愛知教育大学附属岡崎小学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
愛知教育大学附属岡崎小学校
Okazaki-Elementary-School-attached-to-Aichi-University-of-Education-1.jpg
過去の名称 愛知県第二師範学校附属小学校
愛知県岡崎師範学校附属小学校
愛知県岡崎師範学校附属国民学校
愛知第二師範学校附属国民学校
愛知第二師範学校附属小学校
愛知学芸大学愛知第二師範学校附属小学校
愛知学芸大学附属岡崎小学校
国公私立の別 国立学校
設置者 国立大学法人愛知教育大学
設立年月日 1901年明治34年)
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
所在地 444-0072
愛知県岡崎市六供町八貫15番地
外部リンク 小学校公式サイト
プロジェクト:学校/小学校テンプレート
テンプレートを表示

愛知教育大学附属岡崎小学校(あいちきょういくだいがくふぞくおかざき・しょうがっこう)とは、愛知県岡崎市にある、愛知教育大学教育学部附属の国立小学校。略称は「附小」(ふしょう)。

愛知教育大学の附属小学校は他に附属名古屋小学校がある。

概要[編集]

所在地
小学校と中学校は同じ岡崎市内にあるが、校地は隣接しておらず、離れている。
歴史
小学校は1901年明治34年)に「愛知第二師範学校附属小学校」として開校した。数回の改称を経て1966年(昭和41年)に現校名となった。小学校は2011年平成23年)に創立110周年を迎えた。
児童数
648名(2013年5月1日現在[1]
校訓
本気デアレ
キマリヨクセヨ
ヤッカイニナルナ
タメニナルコトヲセヨ
小学校開校当初の1901年(明治34年)に、初代主事、蟹江虎五郎によって制定された。
校章
  • 小学校 - 黒い花弁3枚を背景にして、中央に「附」の文字を置いている。
学園歌
1957年昭和32年)に制定。小中共通。作詞は谷川潔、作曲は冨田静江による。歌詞は4番まであり、校名は歌詞中に登場しない。

沿革[編集]

