愛と誠

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愛と誠
ジャンル 学園漫画
少年漫画
漫画
原作・原案など 梶原一騎
作画 ながやす巧
出版社 講談社
掲載誌 週刊少年マガジン
レーベル KCコミックス
発表号 1973年3・4合併号 - 1976年39号
巻数 KCコミックス全16巻
(旧)講談社漫画文庫全16巻
KCスペシャル全13巻
KCデラックス全10巻
講談社漫画文庫全10巻
KPC版全8巻
講談社プラチナコミックス版全6巻
話数 全175話
Logo serie manga.png

愛と誠』(あいとまこと)は、梶原一騎原作・ながやす巧作画の漫画劇画[注 1])。1973年3・4合併号から1976年39号まで週刊少年マガジンに連載された。映画化、テレビドラマ化、ラジオドラマ化などもされている。

概要[編集]

冒頭にて、元インド首相ジャワハルラール・ネルーが娘(後の首相インディラ・ガンディー)へ宛てた手紙(『父が子に語る世界歴史』より)が引用されており、それに含まれる「愛」と「誠(誠実)」という言葉がタイトルの由来にもなっている。なお、この手紙の文章は、テレビドラマ版のオープニング・ナレーションとしても使用された。

少年誌に連載された純愛物の先駆けとなり一世を風靡。ヒロイン・早乙女愛が幼き日の太賀誠を回想して語った「白馬の騎士」や、その早乙女愛への報われない愛を貫く優等生・岩清水弘のセリフ「きみのためなら死ねる」などが流行語になった。

女優の早乙女愛は、この漫画が実写映画化された際の一般公募でデビューし、芸名もヒロインの名前から取られた。

なお、漫画は全4部構成になっており、連載中に何度か小休止をはさんでいる。

  • 第一部: 1973年3・4合併号 - 同53号
  • 第二部: 1974年3号 - 同36号
  • 第三部: 1974年37号 - 1975年49号(1975年2号は休載)
  • 第四部: 1975年52号 - 1976年39号

全175話のうち第74話全てと第12、35、55話の大部分を除いたほぼ全ての自筆原稿が現存しており、風塵社から1997年に「梶原一騎直筆原稿集『愛と誠』」(ISBN 4938733366)として発売された。梶原の自筆原稿は「あしたのジョー」の一部を除いてほとんどが消失しており、このケースは極めて希有な事例である。

単行本は、雑誌連載中に講談社コミックス(KC)として順次発売され、最終的に全16巻が出版された。その後、講談社漫画文庫(全16巻)、KCスペシャル(全13巻)、KCデラックス(全10巻)などの形で再出版された。

物語[編集]

信州の蓼科高原早乙女愛(さおとめ あい)が偶然出会った不良青年・太賀誠(たいが まこと)。彼は幼い頃、愛の命を救った時、額に大きな傷を負ったばかりでなく両親や自らの人生さえも壊れてしまう。その償いとして誠を東京の高校へ転入させ、更生させようとするが、傷を負わされた誠の怒りは強く、逆に暴力で学園を支配しようと企む。しかし愛の献身的な行為により、これを阻止されると誠は関東一の不良高校・花園実業へと転校する。愛、そして彼女を愛し陰から支える男・岩清水弘(いわしみず ひろし)も花園へ移り物語は新たな展開を示す。

学園を支配する影の大番長・高原由紀(たかはら ゆき)、座王権太(ざおう ごんた)との対決、そして第3勢力の砂土谷峻(さどや しゅん)の登場。学園を舞台に誠と砂土谷の最後の対決が始まった。自分を捨てた母との悲しい再会ゆえに命を捨てて挑む誠の気迫に砂土谷は敗れた。束の間のやすらぎは長くは続かない。

次は愛の父が汚職事件に巻き込まれ逮捕、母は実家に戻り、かつてない苦況に立たされる。単身事件の解決に乗り出す誠は得意の喧嘩殺法で事件の首謀者達を叩きのめした。やがて検察の手で黒幕の総理が逮捕され、全てが解決されたその時、再び姿を現した砂土谷のナイフが誠を貫く。負傷した体を引きずり愛の待つ海岸へ向かった誠は、最後の力をふり絞り愛を抱きしめ初めての口づけを交わす。太賀誠と早乙女愛にようやく訪れた幸福な時は、今訪れ、そして…終わった。

登場人物[編集]

