成田童夢
| 成田 童夢 | |||||||
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| 名前 | |||||||
| 本名 | 成田 童夢 | ||||||
| カタカナ | ナリタ ドウム | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 種目 | スノーボード | ||||||
| 生年月日 | 1985年9月22日(31歳) | ||||||
| 生誕地 | 大阪市住之江区 | ||||||
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成田 童夢(なりた どうむ、1985年9月22日 - )は、元スノーボード選手、サブカルチャータレント。大阪市住之江区出身。血液型AB型。トリノオリンピック・スノーボードハーフパイプ日本代表。アニメ、漫画、ゲーム、アイドル等の情報発信やMC、オタ芸師を主な活動範囲としている。また、舞台やショートムービーの俳優業も務め、マルチタレントとしても手広く活動中である。
父はスノーボードコーチの成田隆史、妹は元スノーボード選手の今井メロ、弟はフリースタイルスキー選手の成田緑夢(ぐりむ)。
目次
来歴[編集]
成田家の長男として生まれ、幼少期からウェイクボードなど様々なスポーツで父成田隆史の指導を受け、モーグル競技では全日本に参戦した。
エア・トリックの練習用に、実家の屋上にはトランポリンが設置されており[1]、そこで父とのトレーニングをしたことがある。
9歳からスノーボードを始めたが、当初「スノーボードなんてやりたくない!!」と発言し、本人曰く「スノーボーダーになることではなくアニメの声優になることが夢だった」が、父に「声優になりたい」と申し出て父から「まずはオリンピックに出ろ、そこからはお前の好きなようにしていい」と言われ、それで「オリンピックに出れば父から解放される!!」と思い込み、それで声優になりたいがためだけにオリンピック出場を目指してスノーボードを始めたとのこと[1][2]。
16歳でナショナルチーム強化指定選手になり、2002年3月に全日本スキー選手権大会スノーボード競技で初優勝。
更に2002年12月のスノーボード・ワールドカップウィスラー大会(カナダ)で初優勝したが、翌年2月に左膝のじん帯をほとんど切るという大怪我をしたにもかかわらず同年12月11日ワールドカップウィスラー大会で優勝。バルドネッキア(イタリア)大会では成田夢露(現・今井メロ)と兄妹表彰台を飾った。
大阪市立加賀屋中学校卒業後、スノーボードに専念するため高校には進学していない。
成田隆史の運営する「夢くらぶ」に所属していたが、指導方針の違いなどから、2005年6月半ばに脱退、独立した。ほぼ同時に妹の夢露が成田から母親の姓となる今井に姓を変え、登録名を現在の『今井メロ』となった事で、成田家を崩壊させてしまったとテレビで語っている[1]。
ワールドカップを転戦し好成績をおさめ、2006年トリノオリンピック(イタリア)日本代表の座を勝ち取った。
しかし五輪では一本目31.5が最高点で予選敗退。
応援してくれた人達への感謝と、結果を残せなかったことを深く反省する旨のコメントを残し[3]、以降一時メディアから姿を消した。
トリノオリンピックでは、ヒップホップアーティストであるKREVAの曲「国民的行事」で出走し、競技中にはアニメ「美少女戦士セーラームーン」のOP曲『ムーンライト伝説』で滑走していた。
イヤホンで競技中に音楽を聴きながら滑る選手は多いが、成田童夢は大きなヘッドホンで音楽を聴きながら滑るのが象徴的である。
2010年8月21日、芸能活動第1弾企画として1日1000回のブログの更新をした[4]。
トリノオリンピックから1年後の2007年に怪我をして、その後は二度とオリンピックに出ることなく、オリンピックはおろかスノーボーダーそのものからも現役を引退し、その後は無職となって引きこもり生活に陥り、ある時期にはスノーボードを触れるのも見るのも嫌いになり、スノーボードを倉庫にしまって、スノーボード界をフェードアウトし、極度の人間不信となり、引きこもり生活を始めた[1]。
アーティストとしても活動しており、ヒップホップグループ「きどいち!」のMC106(数字を漢数字に置き換え、10(十=とお)、6(六=む)で「どうむ」と読ませる)という名前で活動していた。
2011年よりスノーボードではなくタレント活動に力をいれている[5]。
2011年2月14日付けのブログにて、プロとしてのスノーボーダーは自主的に引退し、タレントとして活動をしていく旨を表明した[6]。 また、一度は脱退した「夢くらぶ」に再所属し父・隆史のサポート役としてコーチ業を兼任。後進の指導もあわせて行っている。
2011年7月13日、現役引退を正式発表し、22日に記者会見を行った[7][8]。 それを機に、タレントへと転身。アイドルユニット「D-si☆'s(ディーシスターズ)」のプロデューサーを務めた(しかし、メンバーとの方向性の違いから同ユニットは活動を停止している)。 現在は、主にサブカルチャータレント(アニメ、漫画、ゲーム、声優、アイドル等の情報発信)やMC活動、四柱推命士として活動中である。
