戸定邸

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戸定邸
Tojo tei 2009.jpg
戸定邸と庭園
戸定邸の位置(千葉県内)
戸定邸
情報
用途 資料館
旧用途

旧水戸藩主別邸[1][2]

のち松戸徳川家本邸
建築主 徳川昭武[3]
事業主体 松戸市
管理運営 松戸市
構造形式 木造、桟瓦葺・銅板葺
階数 1階
竣工 1884年明治17年)
改築 なし
所在地 271-0092
千葉県松戸市松戸642-1
座標 北緯35度46分39.6秒 東経139度53分56.3秒 / 北緯35.777667度 東経139.898972度 / 35.777667; 139.898972座標: 北緯35度46分39.6秒 東経139度53分56.3秒 / 北緯35.777667度 東経139.898972度 / 35.777667; 139.898972
文化財指定 国の重要文化財、国の名勝(庭園)
指定日 (重文)2006年平成18年)7月5日
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戸定邸(とじょうてい)は、水戸藩最後(11代)の藩主だった徳川昭武[4]千葉県東葛飾郡松戸駅(現:松戸市松戸)に造った別邸。

国の重要文化財[5]。「戸定館」とも呼ばれる[6]。重要文化財指定名称は、旧徳川家住宅松戸戸定邸。また庭園は「旧徳川昭武庭園(戸定邸庭園)」として国の名勝に指定されている[7]1991年平成27年)11月3日に「戸定が丘歴史公園」として整備されて一般公開となった[8]国土交通省の「関東の富士見百景」や[9]歴史公園100選」にも選定されている[8]

沿革[編集]

松戸宿江戸時代には江戸と水戸を結ぶ水戸街道宿場町であり、同邸そばの松戸神社には水戸藩2代藩主徳川光圀ゆかりの銀杏の樹があるなど、古くから水戸藩とつながりの深い土地であった。

1884年明治17年)に完成し、昭武の生活の場として使われた。明治30年代に実兄である元将軍徳川慶喜が何度か訪れ、昭武とともに趣味の写真撮影などを楽しんだ。多くの皇族が長期に滞在するなど、由緒のある屋敷として知られた。1892年明治25年)、昭武の子の武定が特旨によって子爵を授けられると、以後は松戸徳川家の本邸となった。

備考[編集]

  • 1951年昭和26年)、武定により建物と敷地が松戸市に寄贈された。
  • 江戸時代の下屋敷の構築を留めている。庭園は2015年平成27年)3月10日の国の名勝に指定された[7]
  • 建物は2006年(平成18年)7月5日に国の重要文化財に指定された[5]

文化財[編集]

重要文化財
  • 表座敷棟
  • 中座敷棟
  • 奥座敷棟
  • 離座敷棟
  • 玄関棟
  • 台所棟
  • 湯殿
  • 内蔵
国の名勝
  • 庭園

戸定が丘歴史公園[編集]

1991年平成27年)11月3日に「戸定が丘歴史公園」として整備されて一般公開となった[8]。 同公園は戸定邸と庭園、博物館である戸定歴史館から構成されている。

歴史館では松戸徳川家徳川慶喜家の資料が展示され、幕末に昭武が訪れたパリ万国博覧会の関係資料など幕末から明治にかけての国際交流と徳川慶喜・昭武兄弟が撮影した写真をメインテーマに、展覧会などが行われている。

周辺[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ “房総の駅百景 バス戸定館(松戸市) 貴重な水戸徳川家の別邸”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 朝刊 8. (1995年2月17日) 
  2. ^ “松戸・戸定が丘歴史公園 来月3日オープン 第11代水戸藩主・徳川昭武別邸を復元”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 朝刊 26. (1991年10月13日) 
  3. ^ “着々と完全修復作業 徳川昭武の大名屋敷「戸定邸」 来年4月には完成へ 松戸”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 朝刊 16. (1997年10月22日) 
  4. ^ “歴史公園100選に選定 松戸「戸定が丘歴史公園」 最後の水戸藩主ゆかり”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 朝刊 15. (2007年4月13日) 
  5. ^ a b “重文指定記念イベント 松戸戸定邸 あすから”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 朝刊 15. (2006年10月27日) 
  6. ^ “徳川家ゆかりの遺品 「戸定館」へ 子孫が提供を約束 松戸 新設「陳列館」の目玉に”. 読売新聞 (読売新聞社): p. 朝刊 22. (1987年12月3日) 
  7. ^ a b “戸定邸庭園など国名勝指定”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 朝刊 10. (2015年3月12日) 
  8. ^ a b c “松戸市歴史公園 装い新たな戸定邸 昭武公の生涯紹介も きょうから一般公開”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 朝刊 13. (1991年11月3日) 
  9. ^ “銀嶺くっきり 国交省「関東の富士見百景」に松戸市の戸定邸 美しい地域づくり弾み”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 朝刊 15. (2005年11月16日) 
  10. ^ “「戸定が丘」に行幸啓記念碑 水戸藩主の居宅や千葉大園芸学部が所在 大学の応援組織も発足 歴史文化的価値高める狙い 松戸”. 千葉日報 (千葉日報社): p. 朝刊 15. (2010年5月19日) 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]