太賀 誠(たいが まこと)
信州蓼科でフーテン・タイガーと異名をとる札付きの凶暴な不良の高校1年生(後に2年生)。
幼い頃、園児であった早乙女愛の命を救ったことにより眉間に三日月キズが残り、そのことが原因で一年近い病床生活で同学年より一年遅れての進級となったことと、眉間のキズに対する負い目から粗暴な性格となり、やがては家庭不和となり両親が離婚。誠を残して蒸発し、以後完全な愚連隊として地元の不良のボスとしてケンカに明け暮れていた所、早乙女愛と運命的な再会を果たす。以後早乙女愛の願いにより早乙女家が身元引受人となり、早乙女家の援助を受け、愛と同じ名門・青葉台学園に転入するも眉間のキズが原因で味わってきた自分の苦しみを味わわせるため、わざと問題を起こして愛を窮地に立たせようと目論む。
早乙女 愛(さおとめ あい)
早乙女財閥のブルジョア令嬢。青葉台学園中等部3年生(後に高等部1年生)。秀才でスポーツ万能(女子バレー部と女子体操部を掛け持ちし、主将を務める。機械体操の名手)。清潔で可憐かつさわやかなイメージで中等部・高等部を通じて全生徒から憧れの的であり、学園の明星、清純天使と謳われた青葉台学園のアイドル的存在。
幼い頃、小学生の誠に命を救われ、以後心の中に“白馬の騎士”として思い続けるも彼に与えたキズに深い苦しみを覚える愛であったが、再び訪れた信州・蓼科で誠と運命的再会を果たす。彼の境遇を知った愛は父親の力により、自分と同じ青葉台学園に転校させ、更生させようとするも誠の受けたキズが自分の想像を超えるはるかに衝撃的なものであったことを知り、ショックを受ける。誠が名門・青葉台を舞台に問題を起こすことによって愛の名声は断たれ、落ちた偶像として地に落ちるも、誠の中にある良心を信じ、どんなに苦しくきびしくとも、誠を愛し続け、償い続けていこうと決心する。
岩清水 弘(いわしみず ひろし)
青葉台学園中等部3年生(後に高等部1年生)。愛のクラスメートであり、愛と同じクラス委員を務める中等部きっての秀才。
クラスでは控えめで内気な存在であるが、愛に対する思いは深く、愛への手紙の中で「早乙女愛よ、岩清水弘はきみのためなら死ねる!」と誓いをたてる一文を綴る。その後、誠のために愛が学園で窮地に立たされた時にも、理解を示しつつ時には助言し、相談にのり、愛の身を案じて手紙の文面通り行動を起こす謹厳実直な男。愛からは「りっぱだわ。メガネをかけていて青白くとも男らしい男だわ!」と評される。
早乙女 将吾(さおとめ しょうご)
愛の父親で早乙女財閥の当主。青葉台学園のPTA理事長。政財界に顔が利き、愛の頼みにより誠を少年刑務所送りから青葉台学園へ編入の手配をする。
早乙女 美也子(さおとめ みやこ)
愛の母親。上流階級の貴婦人として振る舞い、夫である将吾も頭があがらない存在で学園からも敬意と恐れを抱かれる存在。また、恐ろしいほど勘が鋭く、気性の激しく誇り高い性格であるが、窮地に立たされる(もしくは精神的ショックを受ける)と実家に戻る癖がある。
高原 由紀(たかはら ゆき)
花園実業高校2年生。花園スケバングループの影の大番長。新宿一帯を取り仕切る暴力団・高原組組長の養女。普段はツルゲーネフの『初恋』を持ち歩く文学的美少女(運動神経も抜群)であるが、裏では悪の花園を支配する女王的な存在。投げナイフの名手であり、標的には決して血をみせずとも、精神的にショックを与える百発百中の腕の持ち主。
座王 権太(ざおう ごんた)
花園実業高校3年生。花園高校の影の校長。政財界の黒幕である座王与平の一人息子。高原由紀に思いを寄せる用心棒的存在。怪力の大男で普段はヘラヘラしているが機嫌を損ねると人間台風のように大暴れする危険な存在。チエの輪と鉄道模型が趣味。
権太の出生前に身重であった母親が与平を狙う殺し屋の凶弾に撃たれた事が原因で知能の発達が遅れ、善悪の判断ができぬ悪童となり、今もその後遺症(知的障害)により、思い込んだら後先考えずに暴走する性質である。
座王 与平(ざおう よへい)
権太の父親で政財界を影から操る黒幕といわれる右翼の大ボス。花園高校のPTA会長であり、ひとり息子の権太を溺愛しており、権太の身に害を加える者があれば容赦はしない。
普段は温厚だが、時には気性が激しく、愛する心も憎む心も人一倍(もしくは五倍も十倍も)激しく持っている性格の持ち主。
砂土谷 峻(さどや しゅん)
新宿ヤング・マフィア“緋桜団”団長。団長以下10代の若者(未成年)で構成された新宿を根城にする新興勢力の暴力組織“緋桜団”を巨大化するために悪の花園を支配下におき、流血革命を起こそうとする。
ムチを使わせては悪魔のような天才であり、冷酷非情で人間味ゼロのコンピューターつき悪魔と称される。任務に失敗した手下にも容赦なく制裁を加え、緋桜団の存在と目的を漏らした者にも容赦はしない。

