憂歌団
| 憂歌団 | |
|---|---|
| 出身地 |
|
| ジャンル | ブルース、フォーク、歌謡曲 |
| 活動期間 | 1970年 - 1998年、2013年 - 現在 |
| レーベル |
SHOW BOATレコード フォーライフレコード ワーナーミュージック |
| メンバー |
木村充揮 (vo., guitar) 内田勘太郎 (guitar, vo.) 花岡献治 (bass, vo.) 新井田耕造 (drums) |
| 旧メンバー | 島田和夫 (drums) |
憂歌団(ゆうかだん)は、日本のブルース・バンド。木村充揮・内田勘太郎・花岡献治・島田和夫の4人のメンバーは、1975年のデビュー当時から20年以上に渡り不動であった。
目次
略歴[編集]
1970年、木村と内田の二人で結成。初ステージは花岡以外の3人が在籍していた大阪市立工芸高等学校の文化祭のステージだった。バンド名は「ブルース・バンド」の邦訳で、内田が考えた[1]。高校卒業後、阿倍野の喫茶店で定期的にライブを行う。
1974年、ベースに花岡、ドラムに島田が加入。
1975年10月1日、トリオレコードのショーボートレーベルからシングル「おそうじオバチャン」でデビュー。同曲は彼らの代表曲として知られているが、一週間後に「掃除婦に対して差別的な歌である」との理由により、放送禁止処分を受けた[2]。
1976年12月、スリーピー・ジョン・エスティスの来日公演の前座とバック・バンドを務める。このときの模様は「Blues Is A Live」と題されたライヴ盤となっている。
1980年5月、マディ・ウォーターズと東京、大阪でジョイントする。
1982年2月28日、NHK-FM特番「Blues Made In Japan」でRCサクセションとジョイントする。5月、日比谷野音にて仲井戸麗市をゲストにコンサートを行う。
1983年、フォーライフレコードへ移籍し「リラックス・デラックス」をリリースする。
1986年7月、日比谷野外音楽堂で開催されたジャパン・ブルース・カーニバルに出演。以後、活動停止まで、同カーニバルには毎年出演した。
1988年6月、アメリカイリノイ州シカゴのシカゴ・ブルーズ・フェスティバルに日本人として初めて出演。プロデューサーに康珍化を迎えたアルバム「BLUE'S」が結成以来のビッグヒットとなる。
1990年、それまでの所属会社であるユニオンシャッフル(奥村ひでまろ社長)解散に伴い、メンバーが独立し株式会社憂歌団オフィスを設立。マネージャーには博多出身の中村鉄平が取締役副社長として就任。株主にはK2の黒田征太郎氏と長友啓典氏の両氏にお願いをした。ジャンケンにより花岡が初代社長に就任したことは有名。木村が木村充揮へ改名。続いて花岡も花岡献治へ改名。
1993年、フォーライフを離れ、ワーナーミュージックへ移籍。アルバム「GON-TA」をリリースする。CDのジャケットはK2の黒田征太郎氏と長友啓典氏に依頼した。
1994年、筑紫哲也 NEWS23エンディングテーマに採用される。1975年にデビュー曲「おそうじオバちゃん」が放送禁止要注意歌謡曲Aランクの指定を受けた憂歌団の曲が報道番組のエンディング曲に起用された。
1995年、1月17日阪神淡路大震災発生。上田正樹&憂歌団プロデュース「神戸三宮ライブハウス:チキンジョージ」恒例のライブ「新春歌絵巻」は5月に延期となった。チキンジョージ、憂歌団のスタッフで復興半ばの三ノ宮、急造のブルーシートでステージを作り神戸の復興を願った青空ライブを開催した。筑紫哲也 NEWS23の特集番組としてドキュメン収録をおこない番組で全国に放送された。
1996年、テレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の4作目において、オープニングとエンディングのテーマ曲を担当する。また、その第33話では妖怪さら小僧の歌を盗用するバンドとして、全員が本人役で特別出演した。
1998年、バンドの冬眠を宣言し、同年12月に名古屋、大阪、東京で最後のコンサートを行った[3]。
2012年10月2日、島田が神戸市中央区の自宅マンションの階段付近で遺体となって発見され、その後自殺と断定された[4]。
2013年5月、再結成を発表。
8月3日、『情熱大陸 SPECIAL LIVE SUMMER TIME BONANZA'13』大阪公演に出演。8月10日、東京公演に出演。