小学校
  • 1901年(明治34年)- 随念寺を仮校舎として 「愛知県第二師範学校附属小学校」が開校(県立)。
    • 当初3学級(尋常科1年・2年、高等科1年)で発足。
    • 校訓と校章、制服と制帽を制定。
  • 1902年(明治35年)
    • 南校舎の完成により、現在地に移転完了。高等科女子組を設け4学級編成となる。
    • 3学級を増設し尋常科4学級、高等科4学級編成となる。
    • 教育実習生の指導を開始。
    • 北校舎・中校舎・屋内体操場が完成。
  • 1907年(明治40年)- 第1回特別授業研究会(年に1回)を実施。朝会、通学団を創設。
  • 1909年(明治42年)4月 - 小学校令の一部改正により、義務教育年限が尋常科4年から尋常科6年に延長され、修業年限を尋常科6年・高等科3年に改定。
  • 1913年大正2年)- 第1回学年研修会(学期ごとに1回)を開始。
  • 1914年(大正3年)- 高等科に農業科を加える。
  • 1916年(大正5年)- 第1回小学教育研究会を開催。
  • 1917年(大正6年)- 高等科に商学科を加える。北校舎に1教室を増設。男子高等科の複式を単式とし、13学級編成とする。
  • 1919年(大正8年)- 制服を和装から洋装に改定。
  • 1920年(大正9年)- 特設学級を設置。
  • 1921年(大正10年)- 尋常科1年~4年に直観科を設置。
  • 1923年(大正12年)4月1日 - 「愛知県岡崎師範学校附属小学校」に名称を変更。
  • 1924年(大正13年)- 文集「ひばり」第1号を刊行。現在に至る。
  • 1933年(昭和8年)- 学校看護婦(現在の養護教諭)を設置。
  • 1939年(昭和14年)- 雨天体操場を改築。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令により、「愛知県岡崎師範学校附属国民学校」に改称。尋常科を初等科とする。
  • 1942年(昭和17年)- 少年団を結成。おかず給食を開始。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 師範教育令の改正により、師範学校が官立(国立)移管され、「愛知第二師範学校附属国民学校」(官立(国立))に改称。
  • 1944年(昭和19年)- 空襲の激化により、学童疎開を開始。
  • 1945年(昭和20年)
    • 7月20日 - 岡崎空襲により、中校舎と北校舎以外を消失。
    • 9月 - 雨天体操場と師範武道場を仮校舎として授業を再開。
  • 1946年(昭和21年)- 空襲で被害を受けた校舎施設の補修を開始。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
    • 旧・附属国民学校の初等科が改組され、「愛知第二師範学校附属小学校」が発足。12学級編成とする。
    • 旧・附属国民学校の高等科が改組され、「愛知第二師範学校附属中学校」(新制中学校)が発足。
    • 愛知第二師範学校の敬愛堂を小学校校舎内に移転。
  • 1948年(昭和23年)- 校舎補修を完了。北庭に4教室を新築。父母教師会を結成。
  • 1949年(昭和23年)5月31日 - 新制国立大学愛知学芸大学の発足により、師範学校が包括され、「愛知学芸大学愛知第二師範学校附属小学校」に改称。
  • 1951年(昭和26年)
    • この年 - 給食調理室が完成し、A型給食を開始。
    • 4月1日 - 愛知第二師範学校が廃止され、「愛知学芸大学附属岡崎小学校」に改称。
  • 1952年(昭和27年)- 大学施設が明大寺町へ移転のため、旧武道場と食堂が移管され、それぞれ集会室と工作室にあてる。附属中学校の使用していた2教室が移管される。
  • 1957年(昭和32年)- 学園歌を制定。制服を改定。南棟を解体し、低学年用遊び場を設置。
  • 1958年(昭和33年)- 1・2棟校舎が完成。 敬愛堂と給食室を解体。同窓会が発足。
  • 1959年(昭和34年)- 伊勢湾台風により大きな被害を受ける。
  • 1960年(昭和35年)- 新校舎が完成。
  • 1961年(昭和36年)- 校訓碑を建立。プールが完成。
  • 1962年(昭和37年)4月1日 - 特殊学級を設置。
  • 1963年(昭和38年)- 児童英語を開始。
  • 1964年(昭和39年)- 管理棟・体育館・特殊学級校舎が完成。附属岡崎中学校特殊学級に旧家庭科教室2教室を提供。
  • 1965年(昭和40年)- 附属岡崎中学校特殊学級が中学校校舎へ移転。夏休み水泳教室を開始。
  • 1966年(昭和41年)- 大学の改称に伴い、「愛知教育大学附属岡崎小学校」(現校名)に改称。
  • 1967年(昭和42年)
  • 1971年(昭和46年)- 創立70周年を記念して同窓会より校旗が贈呈される。
  • 1979年(昭和54年)- 附小タイムを設定。
  • 1980年(昭和55年)- 新館が完成。  
  • 1981年(昭和56年)- 北門付近を整備し正門とする。創立80周年を記念してロータリーが完成。
  • 1984年(昭和59年)- 新校舎と給食室が完成。
  • 1996年(平成8年)- コンピュータ室を開設。
  • 1997年(平成9年)- アメリカ合衆国の旗第1回バリス校訪問(アメリカ合衆国インディアナ州マンシー市)を実施。
  • 1998年(平成10年)- バリス校児童・教官が来校し、姉妹校を締結。
  • 2001年(平成13年)- 創立100周年記念式典を挙行。 なかよし山・トトロの森を整備。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 国立大学法人化。
  • 2009年(平成21年)- 新体育館(くすのきアリーナ)が完成。
中学校
愛知教育大学附属岡崎中学校の沿革詳細については、愛知教育大学附属岡崎中学校#沿革を参照
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)により、旧・附属国民学校の高等科が改組され、「愛知第二師範学校附属中学校」(新制中学校)が発足。
  • 1949年(昭和23年)5月31日 - 新制国立大学愛知学芸大学の発足により、師範学校が包括され、「愛知学芸大学愛知第二師範学校附属中学校」に改称。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 愛知第二師範学校が廃止され、「愛知学芸大学附属岡崎中学校」に改称。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 - 附属安城中学校[2]を統合。
  • 1965年(昭和40年)2月1日 - 特殊学級の校舎が六供町に完成。
  • 1966年(昭和41年)- 大学の改称に伴い、「愛知教育大学附属岡崎中学校」(現校名)に改称。
  • 1967年(昭和42年)6月1日 - 六供町の特殊学級が分離し、愛知教育大学附属養護学校として独立。

