性質 (哲学)
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性質(せいしつ、英語: Property、属性、特性)とは、哲学・論理学、特に形而上学上の対象の特徴。
たとえば、赤い対象は「赤さ」という性質を持つ。性質はそれ自体を一種の対象として捉えることができ、それ自体が他の性質を持つ事ができると考えられる場合もある。
性質は対象と異なり、一つ、あるいは複数の対象へ例化(具体化)を行う事ができる。論理学や数学におけるクラスとは、あらゆる外延性を持たないという点で異なり、また哲学におけるクラスとは、性質は対象と明確に区別されるわけではないという点で異なる。異なる事物がどのようにして同じ性質を持つのかということを理解することが普遍論争のベースとなる。
用語と用法
[編集]性質とは、対象に帰属させうる存在に属する全てをいう。性質と近縁の語には、述定可能、属性、質、特徴、特性、型、例化可能、述語、内包的存在などがある[1]。
一般に、ある性質がその対象について真に述定できるとき、対象はその性質を例化する・インスタンス化する・帯びる・有する・所有すると言われる。その性質をもつ対象の全体は、その性質の外延と呼ばれる。性質は、それをもつ対象を特徴づける、あるいは対象に内在すると言われる[1]。アレクシウス・マイノングの立場に連なる者は、二種類の述定があると主張する。すなわち、実在する対象は性質を例化するのに対し、非実在の対象については、実際に所持される性質は例化する・充足する・内在的に含む・同質化されると言われ、単に対象に帰属されるにすぎない性質に関してはエンコードする・符号化する・それによって規定される・それと関連づけられる・それによって構成されると言われる。たとえばマイノング派によれば、ペガサスは神話上の存在なので、ペガサスは馬であるという性質「に関連付けられる」と言われる。同時にペガサスは現実に存在するギリシア神話のキャラクターであるので、その性質を「例化する」とも言われる[2]。E. J. ロウ(英語版)は、インスタンス化・特性化・例化を三つの別個の述定様式として扱っている[1]。
広くとれば、性質の例としては、赤さ、2つであること[3]、非存在であること[4]、ソクラテスであること、机であること、性質であることという性質、円でもあり四角でもあること、自己矛盾語であることなどが挙げられる。一部の哲学者は存在を性質として扱うことを拒む。またピーター・ヴァン・インワーゲン(英語版)は、ラッセルの逆理やグレリング=ネルソンの逆理(英語版)を回避するために、特定の「性質」の実在を否定すべきだと示唆したが、このような見解は論争の対象になっている[1]。
形而上学的な論争
[編集]現代分析哲学では、性質の基本的な性格をめぐっていくつかの論争がある。中心となる問いは、性質は普遍か個物か、性質は実在するのか、性質はカテゴリー的か傾向的か、性質は物理的か心的か、などである。
普遍か個物か
[編集]少なくともプラトン以来、多くの哲学者は性質を普遍と見なし、これは通常、異なる対象によって例化され得ると考える。これに反対する哲学者は、性質をトロープ(英語版)という個物と見なす[1]。
実在論か反実在論か
[編集]性質の実在論者は、性質が心から独立して実在すると主張する。その一つの言い方は、性質を正確に反復可能な例化である普遍と捉える立場である。もう一つの実在論は、性質を個物的な例化であるトロープとし、諸対象における類似の程度で説明する。超越的実在論(プラトン、バートランド・ラッセル)は、性質は例化されていなくても存在すると主張し、内在的実在論(アリストテレス、D・M・アームストロング(英語版))は、性質は例化されるときにのみ存在すると主張する[1]。
反実在論は、しばしば唯名論と呼ばれ、性質は我々が個物に名付けているにすぎず、性質それ自体には実在がないとする。
カテゴリー主義か傾向主義か
[編集]性質はしばしばカテゴリー的か傾向的かで分類される[5][6]。カテゴリー的性質は、あるものがどのようであるか(どんな質をもつか)に関わる。一方、傾向的性質は、あるものがどんな力・作用可能性をもつか、すなわち実際にそうしていなくても何ができるかに関わる[5]。
たとえば、角砂糖の形はカテゴリー的性質であり、水に溶けやすい傾向は傾向的性質である。多くの性質については分類に合意がなく、たとえば色がカテゴリー的か傾向的かは議論がある[7][8]。
カテゴリー主義によれば、傾向は因果的議論へと還元される[9]。この見方では、ワイングラスの壊れやすさという傾向的性質は、ガラスの微視的構成というカテゴリー的性質に基づいて説明可能であるため、(壊れやすさは)根本的特徴ではない。