パロディ、オマージュなど[編集]

  • 臼井儀人著『クレヨンしんちゃん』の単行本第25巻で、世田谷区の一等地からしんちゃんたちの通うアクション幼稚園に転園した大金持ちの園児・酢乙女 あい(すおとめ あい)(本家ヒロイン・早乙女愛のパロディ)がしんのすけに恋をし、それ以降も「しん様」とひたすらしんのすけに愛を尽くすキャラクターとして描かれている。
  • 小林まこと著『1・2の三四郎』で、主人公・三四郎たちの同級生として岩清水 健太郎(いわしみず けんたろう)(早乙女愛に一途な思いを寄せる優等生・岩清水弘と当時『失恋レストラン』の大ヒットで若者に絶大な人気を誇った俳優・清水健太郎を足したパロディキャラクター)が登場し、気に入った女生徒の名前を書き連ねた「死ねるリスト」というメモを作成し、一目惚れした時の口癖として「君のためなら死ねる」発言をする。
  • ゆうきまさみ著『究極超人あ〜る』の単行本第2巻「鉄の女」で、春風高校一の色男ぶった軟派男・鰯水 等(いわしみず ひとし)(上記同様・岩清水弘のパロディ)が登場し、本家・岩清水の口癖である「君のためなら死ねる」発言を披露する。
  • 本宮ひろ志著『硬派銀次郎』の単行本第1巻「子づれ大番長」の挿話で、転校生のヒロイン・小沢高子が主人公・銀次郎の額の傷を見て「んまっ『愛と誠』ね。かっこいい」と惚れる場面がある。
  • コンタロウ著『1・2のアッホ!!』の単行本第2巻「ああ!純愛山河の巻」で、物語の構成そのものが『愛と誠』のパロディとなっており、友情学園に転校してきた不良少年・ゴンタロウを追って同じく転校してきた美少女・岩崎ヒロミちゃん(連載当時の人気アイドルだった岩崎宏美がモデル)に一目惚れした波目が『他紙』と書かれた雑誌(『週刊少年マガジン』を連想させる)を読みながら「ウフッ、ヒロミちゃん……キミのためなら死ねる!!」と告白のリハーサルを行う場面がある。
  • 小林よしのり著『東大一直線』の第127話「多分の愛と誠」で、主人公・東大通が一目惚れした美少女・川島妙子が東大の迷コンビである多分田吾作と付き合っている理由として『愛と誠』での幼き頃の愛と誠の運命的出会いをパロディにした挿話となっており、それが原因で「私は彼に愛でむくわなければなりません」と妙子から訊かされた東大が「しかし、ワイだって妙子さん。君のためなら死ねるよ!」と発言する場面がある。
  • 蛭田達也著『コータローまかりとおる!』の単行本第2巻「とんでもないケガ人」で、主人公・コータローを取り締まる風紀委員会・班長に砂土谷 峻平(さどやしゅんぺい)[注 2](本作に登場する太賀誠の大敵・砂土谷 峻のパロディ)が登場し、さらにはその手下として「血桜団」(砂土谷峻の手下である『緋桜団』のもじり)が登場する。
  • 江口寿史著『江口寿史のなんとかなるでショ!』の「ジャミラおぢさんの悪夢」で、当時の大ヒットホラー映画『エルム街の悪夢』のパロディである話の登場人物に早乙女 愛子(さおとめ あいこ)(本家ヒロイン・早乙女愛のパロディ)と岩清水が登場している。また、その続編として『それからの早乙女愛』(『なんとかなったワケ! 』に収録)が描かれている。
  • 泉昌之著『松任谷幸男究極の純愛シリーズ』(本作の松任谷 幸男〈まつとうや ゆきお〉自体が岩清水弘のパロディ)の一篇(計4部作『豪快さんだっ!』に収録)に『愛とまとこ』のサブタイトルが表題されており、内容も『愛と誠』の物語の中で誠と岩清水がナイフを使用した決闘シーンのパロディが描かれている。
  • 真倉翔岡野剛著『地獄先生ぬ〜べ〜』の♯76「百々目鬼の巻」で、ぬ〜べ〜の教え子である栗田まことの恋人役として童守小一の才女・篠崎愛が登場し、♯85「肉人の巻」で除霊を引き受けたぬ〜べ〜が和尚とともに童守寺へ出向いた時に栗田まことと篠崎愛の悲鳴を聞いて「いや…あの声は聞きおぼえがある…。まこと…愛だ!」と言った時に「何っ!?愛と誠…」と学帽を被った和尚が答えるカットがある。[注 3]
  • 大場つぐみ小畑健著『バクマン。』の単行本第13巻108㌻(話)「愛読者と一目惚れ」で、読み切りで恋愛モノを描く事を決めた主人公・真城最高(サイコー)が参考として『タッチ』と『愛と誠』を読んで相方である高木秋人(シュージン)とともに研究する場面がある。また、バイオレンス系のバトル物を得意とする漫画家・福田真太が人気作家読切祭(スーパーリーダーズフェスタ)に亜城木夢叶(サイコーとシュージンの共同ペンネームで福田のライバル)と新妻エイジ(天才人気漫画家で福田の師匠)がエントリーして恋愛モノを描く事を知った事から「オレも描く」と宣言して「そうだな。「愛と誠」ばりの少年恋愛マンガ描いてやる」と発言する場面がある。
  • そして、なにより当作品もながやす自身が若い頃に見た舟木一夫の「その人は昔」という音楽物語(音楽の節々に舟木の語りが入ったもの)、映画に感銘を受けて作った作品である。