学校行事[編集]

  • 青葉会 - 5月に1年生~3年生は校内、4~6年生は岡崎公園で写生をする。
  • 運動会 - 1、2、3組の縦割りで競われる。伝統は、全男の騎馬戦と全女の姉妹行進。 一番の目玉はトリの三色対抗縦割りリレー。各クラスの代表が競う。
  • マラソン大会 - 1,2年は校内一周、3,4年は二周、5,6年は三周走る。男女別で走る。12位以内に入ると表彰される。
  • お別れ音楽会 - 毎年2月に六年生へ向け合唱、合奏をする。六年生は一年生からメダルをもらったり写真撮影もする。
  • 音楽集会 - 毎月月替わりに担当の学年が合唱、合奏をする。

著名な出身者[編集]

出版書籍[編集]

小学校
  • 「体験生活深化の真教育」(1926年(大正15年), 東洋図書) 
  • 「生活教育の実践」(1935年(昭和10年), 東洋図書)
  • 「生活深化の教育体系」(1960年(昭和35年), 東洋館)
  • 「国語科 読みの楽しさを育てる読解指導」(1967年(昭和42年), 明治図書)
  • 「算数科 集合の考えを生かした算数指導」(1967年(昭和42年), 明治図書)
  • 「図工科 四次元の造形教育」(1967年(昭和42年), 明治図書)
  • 「理科 自然0を統一的に見る理科の指導」(1969年(昭和44年), 明治図書)
  • 「社会科 問題意識を育てる社会科の指導」(1969年(昭和44年), 明治図書)
  • 「授業を創造する人間関係」(1971年(昭和46年), 明治図書)
  • 「問いつづける子ども」(1980年(昭和55年), 明治図書)*「具体的な授業とは」(1976年(昭和56年), 黎明書房)
  • 「子どもとともに創る授業」(1984年(昭和59年), 明治図書)
  • 「生活を拓く授業」(1988年(昭和63年), 明治図書)
  • 「この子輝く授業」(1992年(平成4年), 明治図書)
  • 「未来を生きぬく子ども」(1996年(平成8年), 明治図書)
  • 「新たな自分を創る子ども」(2000年(平成12年), 明治図書)
  • 「教科の本質に迫る授業」(2008年(平成20年), 明治図書)

交通アクセス[編集]

最寄りの鉄道駅
最寄りのバス停
最寄りの道路

周辺[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 岡崎市統計ポータルサイト 学校基本調査
  2. ^ 1947年(昭和22年)4月の学制改革により、「愛知青年師範学校附属中学校」として安城市に設置された。愛知教育大学の発足により、「愛知学芸大学愛知青年師範学校附属中学校」に改称したのち、青年師範学校の廃止に伴い1951年(昭和26年)に「愛知学芸大学附属安城中学校」に改称した。
  3. ^ a b c 岡崎市総合政策部広報課編『岡崎市制100周年記念誌 新たな100年に向けて』岡崎市役所、2017年7月、36頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]