息長真手王

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息長真手王(おきながのまてのおおきみ、生没年不詳)は5世紀から6世紀頃の日本皇族。王女に麻績郎女広姫。麻績郎女は継体天皇の妃として荳角皇女を産み、広姫は敏達天皇皇后として押坂彦人大兄皇子逆登皇女菟道磯津貝皇女を産んだ。

王女2人が天皇の妃となった以外、さしたる事蹟の記述はない。意富富杼王の弟にあたる息長沙禰王の子であるとの文献もある。

娘の一人が「継体天皇」に嫁ぎ、もう一人の娘がその孫「敏達天皇」の皇后・広姫であるというが、記紀などによって「継体」の生年は西暦450年、一方「敏達」の生年は西暦538年であり[1]、娘が二人の大王に輿入れしたとは考えにくい。伝承が混乱しているのか、或は記紀の編集者が意図的に系図に手を加えた可能性が強い。

脚注[編集]

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  1. ^ 男系では孫だが、女系を含めると継体天皇-宣化天皇石姫皇女-敏達天皇と曾孫になり、年代が大きく離れている。