9月7日・8日、なんばHatchにて復活ライブ『憂歌団からの便り。〜島田和夫祭り〜』を開催。オリジナルメンバー3人とゲストドラマー4人による「ドラマーズ」(新井田耕造〈ex.RCサクセション〉・梶原徹也〈ex.THE BLUE HEARTS〉・小林雅之〈JUN SKY WALKER(S)〉・杉山章二丸〈MOJO CLUB〉)という編成だった。
12月1日、ドラムに新井田耕造が加入。
メンバー[編集]
- 木村充揮(ボーカル、ギター。本名:木村秀勝、1954年3月24日(65歳) - 大阪府大阪市生野区出身)
- 内田勘太郎(リードギター。本名:内田昌宏、1954年1月22日(65歳) - 大阪府大阪市出身)
- 花岡献治(ベース。本名:花岡憲二、1953年7月27日(66歳) - 大阪府大阪市出身)
- 新井田耕造(ドラム。1953年3月25日(66歳) - 東京都台東区出身)
旧メンバー[編集]
ディスコグラフィー[編集]
アルバム[編集]
- 「憂歌団」(SHOW BOAT、1975年11月1日)
- 「セカンド・ハンド」(SHOW BOAT、1976年7月)
- 「四面楚歌」(SHOW BOAT、1978年)
- 「ローリング・ステディ」(SHOW BOAT、1979年6月)
- 「夢・憂歌」(SHOW BOAT、1981年8月)
- 「リラックス・デラックス」(フォーライフ、1983年9月21日)
- 「気分」(フォーライフ、1984年7月21日)
- 「UKA」(フォーライフ、1985年10月21日)
- 「BLUE'S」(フォーライフ、1988年10月21日)
- 「Big Town,Small Hands」(フォーライフ、1989年9月21日)
- 「Good time's rollin'」(フォーライフ、1990年9月21日)
- 「GON-TA」(ワーナーミュージック、1993年9月25日)
- 「ブルース・バウンド」(ワーナーミュージック、1995年10月25日)
ライヴアルバム[編集]
- 「生聞59分」(SHOW BOAT、1977年3月)
- 「Best of UKADAN Live」(フォーライフ、1986年9月5日)
- 「LIVE at KUBOKODO 1981」(TDK、1994年9月24日)
- 「UKADAN LIVE'89 ~Big Town Tour~」(フォーライフ、1996年3月21日)
ミニアルバム[編集]
カバーアルバム[編集]
編集盤[編集]
- 「憂歌団アコースティック・セレクション」(フォーライフ、1985年11月21日)
- 「Taste of UKADAN」(フォーライフ、1986年12月5日)
- 「ベスト・コレクション」(徳間ジャパンコミュニケーションズ、1989年10月25日)
- 「17/18oz. THE VERY BEST OF UKADAN」(フォーライフ、1991年11月21日)
- 「Rolling 70's」(TDK、1994年9月24日)
- 2枚組
- 「UKADAN SINGLES」(フォーライフ、1996年3月21日)
- 「お中元 ベストセレクション 1993-1996」(ワーナーミュージック、1996年7月25日)
- 「お歳暮 ベストセレクション 1993-1997」(ワーナーミュージック、1996年11月22日)
- 「SINGLES 1975-1981」(SKY STATION、1998年2月20日)
- 「ベスト撰集」(アイネットワーク、2000年9月21日)
- 「Pure Best」(フォーライフ、2001年9月27日)
- 「GOLDEN☆BEST Complete Best 1974-1997」(フォーライフ、2002年11月20日)
- 「ツイン・ベスト」(ハイブライト、2003年5月21日)
- 2枚組
- 「憂歌団ベスト~トリオ・イヤーズ・グレーテスト・ヒッツ」(アブソードミュージックジャパン、2004年8月25日)
- 「究極のベスト! 憂歌団」(ワーナーミュージック、2005年6月22日)
- 「憂歌団 名選集」(プライエイド、2006年3月22日)
- 「Ballads」(テイチクエンタテインメント、2006年4月26日)
- 「プレミアム・ベスト 憂歌団」(ワーナーミュージック、2009年6月24日)
- 「Complete Best 1974-1997+LIVE アナログ」(フォーライフ、2010年10月27日)
- CD+DVD
未発表音源集[編集]
- 「LOST TAPES」(ダイキサウンド、2000年12月20日)
- 「Rare Tracks Vol.1」(アブソードミュージックジャパン、2005年9月22日)
- 「Rare Tracks Vol.2」(アブソードミュージックジャパン、2005年9月22日)