影響力[編集]

  • 「日本一スペシャル企画 先生達からの熱いメッセージ!!」[1]
少年漫画から消えた「学ラン」「学帽」「番長」etc…。もっとも当時だって私の身のまわりに「番長」っていなかったからひょっとして『愛と誠』って一種の学園ファンタジーだったのかも……。すいません。マガジンは立ち読み専門でした(お小遣いなくて…)。『愛と誠』や『鉄兵』なんかを夢中になって読んでいましたねえ。 — 塀内夏子オフサイド』『Jドリーム
『愛と誠』を読まなければ、ボクはマンガを描いていなかったかもしれません。こんな良い作品を載せてくれてありがとう!日本一おめでとう!! — 山下てつおガチンコッ
  • 漫画家が選ぶ思い出の名セリフ、名シーン集[2]

きみのためなら死ねる!

高校生の時マガジンで読んだ。当時は絶対にかっこよかったし、今だからこそかっこいい言葉だとも思う。 — しげの秀一バリバリ伝説』『頭文字D
このセリフを『1・2の三四郎』でパロディで使ったので梶原先生に怒鳴られるのではないかとビビッてましたが、梶原先生はニッコリ笑って「おもしれえ」と言ってくださいました。 — 小林まこと1・2の三四郎』『柔道部物語

おなじことですわ… 大立て者座王与平は太賀誠を「ガン細胞」と呼び切り捨てをはかる。ヒロイン早乙女愛はそのとき――

最後のセリフにいくまでの謎めいた盛り上げ方が最高。そして答えである「なぜなら……太賀誠が死ねば……早乙女愛も死ぬからです!!」というこのラストのセリフが際立つ。 — 福本伸行賭博黙示録カイジ』『『アカギ

実写作品[編集]

映画(松竹版)[編集]

  • 大賀誠・西城秀樹、早乙女愛・早乙女愛コンビでの第1作の大ヒットにより、続編二作品が製作された[3][4]
  • 太賀誠役が二作目、三作目は代わるが、3作とも同じ世界観のストーリーである。

愛と誠(1974年映画)[編集]

愛と誠
監督 山根成之
脚本 石森史郎
山根成之
原作 梶原一騎
ながやす巧
出演者 西城秀樹
早乙女愛
音楽 馬飼野康二
撮影 竹村博
編集 富宅理一
製作会社 松竹映画
芸映プロ
配給 松竹
公開 日本の旗 1974年7月13日
上映時間 89分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
次作 続・愛と誠
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『愛と誠』。1974年7月公開、松竹映画。

キャスト(1974年映画)[編集]
スタッフ(1974年映画)[編集]
製作経緯[編集]

1973年上村一夫の漫画『同棲時代』の映画化『同棲時代 ―今日子と次郎―』で大当たりをとった松竹[5]、同じ純愛物である本作を「柳の下のどじょう」を狙い映画化[5]。監督は『同棲時代 ―今日子と次郎―』と『しなの川』をヒットさせた山根成之。主演の大賀誠役は、連載中の漫画を読んで映画化されると聞き、原作の梶原一騎に直談判して役を勝ち取った西城秀樹[5][6][7]。当時、人気絶頂の西城の意気込みは並々ならぬものがあったが、予期せぬ異変にぶつかった[5]。「愛と誠」の読書層から「人気歌手の片手間仕事に"愛と誠"を渡さないで下さい!」「大事にしてるイメージが崩れる!」「わずかの原作料がそんなに欲しいか!」など、西城拒否の投書が梶原や週刊少年マガジン編集部にも山積する事態となった[5]。「あしたのジョー」の助命嘆願の投書でこうした事態も経験済みではあったが、劇画ファンの思い入れの烈しさ、一途さには梶原らも改めて驚かされた[5]。この騒動に西城が週刊少年マガジン誌上で「スクリーンの西城"誠"を見てくれ!」と受けて立つ一幕もあった[5]