2011年、JIBA(日本痛板協会)の名誉会長に就任。
2012年11月には、なあ坊豆腐@那奈の2ndシングル「マジカルリップKISS」のオタ芸の振り付けを担った。同年12月にはアニメ「ONE PIECE」のテレビスペシャル作品『ONE PIECE エピソードオブルフィ 〜ハンドアイランドの冒険〜』の声優(村人役)に初挑戦した。この背景には、幾たびか出演していた「アウト×デラックス」(フジテレビ)に東映アニメーションからオファーがきたことが切っ掛けである[9]。
2013年には「第3回萌えクィーンコンテスト」の審査員を務めた。また、舞台「Girls Rocketeer」の役者、茨城県小美玉市の民生委員が手掛けた自主制作映画「旅立ち」に出演(非行少年役)[10]するなど、俳優業にも取り組んでいる。 好きなアニメは『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』、『けいおん!』などで、声優では特に竹達彩奈のファンであると自身のブログでも公言している。
2015年9月29日に芸能プロダクションおよびイベント企画会社を設立し、10月10日、一般女性と結婚[11][12]。
主な成績[編集]
- 2002年 3月 - ワールドカップ(札幌・真駒内) 5位
- 2002年 3月 - 日本選手権(青森・鯵ヶ沢町) 優勝
- 2002年12月 - ワールドカップ(カナダ・ウィスラー) 優勝
- 2003年 1月 - 世界選手権(オーストリア・クライッシュバーグ) 11位
- 2004年 3月 - ワールドカップ(イタリア・バルドネッキア) 4位
- 2004年12月 - ワールドカップ(カナダ・ストーンハム) 3位
- 2005年 1月 - 世界選手権(カナダ・ウィスラ一) 10位
- 2005年 2月 - ワールドカップ(イタリア・バルドネッキア) 3位
- 2005年12月 - ワールドカップ(カナダ・ウィスラー) 優勝
- 2006年 2月 - オリンピック(イタリア・トリノ) 35位
- 2008年 2月 - FIS(長野・北志賀高井富士) 2位
出演[編集]
インターネット[編集]
- 成田童夢のD-Revolution(2011年11月、akiba.net)
- Wednesday@TV(2012年4月、あっ!とおどろく放送局)
- 成田童夢の「ア・イ・ヲ・タ」〜アイドル×ヲタ芸=∞〜(2013年4月、北参道放送局)
- 声優じゃぱん!(2015年4月 - 8月、ニコニコ生放送、MC)
- パンクラスTV(2016年11月10日 - 、LINELIVE)- サブMC
アニメ[編集]
- ONE PIECE エピソードオブルフィ 〜ハンドアイランドの冒険〜(2012年12月、村人)
テレビドラマ[編集]
- GTO 完結編 〜さらば鬼塚! 卒業スペシャル〜(2013年4月2日、関西テレビ)
バラエティ[編集]
- ゲームレコードGP(2008年 - 2011年、MONDO TV)
- しくじり先生 俺みたいになるな!! 3時間スペシャル (2016年12月12日、テレビ朝日)[13]
舞台[編集]
- Girls Rocketeer(2013年1月23日-27日、中野ザ・ポケット)
ショートムービー[編集]
- 旅立ち (2013年、主演、茨城県小美玉市の民生委員制作)
脚注[編集]
- ^ a b c d テレビ朝日『しくじり先生 俺みたいになるな!!』2016年12月12日放送分出演時の発言
- ^ 成田童夢 五輪目指した理由は「声優になりたいためだけ」― スポニチ Sponichi Annex 芸能
- ^ 童夢らが帰国「すみませんでした」 - スポーツニッポン2006年2月16日
- ^ 世界一への挑戦!Vol.1000!!!!(1000更新目) - 成田童夢オフィシャルブログ
- ^ [1] - 成田童夢オフィシャルブログ
- ^ [2] - 成田童夢オフィシャルブログ
- ^ [3]、成田童夢が引退、トリノ冬季五輪代表/スノボ
- ^ [4]、成田童夢 あれは「過酷な練習に耐えられなかっただけ
- ^ “アウト!”コンビの成田童夢&山下恵司が『ワンピース』声優に挑戦 ORICON STYLE 2012年12月11日
- ^ 民生委員が自主映画、小美玉で製作 プロ俳優出演の本格作 茨城新聞 2012年12月19日
- ^ “成田童夢が結婚、お相手は25歳一般女性 スノボでトリノ五輪代表”. スポニチ (2015年10月10日). 2015年10月13日閲覧。
- ^ “結婚報告!”. 成田童夢オフィシャルブログ (2015年10月10日). 2015年10月10日閲覧。
- ^ 成田童夢がトリノ五輪後のどん底生活をテレビ初告白、毬谷友子と華子もしくじり後の地獄を激白『しくじり先生』music.jp(2016年12月12日), 2016年12月12日閲覧
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 成田童夢オフィシャルブログ:アメーバブログ
- 成田童夢オフィシャルブログ:ダイヤモンドブログ
- 成田童夢Twitter
- 日本オリンピック委員会プロファイル
- 成田童夢引退記者会見
- D-si☆'sオフィシャルブログ