他方、傾向主義は、性質とは因果的作用力の集合そのものだと主張する[7]。この見方では、壊れやすさは(十分に硬い面に落とすと割れるといった)グラスの現実的な性質を示している。
中間的な立場もいくつか存在する[7]。同一説は、性質はカテゴリー的(質的)でもあり傾向的でもあるが、これは同じ性質の二つの見方にすぎないとする。あるハイブリッド説は、ある性質はカテゴリー的で、別の性質は傾向的だとする。また別のハイブリッド説は、各性質がカテゴリー的部分と傾向的部分の両方をもち、それらは存在論的に区別されるとする。
物理主義・観念論・性質二元論
[編集]性質二元論とは、一種類の実体が二種類の性質を例化するという見解。性質二元論は、心の哲学における立場の一つで、世界は一種類の実体(物理的実体)のみから成るが、物理的性質と心的性質という二種類の異なる性質が存在するとする。言い換えれば、信念・欲求・感情のような非物理的な心的性質が、脳という物理的実体に内在すると考える。
これは物理主義や観念論と対照的である。物理主義は、すべての性質(心的性質を含む)が、最終的には物理的性質へ還元される、または物理的性質に付随すると主張する[10]。これに対し、形而上学的観念論は、「何らかの心的なもの(心・精神・理性・意志)があらゆる実在の究極的基礎である、あるいは実在を取り尽くす」と主張する[11]。
種類
[編集]内在的と外在的
[編集]内在的性質とは、文脈を含む他のものに依存せず、それ自体として対象がもつ性質である。外在的(関係的)性質とは、あるものが他のものとの関係に依存してもつ性質である。後者は、その性質の値が他の対象との関係を通じて当該対象に与えられるため、属性と呼ばれることもある。たとえば、質量はあらゆる物体の物理的・内在的性質であるのに対し、重さは当該物体が置かれている重力場の強さによって変化する外在的性質である。関係的性質の別例として、人の名前(親によって与えられる属性)が挙げられる。
本質と偶有
[編集]古典的なアリストテレス用語では、「性質」は特徴の一つで、非本質的(偶有的)だがその種の成員に特徴的に見いだされるものである。たとえば「笑う能力」は人間の特殊な特徴と見なし得る。しかし「笑い」は人間という種の本質的特徴ではない。人間のアリストテレス的定義は「理性的動物」であり、そこに笑いは要請されない。ゆえに、古典的枠組みにおいて「性質」とは、その実体の存続に真に必須ではないが、なおその実体に備わる特徴である。
確定可能と確定的
[編集]性質は確定可能か確定的かに分類できる。決定可能な性質とは、さらにより具体化し得る性質である。たとえば、「色」は赤さ・青さなどへと絞り込み可能なので、確定可能な性質である[12]。確定的な性質とは、それ以上より具体的にはならない性質である(ある確定可能性のもとでの最大限に特定化された値)。この区別は同一性の問題を扱う際に有用なことがある[13]。
純粋と不純
[編集]不純な性質とは、純粋な性質と異なり、その定義の中に特定の個物への言及が含まれる性質である[14]。たとえば、妻であることは純粋な性質だが、ソクラテスの妻であることは特定の「ソクラテス」への言及が含まれるため不純な性質である[15]。文脈によっては、質的・非質的という語が、純粋・不純の代わりに用いられることもある[16]。不純な性質の多く(ただしすべてではない)は外在的性質である。
この区別は不可識別者同一の原理(英語版)(すべての性質を共有する二つのものは同一である、という原理)に関わる[14]。というのも、この原理は通常純粋な性質だけで定義されるからである。不純な性質は類似性(英語版)や識別可能性には無関係であり、それらまで考慮に入れると、この原理は自明に真になってしまうからである[14]。この区別の別の応用は、複製の問題(例:双子地球の思考実験(英語版))に関するものである。一般に、複製は質的(純粋)同一性のみを含むとされるが、完全な複製であっても非質的(不純)性質については異なり得る[16]。
「かわいい」と「怪しい」
[編集]ダニエル・デネットは、「かわいい」のように、観察者による認知を要するが、知覚可能な対象に潜在的に備わる性質と、「怪しい」(たとえば犯罪の容疑がかかっていること)のように、観察者によって述定されるまでまったく存在しない性質を区別する[17]。
性質と述語