もう一つの難題は西城の相手役"愛"の女優の人選。愛役は誰しもやりたいが、世の狂熱的ヒデキ・ファンを敵にまわしたくない、カミソリ入りの封書など送り付けられたくないなどの理由でどの女優にも断られ、キャスティングは難航した[5]。仕方なく松竹は愛役を一般公募とした[5]。人気絶頂の西城の相手役ということもあり、全国から約4万人が応募[8][9][10]。オーディションでは、監督の山根は「鹿児島訛りが使い辛い」と反対したが[5]、審査員だった西城と週刊少年マガジンの宮原照夫編集長の意見が一致し[5]、ヒロイン名をそのまま芸名にした早乙女愛が選ばれた[6][8][11]。梶原は早乙女が審査会場で「ヒデキ・ファンじゃないわ」と公言したと話しているが[5]、早乙女は1983年の『週刊朝日』のインタビューでオーディションに応募した理由を「タダで東京へ行けて、西城秀樹さんにも会えるから」と述べている[12]

誠の好対照の優等生・石清水は当時のイケメン俳優・仲雅美が演じた[13]

それまで"スポ根"作家だった梶原一騎初の"メロドラマ"で、注目度の高い西城主演映画でもあり、コケると目立つ恐れもあって、梶原は絶対に成功させなければならないという思いから、初稿シナリオを数10ヵ所をチェックし、監督にもプロデューサーに何度もダメ出しした[3]。梶原はそれまでの自身原作の映像化作品には、ほとんど口を出していなかった[3]。また主演の西城も「愛と誠」ファンからの「歌手の片手間仕事は迷惑」と思わぬボイコットの突き上げを食らったことから、ムキになって熱演し、ロケ現場を見学した梶原は宮原照夫編集長と「劇画の地位も向上したんだな」と感慨を分かち合った[3]

興行成績[編集]

内容は西城秀樹の"アイドル映画"的な趣きではあったが[14]、アンチ・ヒデキであろうが「愛と誠」ファンが映画化には無視できず、加えて狂熱的ヒデキファンの大群が「われらのヒデキにケチつけるとは何事か、見返してやる」とばかり大挙劇場に殺到し大ヒットした[3]新宿の映画館では劇場のドアが閉まらず、消防車が出動した[3]。松竹の看板シリーズ「男はつらいよ」並みの[15]、配収9億円を挙げ、映画業界に「劇画恐るべし」という認識を与えた[3]

後世への影響[編集]

本作の大ヒットにより、それまで単なる"劇画作家""スポ根"作家だった梶原一騎に「愛と誠」のテレビドラマ化の話が持ち込まれた[3][16]。本映画同様、愛役の選定にオーディションが行われ、梶原独断で池上季実子がヒロインに選ばれ、梶原が池上を当時の所属劇団から引き抜き[3][17]、梶原プロダクションを設立した[17]。梶原は次いで「三協映画」を共同で設立して映画の製作にも乗り出し、梶原の原作作品が各映画会社で実写化されたことで、"劇画作家"から、映画プロデューサー芸能プロダクション社長として芸能界に顔を効かせるようになった[18]。しかし事業経営や管理者としては素人な梶原は、多忙にさらなる多忙を重ね、本業である原稿執筆に悪影響を及ぼした[19]。本作以降はヒット作にも恵まれず、連載も短命が続いた[19]。芸能界でも映画界でも段々勢いも落ち、その苦悩からいら立ち、プライベートでの酒と暴力、女性問題に繋がり、後に語られる"狂気の時代"へ突入していく[19]。梶原にとっていい意味でも、悪い意味でもエポックとなったのが本作であった[19]

漫画原作映画[編集]

漫画劇画作品の実写映画化は、東宝1940年代から「サザエさんシリーズ」、東映1960年代に児童向け忍者映画などを製作した[20]。漫画を原作とするアニメーション映画が劇場で公開されるのは『鉄腕アトム』や「東映まんがまつり」など1960年代から始まったものだが、実写映画化は1970年代に入ってTVアニメに並行、あるいは後を受ける形で目立って増えた[20][21]。これは映画各社がテレビと洋画の台頭によって、売り上げを大きく落とし、自社で企画する能力を失ったという背景がある[20]。「学園不良映画」最初の実写化といわれる1971年の『男一匹ガキ大将』を始め[14]、「学園不良もの」は多数実写化されたが本作『愛と誠』は「学園不良もの」最大のヒット作ともいわれる[14]。他にも、本作と同じ梶原原作による『あしたのジョー』の実写化や、珍作『ルパン三世 念力珍作戦』、『子連れ狼』『女囚さそり』『ハレンチ学園』『高校生無頼控』『ダメおやじ』『嗚呼!!花の応援団』など、映画各社が続々と実写映画化し大ヒット作品も生まれた[20][21]。特に"不良映画"を得意とする東映がこのジャンルに最も力を注ぎ『男組』など数多く実写映画化した[20]。実写映画化される作品は、"セックス"と"暴力"をテーマとする作品が多かった。