BOX[編集]
シングル[編集]
- おそうじオバチャン(1975年10月1日)
- c/w:ひとり暮し
- たくわん(1976年3月)
- c/w:どてらい女
- パチンコ(1976年9月)
- c/w:10$の恋
- 夜明けのララバイ(1978年3月)
- c/w:四面楚歌
- カントリー・ガール(1979年3月)
- c/w:嫌んなった
- 夢(1981年8月)
- c/w:Whoo Baby
- オナカ・イ・タ・イ(1983年9月21日)
- c/w:恥ずかしい
- ザ・エン歌(1984年7月21日)
- c/w:夜明けまで
- スッポンポン(1985年10月21日)
- c/w:オモロイナ
- You are my Angel(1986年11月21日)
- c/w:夢の印度
- 大阪ビッグ・リバー・ブルース(1988年5月21日)
- c/w:オンリー・ロンリー・ジャマイカ
- かぞえきれない雨(1988年10月21日)
- c/w:ちっちゃなダイヤモンド
- 胸が痛い(1989年9月21日)
- c/w:想い出の街
- わかれのうた(1990年7月25日、神谷玄次郎捕物控主題歌)
- c/w:キスに願いを
- 胸が痛い('91 New Version)(1991年9月21日)
- c/w:わたしの星
- 胸が痛い('91 New Version)(1992年8月21日)
- c/w:Good time's rollin',bad time's rollin'
- 純愛だけど朝帰り(1993年7月25日)
- c/w:TEARS IN HEAVEN
- WOO CHILD(1993年10月25日)
- c/w:君といつまでも
- ファンキー・モンキー・ベイビー(1994年9月25日)
- c/w:あれからゾンビ
- 風を追いかけて~CHASIN' THE WIND~(1994年11月30日、筑紫哲也 NEWS23エンディングテーマ)
- c/w:夜空に陽がさしても(サンデースポーツセンセーションエンディングテーマ)
- HAPPY GO LUCKEY(1994年12月21日、大遊協イメージソング)
- c/w:パチンコ~ランラン・ブルース、ゲーム・イズ・オーヴァー
- フワ・フワ~もう一杯おネエチャン(1995年10月25日)
- c/w:みんな急げ
- ゲゲゲの鬼太郎(1996年2月25日、ゲゲゲの鬼太郎(4作目)オープニングテーマ)
- c/w:カランコロンの歌(ゲゲゲの鬼太郎(4作目)前期エンディングテーマ)
- イヤンなっちゃう節(1997年8月10日、ゲゲゲの鬼太郎(4作目)後期エンディングテーマ)
- c/w:ぺったらぺたらこ(ゲゲゲの鬼太郎(4作目)第33話「逆襲!妖怪さら小僧」挿入歌)
- ゲゲゲの鬼太郎(2013年9月18日)
- CD:1. ゲゲゲの鬼太郎/2. カランコロンの歌/3. イヤンなっちゃう節/4. ぺったらぺたらこ
- DVD:ゲゲゲの鬼太郎(4作目)第33話「逆襲!妖怪さら小僧」
映像作品[編集]
- 「憂歌団LIVE ATサーカス サーカス」(1976年4月)
- 「憂歌団LIVE アナログ」(フォーライフ、1989年12月21日)
- 「憂風 ~GON-TA TOUR '93 LIVE~ 」(ワーナーミュージック、1994年3月25日)
- 「ライブ帝国 憂歌団」(ドリームタイムエンタテインメント、2005年9月23日)
- 「SPACE SHOWER ARCHIVE 憂歌団 LIVE 9212」(デジタルサイト、2007年3月23日)
- 「憂歌団からの便り。~島田和夫祭り~」(SPACE SHOWER MUSIC、2014年5月28日)
- 2枚組
CD-ROM[編集]
CMソング[編集]
ほか
参考書籍[編集]
- 憂歌団DELUXE (白夜書房、1988年)
脚注[編集]
- ^ 憂歌団結成の伝説〜「ベスト・オブ憂歌団ライブ」ライナー・ノーツより
- ^ オバチャンにはブルースが似合う
- ^ 憂歌団軌跡
- ^ “(cache)「憂歌団」ドラマー・島田和夫さん、自宅前で急死…58歳、事件性は無し”. スポーツ報知(ウェブ魚拓によるキャッシュ). (2012年10月3日) 2013年11月29日閲覧。および、“(cache)特集 - 訃報・おくやみ / 「憂歌団」のドラマー、島田和夫さん自殺か”. スポーツ報知(ウェブ魚拓によるキャッシュ). (2012年10月4日) 2013年11月29日閲覧。
- ^ 「ぼくの街の阪神電車 2017」 1月25日公開 (PDF) 、阪神電気鉄道、2017年1月24日。