意富富杼王
ナビゲーションに移動
検索に移動
| 意富富杼王 | |
|---|---|
| 配偶者 | 中斯知命 |
| 子女 |
乎非王 阿居乃王 都紀女加 |
| 父親 | 稚渟毛二派皇子 |
| 母親 | 弟日売真若比売 |
意富富杼王(おおほどのおおきみ、生没年不詳)は、『古事記』・「上宮記」に伝えられる古墳時代の皇族(王族)。大郎子(おおいらつこ)、意富々杼王、意富富等王、大大迹王とも。父は稚渟毛二派皇子(応神天皇の皇子)、母は河派仲彦王の女・弟日売真若比売(おとひめまわかひめ、百師木伊呂弁とも)で、同母妹の忍坂大中姫・衣通姫は允恭天皇に入内している。意富富杼王自身の詳しい事績は伝わらないが、『古事記』には息長坂君(息長君・坂田君か)・酒人君・三国君・筑紫米多君(めたのきみ)などの祖としており、また「上宮記」逸文の文章系譜によれば、中斯知命(なかしちのみこと)を妃として乎非王(おいのおおきみ)を儲け、その孫が男大迹王(袁本杼王)すなわち継体天皇とされる。意富富等(オオホド=大ホド)という名は継体天皇の諱男大迹(オホド=小ホド)と対応するため、本来は別人の名で実際は大郎子と称されていたのではないかとする意見もある[1]。
| 豊城入彦命 | [毛野氏族] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 10 崇神天皇 | 11 垂仁天皇 | 12 景行天皇 | 日本武尊 | 14 仲哀天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 倭姫命 | 13 成務天皇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 彦坐王 | 丹波道主命 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 山代之大 筒木真若王 | 迦邇米雷王 | 息長宿禰王 | 神功皇后 (仲哀皇后) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 15 応神天皇 | 16 仁徳天皇 | 17 履中天皇 | 市辺押磐皇子 | 飯豊青皇女 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 18 反正天皇 | 24 仁賢天皇 | 手白香皇女 (継体皇后) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 菟道稚郎子皇子 | 23 顕宗天皇 | 25 武烈天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 19 允恭天皇 | 木梨軽皇子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 20 安康天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 21 雄略天皇 | 22 清寧天皇 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 春日大娘皇女 (仁賢皇后) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 稚野毛 二派皇子 | 意富富杼王 | 乎非王 | 彦主人王 | 26 継体天皇 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 忍坂大中姫 (允恭皇后) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
脚注[編集]
- ^ 太田亮『姓氏家系大辞典』角川書店 1963年