続・愛と誠[編集]

続・愛と誠
監督 山根成之
脚本 石森史郎
山根成之
原作 梶原一騎
ながやす巧
出演者 南条弘二
早乙女愛
音楽 馬飼野康二
撮影 竹村博
編集 富宅理一
製作会社 松竹
配給 松竹
公開 日本の旗 1975年3月15日
上映時間 90分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 4億4000万円[22]
前作 愛と誠
次作 愛と誠・完結篇
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『続・愛と誠』。1975年3月公開、松竹映画。併映作は「再会」。

キャスト(1975年映画)[編集]
スタッフ(1975年映画)[編集]
  • 監督 - 山根成之
  • 脚本 - 石森史郎、山根成之
  • 原作 - 梶原一騎、ながやす巧
  • 製作 - 樋口清、秦野貞雄
  • 撮影 - 竹村博
  • 美術 - 重田重盛、横山豊
  • 音楽 - 馬飼野康二
  • 録音 - 田中俊夫
  • 照明 - 飯島博
  • 編集 - 富宅理一
  • 助監督 - 佐光曠
  • スチール - 金田正
  • 製作・配給 - 松竹
製作経緯[編集]

第一作の大ヒットに気をよくした松竹は『男はつらいよ』のように、秀樹主演でシリーズ化しようと構想した[19]。当初は1975年のゴールデンウイーク公開を予定していたが、第一作の大ヒットにより、新星・早乙女愛のネームバリューが薄れないうちに、という判断がなされ[15]、映画封切りを1975年の春休みに繰り上げた[15]。早乙女は鹿児島在住の高校生で度々の上京が容易でなく、映画の撮影は長い休みが取れる時期しか不可能なため、撮影は必然的に早乙女の冬休みとなり、年末年始に急に西城のスケジュールが取れるわけもなく[12]、やむなく今度は太賀誠役の方を一般公募することになった。最終審査のオーデイションには51人が集まり、「線は細く見えるが、原作のイメージにぴったり」という理由で南条弘二が選ばれた。南条は当時"小林弘二"という名前でNHKの『銀座わが町』にレギュラー出演した他、東芝から歌手デビューもしていた[15]。"南"条という芸名は、"西"城にあやかり、苗字を南条と改名した[19]。一作目に誠役を演じた西城は本質的には陽性キャラで、暗い情熱の炎を燃やす誠役にはミスマッチで、内容もスポーツで決闘するという不良っ気の薄い健全なストーリーになったが、続編である本作は劇画のクライマックス部分を映像化したことで、よりハードにバイオレンス度が高まった[13]。南条は陰気でイマイチだったが、花園実業の影の大番長・高原由紀を演じた多岐川裕美の好演や、リンチシーンのハードさと相まってエクストリームな不良映画となった[13][21]

愛と誠・完結篇[編集]

愛と誠・完結篇
監督 南部英夫
脚本 山根成之
長尾啓司
南部英夫
原作 梶原一騎
ながやす巧
出演者 加納竜
早乙女愛
音楽 田辺信一
撮影 竹村博
編集 杉原よ志
製作会社 三協映画
配給 松竹
公開 日本の旗 1976年9月23日
上映時間 90分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
前作 続・愛と誠
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『愛と誠・完結篇』。1976年9月公開、松竹映画。

キャスト(1976年映画)[編集]
スタッフ(1976年映画)[編集]
製作経緯[編集]

三代目誠を演じたのは、シャープなルックスの加納竜[13]。オープニングのバイクスタントをはじめ、アクション要素を前面に立て、政界黒幕の陰謀事件を絡ませるなど、一作ごとに不良度を増す珍しいシリーズになった[13]

映画(角川・東映版)[編集]

愛と誠
For Love's Sake
監督 三池崇史
脚本 宅間孝行
原作 梶原一騎
ながやす巧
製作 池田宏之 ほか
製作総指揮 井上伸一郎
椎名保
出演者 妻夫木聡
武井咲
音楽 小林武史
主題歌 一青窈「愛と誠のファンタジア」
かりゆし58「笑っててくれよ」
撮影 北信康
編集 山下健治
製作会社 「愛と誠」製作委員会
配給 角川映画
東映
公開 日本の旗 2012年6月16日
上映時間 134分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
興行収入 1億円[23]
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『愛と誠』は2012年6月16日公開の日本映画。第65回カンヌ国際映画祭ミッドナイトスクリーニング部門での正式招待作品[24][25]。監督は『十三人の刺客』の三池崇史。主演は妻夫木聡武井咲