[編集]あるものが性質をもつという存在論的事実は、言語では通常、主語に述語を適用することによって表現される。しかし、あらゆる文法的述語を性質だと見なす、あるいはそれに対応する性質があると見なすと、ラッセルの逆理やグレリング=ネルソンの逆理といった困難が生じる。さらに、一つの実在的性質が、多数の真なる述語を含意することもある。たとえば、Xが「2キロ超の重さ」という性質をもつなら、「1.9キロ超」「1.8キロ超」等の述語もすべてXに当てはまる。他方、「個物である」「何らかの性質をもつ」といった述語は空疎である。こうした、いわゆるケンブリッジ的性質(英語版)を正当な性質とみなすことには議論がある[18]。この最広義の性質は豊富な性質とも呼ばれ、これに対して、事物の客観的な類似や傾向的性質のみを含む疎な性質が区別される[19]。
類似における役割
[編集]伝統的な類似概念によれば、類似の鍵になるのは性質である。すなわち、二つの対象が類似しているのは、ある性質を共有しているからである。共通する性質が多いほど類似度は高く、すべての性質を共有するなら完全に同じである[20][21]。この類似概念が機能するためには、類似に関係する性質のみを考慮することが重要であり、これは先の疎な性質として、豊富な性質と区別される[22][19]。
関係
[編集]性質と関係の区別は、最終的にはその区別自体を前提せずには区別できない[23]。
関係は、複数の個物について成り立つ(それらに共有される)。たとえば「…は…より背が高い」という関係は二人の個体の「あいだ」に成り立つ。関係は、N項述語(N > 1)で表現できる。
関係は関係的性質と区別されるべきである。たとえば、結婚は二人のあいだの関係だが、「X と結婚している」は一人の人物がもつ関係的性質である[23]。
見かけ上の関係的性質のうちには、非関係的(1項)性質から導出されるものが少なくともある。たとえば「AはBより重い」は関係述語だが、これはAの質量とBの質量という二つの非関係的性質から導かれる。この種の関係は外在的関係と呼ばれ、より本源的な内在的関係と対比される[24]。
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e f "Properties". The Stanford Encyclopedia of Philosophy. Metaphysics Research Lab, Stanford University. 2017.
- ^ Reicher, Maria. "Nonexistent Objects". The Stanford Encyclopedia of Philosophy (Winter 2019 Edition), Edward N. Zalta (ed.). Retrieved 25 March 2021.
- ^ Yi, Byeong-uk (April 1999). "Is Two a Property?" (PDF). Journal of Philosophy. 96 (4): 163–190. doi:10.2307/2564701. JSTOR 2564701. Retrieved 25 March 2021.
- ^ Berto, Francesco (2012). Existence as a Real Property: The Ontology of Meinongianism. Springer Science & Business Media. p. 130. ISBN 978-9400742062.
- ^ a b Borchert, Donald (2006). "Ontology". Macmillan Encyclopedia of Philosophy, 2nd Edition. Macmillan.
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- ^ a b c Choi, Sungho; Fara, Michael (2018). "Dispositions". The Stanford Encyclopedia of Philosophy. Metaphysics Research Lab, Stanford University.
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- ^ Stanford Encyclopaedia of Philosophy Determinate and Determinable Properties
- ^ Georges Dicker (1998). Hume's Epistemology & Metaphysics. Routledge. p. 31.
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