成松信勝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 
成松 信勝
時代 戦国時代
生誕 天文9年(1540年)?
死没 天正12年3月24日1584年5月4日
官位 遠江
主君 龍造寺隆信
氏族 成松氏

成松 信勝(なりまつ のぶかつ)は、戦国時代武将龍造寺氏龍造寺隆信)の家臣。隆信からは偏諱(「信」の字)を賜る。

生涯[編集]

武勇に優れていたため、龍造寺四天王のひとりとなった。元亀元年(1570年)の今山の戦いでは、大友軍に夜襲をかけ、敵の総大将・大友親貞の首級を挙げ[1]、龍造寺隆信より感状を受けた。隆信の隠居後も近侍し、隆信の隠居城である須古城の普請奉行も務めた。天正12年(1584年)3月24日、島津氏との戦い(沖田畷の戦い)で戦死した[2]

脚注[編集]

註釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ 川副博著、川副義敦考訂『五州二島の太守龍造寺隆信』(佐賀新聞社、2006年)235頁
  2. ^ 川副博著、川副義敦考訂『五州二島の太守龍造寺隆信』(佐賀新聞社、2006年)358頁