1970年代の日本歌謡曲のミュージカルナンバーやダンスを用いたミュージカル調の映画である[26]アラサーの俳優陣が高校生役を務めるなど、"梶原イズム"のパロディとも評される[13]

キャッチコピーは「天使が悪魔に恋をした」。

2012年6月16、17日の初日2日間の映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)は初登場第11位となっている[27]

キャスト(2012年映画)[編集]

スタッフ(2012年映画)[編集]

主題歌(2012年映画)[編集]

  • 主題歌 - 一青窈「愛と誠のファンタジア」
  • エンディングテーマ - かりゆし58「笑っててくれよ」

エピソード(2012年映画)[編集]

本作での演技により、安藤サクラ第37回報知映画賞助演女優賞[28]第34回ヨコハマ映画祭助演女優賞[29]を受賞している(どちらも『その夜の侍』での演技と合わせての受賞である)。

テレビドラマ[編集]

1974年にドラマ化。東京12チャンネル(現:テレビ東京)で放映。

映画一作目の大ヒットにより、テレビドラマ化がなされ[3]、愛役のオーディションで当時まだ15歳の池上季実子が選ばれた[3][17]。主演の誠を演じる夏夕介は当時すでに24歳であった。池上は主題歌も歌った。本作の四国ロケ中の池上の誕生日に祖父の八代目 坂東三津五郎フグにあたって急逝したが、「帰らせてくれ」とは一言もいわず撮影を続けた[3]

映画版にはないケンカシーンの監修に梶原の実弟・真樹日佐夫を起用し、本格的な極真空手の動きを殺陣に取り入れた[30]。しかし、子供たちに悪影響を与えるとの抗議があり、さらにスタッフがギャラ未払いに対してストライキを行うという状況に陥ったため、半年で打ち切られた。

アニメ製作プロダクションである東京ムービーがテレビドラマ製作を手掛けた唯一の作品だが、現場における下請製作は『電人ザボーガー』の友映がノンクレジットで担当していた[31]。監督の中西源四郎は、『ザボーガー』で助監督から監督に昇進したのち本作品へ参加した[31]

キャスト
スタッフ
主題歌
  • 「わたしの誠」
  • 歌:池上季実子
  • 作詞:梶原一騎
  • 作曲:渡辺岳夫
  • 編曲:松山祐士
  • (東芝レコード) 


東京12チャンネル 金曜19時台前半
前番組 番組名 次番組
純愛山河 愛と誠

その他の作品[編集]

ラジオドラマ[編集]

青春ラジオ劇画・愛と誠
1974年4月8日 - 10月4日 ニッポン放送
恒藤進(太賀誠)、松原愛 (早乙女愛)、小野進也(城山)、剛達人(火野)、鈴木ヒロミツ(ナレーション)

舞台版[編集]

梶原一騎17回忌追悼企画・愛と誠
2003年10月9日 - 10月13日(萬スタジオ)
月蝕歌劇団(聖同盟+幻同盟合同公演第4弾)脚色・演出:高取英
瑠笑(太賀誠)、 一の瀬めぐみ(早乙女愛)、長崎萌(高原由紀)、保鳴美凛(岩清水弘)

パチンコ[編集]

CR愛と誠(2007年 奥村遊機

太賀誠、早乙女愛、岩清水弘には声優が起用されているが、担当声優はいずれも発表されていない。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 雑誌連載中および初期単行本では「劇画」と表記されていた。
  2. ^ 映画で砂土谷峻平役を演じた伊原剛志(当時は伊原剛)が2012年版の映画『愛と誠』では誠の好敵手である座王権太を演じている。
  3. ^ 文庫本第6巻の著者同士の対談(194頁)では、原作者の真倉翔が篠崎愛の登場に触れて「はじめは別の名前だったと思うけど岡野先生が愛ちゃんに変えたんだよね」と話した後に岡野剛が「だって「まこと」とくれば、「愛」でしょう!」と答えている。

出典[編集]

