惣慶忠義

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惣慶 忠義(そけい ちゅうぎ、康熙25年11月11日1686年12月25日) - 乾隆14年10月30日1749年12月9日))は琉球王国の歌人。沖縄三十六歌仙の一人。

概要[編集]

唐名は、伊世高(いせいこう)。伊氏惣慶家(大祖・大嶺筑登之親雲上忠陳)七世。父・惣慶親雲上忠恒、母・真牛の長男として生まれる。16歳で小赤頭として初出仕し、30歳の時に系図座筆者になったが、不行状などにより親類から訴えられ、1729年八重山に、1745年には宮古島へ二度流罪となった。一度目の流罪の後許されて、1738年には父を継いで金武間切惣慶の地頭に就いた。

和歌、和文、琉歌に堪能で、『沖縄集』に「寄露無常」(露に寄せる無常)と題して

はかなくも 同じつゆなる 身をもちて 草葉の上を よそに見るかな

が収録されている。真境名安興の『沖縄一千年史』に古来より有名な琉歌の歌人6人のうちの1人に挙げられている[1]

脚注[編集]

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  1. ^ 『真境名安興全集』第一巻、385頁参照。

参考文献[編集]

  • 真境名安興『沖縄一千年史』(『真境名安興全集(第一巻)』収録)、琉球新報社、1993年。
  • 『沖縄大百科事典(中)』 沖縄タイムス社、1983年。

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