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悉州

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

悉州(しつしゅう)は、中国にかつて存在した唐代に現在の四川省黒水県一帯に設置された。

概要

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656年顕慶元年)、生の首領の董系比射が唐に帰順して、悉唐県の地に悉州が置かれた。悉唐・左封識臼の3県を管轄し、悉唐県に州治が置かれた。670年咸亨元年)、左封県に州治を移した。677年儀鳳2年)、羌が叛き、当州城内に州治が僑置された。まもなくもとの州治にもどった。686年垂拱2年)、帰誠県が置かれた。689年載初元年)、匪平川に州治を移した。742年天宝元年)、悉州は帰誠郡と改称された。758年乾元元年)、帰誠郡は悉州の称にもどされた。悉州は剣南道に属し、左封・帰誠の2県を管轄した[1]

脚注

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  1. ^ 旧唐書』地理志四