  1. ^ 週刊少年マガジン』1998年3月11日号(13号)「発行部数日本一達成記念少年マガジンヒストリー」より
  2. ^ 週刊少年マガジン』2008年4月30日号(20号)
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 梶原一騎 『劇画一代』 毎日新聞社1979年、138-140頁。
  4. ^ インド映画も真っ青!『愛と誠』がミュージカル仕立てで甦る”. 日経トレンディ. 日経BP (2012年6月15日). 2017年5月24日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l 梶原一騎 『劇画一代』 毎日新聞社、1979年、135-137頁。
  6. ^ a b 昭和40年男 (2016-12). “【特集】俺たちの歌謡曲。70's 西城秀樹インタビュー”. クレタパブリッシング: 47-51頁. 
  7. ^ 鈴木英之「洋楽はアイドルが教えてくれた──70年代アイドルのライヴ・アルバムを聴く」(通算第13回) 西城秀樹-アルテス電子版、アルテスパブリッシング
  8. ^ a b 早乙女愛さん急死…息子と前夫にみとられ”. ニッカンスポーツ (2010年7月27日). 2017年5月24日閲覧。
  9. ^ 「39074分の1 選ばれた西城秀樹の相手役」、『週刊朝日』、朝日新聞社1974年5月24日、 37頁。
  10. ^ 愛と誠(DVD) | 松竹DVD倶楽部
  11. ^ 『愛と誠』で共演の西城秀樹、早乙女愛さん訃報を受け「清純さと強さを兼ね備えた人、残念でなりません」”. シネマトゥデイ (2010年7月26日). 2017年5月24日閲覧。
  12. ^ a b 山下勝利「早過ぎる自叙伝 20代のまぶしい女たち(25) 早乙女愛」、『週刊朝日』、朝日新聞社、1983年12月23日・30日合併号、 138-142頁。
  13. ^ a b c d e f 馬飼野元宏 「君のためなら死ねる!2作目のバイオレンス度に注目!『愛と誠』シリーズ」『日本不良映画年代記』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2016年5月4日、p.172。ISBN 978-4-8003-0900-6
  14. ^ a b c 馬飼野元宏 「『クローズZERO』の源流?学園不良映画の世界」『鮮烈!アナーキー日本映画史 1959-1979』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2012年5月28日、p.172。ISBN 978-4-86248-918-0
  15. ^ a b c d キネマ旬報」1975年2月上旬号 172頁
  16. ^ 大塚祐哉 『梶原一騎、そして梶原一騎』 風塵社、1997年、13-15、132-133頁。ISBN 4-938733-37-4
  17. ^ a b c 植地毅宇田川岳夫吉田豪 『マンガ地獄変』 水声社1996年、23-25、69-77頁。ISBN 978-4-89176-341-1
  18. ^ 蕪木和夫 『劇画王 梶原一騎評伝』 風塵社1994年、102-103頁。ISBN 4-938733-07-2
  19. ^ a b c d e f 菅原清和「梶原一騎論 第二十三回『愛と誠(その3)』」、『昭和40年男』2017年平成27年)4月号、クレタパブリッシング、2017年、 84-85頁。
  20. ^ a b c d e Bazil 「昔からあった!! 70年代漫画原作映画」『鮮烈!アナーキー日本映画史 1959-1979』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2012年5月28日、pp.208-209。ISBN 978-4-86248-918-0
  21. ^ a b c 鳴呼!! 七〇年代劇画イズムRETURNS - ラピュタ阿佐ヶ谷
  22. ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』(キネマ旬報社、2012年)332頁
  23. ^ キネマ旬報」2013年2月下旬決算特別号 206頁
  24. ^ 三池監督もびっくり! 監督作『愛と誠』が『一命』に続き2年連続でカンヌへ 2012年4月20日 ムービーコレクション
  25. ^ カンヌが大爆笑! 三池崇史監督作『愛と誠』映画祭での動画が到着@ぴあ映画生活ニュース”. 2012年9月21日閲覧。
  26. ^ 『愛と誠』カンヌで上映!観客からは「三池はクレイジー!」「何人もいるんじゃないか?」の反応! - シネマトゥデイ”. 2012年9月21日閲覧。
  27. ^ 戦う白雪姫がトップ初登場!『愛と誠』を押さえて『図書館戦争』がベストテン入り!シネマトゥデイ 2012年6月19日
  28. ^ “安藤サクラ、父・奥田瑛二超え「結婚して変わったかな」…報知映画賞”. スポーツ報知. (2012年11月27日). オリジナル2012年11月27日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121127145528/http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20121126-OHT1T00265.htm 2012年11月28日閲覧。 
  29. ^ 第34回ヨコハマ映画祭 日本映画個人賞”. ヨコハマ映画祭. 2012年12月8日閲覧。
  30. ^ 純愛山河 愛と誠 - ベストフィールド
  31. ^ a b 白石雅彦 「村石宏實 監督」『別冊映画秘宝電人ザボーガー』&ピー・プロ特撮大図鑑』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年11月14日、pp.56-59。ISBN 978-4-86248-805-3

外部リンク[編集]