
[編集]- 1927年(昭和2年)8月28日 - 池上電気鉄道(現在の東急池上線)が開通し、同商店街の玄関口となる戸越銀座駅が設けられた。
- 1992年(平成4年)12月20日 - 駅付近で不発弾の撤去が行われた[7]。
- 2006年(平成18年) - 東京都ヒートアイランド対策にてドライミスト装置設置事業補助金の対象に決定し、モイスチャーミストを導入。
- 2006年(平成18年)度 - 品川区と商店街連合会により、無電柱化事業が進められ、2016年4月に完成した[8]。
- 2009年
- 3月 - 「新・がんばる商店街77選」に選ばれた。
- 各店舗が独自に「戸越銀座コロッケ」を開発、B級グルメとして売り出す取り組みが始まる[9]。
- 2025年(令和7年)9月11日 - 集中豪雨により一部店舗で床下浸水の被害が発生[10]。
交通
[編集]関連項目
[編集]脚註
[編集]- ^ a b c 浅井建爾 2001, p. 155.
- ^ じゅん散歩 2015年11月3日放送
- ^ a b 浅井建爾 2001, pp. 154–155.
- ^ 浅井建爾 2015, p. 182.
- ^ 浅井建爾 2015, p. 183.
- ^ “商標登録第6583223号 戸越銀座商店街(とごしぎんざしょうてんがい)”. www.jpo.go.jp. 経済産業省特許庁 (2022年8月5日). 2023年1月29日閲覧。
- ^ “戸越銀座駅付近で不発弾処理 3”. 品川区 (1992年). 2025年9月14日閲覧。
- ^ 戸越銀座 抜けていく空 商店街の電線地中化が完成東京新聞 2016年4月4日
- ^ “戸越銀座 復活の知恵 「ここにしかない商品」開発”. 読売新聞オンライン (2025年1月6日). 2025年9月14日閲覧。
- ^ “首都圏大雨、世田谷などで河川氾濫 大田区でコンテナ倒れ2人死傷”. 朝日新聞DIGITAL (2025年9月11日). 2025年9月14日閲覧。
参考文献
[編集]- 浅井建爾『道と路がわかる辞典』(初版)日本実業出版社、2001年11月10日。ISBN 4-534-03315-X。
- 浅井建爾『日本の道路がわかる辞典』(初版)日本実業出版社、2015年10月10日。ISBN 978-4-534-05318-3。
